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剣戟

「ダルタニャンとマリー・ド・メディシスの陰謀」五話目です!

今回、けっこう長い戦闘シーンがあります。バトルシーンって書いていると楽しいけれど、後で見返したら「???」と意味不明な文章になっていることがたまにあったり・・・。

ある意味「三銃士」の醍醐味であるレイピア剣による戦闘シーンがある今回!

ぜひご覧ください!

五章 剣戟


「よくやった! さすがは俺の弟だ!」

 馬五頭と三エキュの金をポールに見せると、現金な兄はシャルルを抱擁して褒めそやした。そして、翌日、自分で馬市場に行って、一頭を残して四頭の馬を金に換えてしまったのである。乗るのは一頭だけなのだし、五頭も馬を養う金も無い。ならば、売ってやれということらしい。

 どれだけの金額が手に入ったのかは、シャルルは教えてもらえなかったが、家賃の心配を数ヶ月はしなくてもよくなったことは確かだった。

「今日からは堂々と俺の部屋にいていいぜ。友だちができたのなら、部屋に招いたらどうだ。近所迷惑にならない程度に騒ぐんだぞ」

 というわけで、相変わらず椅子でつくったベッドで寝てはいるが、シャルルの生活はかなり改善された。下宿屋の大家にあいさつをし、シャルルは晴れてフォッソワイユール街の正式な住人となったのである。

 馬市場での騒動があってから二日後、ポールが不在の部屋にアルマンとニコラを招待したのも、そういった経緯からだった。

 アルマンは同じ銃士隊志望なのだから、シャルルとつるんでも不自然ではない。しかし、パリ高等法院の弁護士である法服貴族ニコラが、粗末な銃士の部屋で牛乳をちびちび飲んでいる光景は少し滑稽だった。

 いまは昼食どきである。三人は円卓を囲んで、ニコラが注文したという仕出屋の料理が来るのを待っていた。だが、さっきからどうにも微妙な空気だ。

 ニコラのことが気に入らないアルマンは、ずっとむっつりとしている。シャルルが、アルマンとニコラを同等の友人として扱っていることが不満らしい。

 物事に対してあまり気が利く人間とはいえないシャルルだが、こういった人間関係の機微には聡いところがある。シャルルは、アルマンとニコラに語りかけた。

「俺はアルマンと友だちになりたいし、同じようにニコラとも友だちになりたいと思っているんだ」

「いきなり何の話さ」

 牛乳がまずいらしく、ニコラが顔をしかめながら聞いた。アルマンは黙ってシャルルを見ている。

「アルマンは冷静沈着で、俺には無い貴族としての気品がある。志も高い。ニコラは驚くほど頭の回転が速く、弁舌豊かなうえに博識だ。二人とも俺より人物として優れている。だから、この賢き友たちから多くのことを学びたいと思っている」

 パリに来た初日に、口八丁のジャックの姦計によって牢獄に入れられたシャルルは、自分の未熟さを痛感した。おのれをもっと鍛えるためには、アルマンやニコラといった自分とは別の生き方や考え方をする人間と交友を結び、彼らから自分に無いものを学び取ることが大切だとシャルルは考えたのだ。

「褒めすぎだ。私なんて、まだまだ頼りないひよっこ貴族だよ」

 そう謙遜するアルマンだが、声がうわずっている。シャルルにべた褒めされて、照れているのだ。

「僕は気に入らないな」

 ニコラは不愉快だと言わんばかりに、牛乳の入ったコップをドンと円卓に置いた。

「アルマン君がどれだけの大志を抱いているのかは知らないが、僕にも大きな野心がある。シャルル君、さっきの人物評を訂正してくれ。ニコラ・フーケも志の高い男だと」

 どうやら、シャルルが、アルマンにだけ「志が高い」という評価を下したことに対して不満らしい。ニコラがムキになって言うものだから、シャルルも若き弁護士の野心とやらに興味を持った。

「訂正する前に聞かせてもらおうじゃないか。ニコラの大志が何なのか。ちなみに、アルマンの志というのは……」

「貴族の鑑になることだ」

 アルマンが顔を赤くして、力強い言葉で言った。これは恥ずかしがって顔を紅潮したのではなく、アルマンはおのれの志を語るときに必要以上に力む癖があるのだ。

「貴族の鑑? やけに漠然とした志じゃないか。それでは、いつ目標を達成したのか分からないぞ」

「志とは、人生が終わるときに完結するものだ。私は死ぬ瞬間まで、貴族の鑑たらんと努力し続ける」

「僕の志はもっと単純明快だ。すなわち、この国の宰相になること」

 これにはシャルルとアルマンも顔を見合わせて驚いた。

 ニコラは、いまのリシュリュー枢機卿と同じ地位、フランス王国という大巨船の舵取りを担う宰相を目指すというのだ。

「君たち、何をそんなにびっくりする必要がある。現宰相のリシュリュー枢機卿とて、おぎゃぁと生まれた瞬間から宰相だったわけではないんだぜ。

 かの御仁はボワトゥー地方(フランス西部)の中流貴族の出身で、五歳で父親を亡くし、俺たちぐらいの年ごろには軍人を目指していたらしい。後に転向して聖職者となった。そして、マリー太后に見出され、初めて宮廷に出仕したわけだ。

 いま僕たちが不可能だと思っていることでも、自分の才覚と努力によって何とでも可能に変えられるのさ。十五歳のニコラ・フーケが一介の弁護士にすぎなくても、三十年後、四十五歳のニコラ・フーケが大宰相である未来は大いにありえる」

「なるほど! ニコラの志は大きい!」

 感激したシャルルが椅子から立ち上がり、拍手喝采した。フフンとニコラが満足そうに笑う。アルマンは、この弁護士はまたペテンを言っているのではないか、とまだ半信半疑のようだった。

「やはり、君たち二人とはぜひとも親友になりたい。そうだ、兄貴がアドルフたちと交わしたように、俺たちも永遠の友情を誓う乾杯をやろう!」

 シャルルは喜々として自分のコップをつかみ、天高く掲げた。

「ここに俺たちの友情を誓う! かんぱ……」

「おい、待て、やめろ」

 ニコラがぐいっとシャルルの腕をつかんで制止する。

「何だよ。俺と友情を誓うのが嫌なのか?」

「嫌だね。こんなくそまずい牛乳で誓うなんて」

 シャルルが友人二人に出した飲み物をニコラがあまりにも顔をしかめてけなすので、アルマンも無言のまま試しに牛乳を飲んでみた。そして、吹いた。

「シャルル……。この牛乳、何だかすごく水っぽいんだが……」

「え? 売ってくれた牛乳屋の姉さんは、とっても新鮮な牛乳だと言っていたのに……」

「気をつけろ。パリの牛乳屋は、たまに牛乳に水を混ぜる。これはパリ市民の常識だ」

 シャルルは、新しいパリの情報をニコラから教わったのであった。


「そろそろ午後一時になるのだが、遅いな。少し料理をたくさん注文しすぎたかな」

 まずい牛乳を結局飲みきったニコラが暇そうにそう言ったときだった。部屋のドアをこんこんと叩く音がしたのである。

 ようやく料理の配達人が来たのか、と空腹のあまり目眩がしていたシャルルが、いそいそと部屋の入り口まで行き、ドアを開けた。

「シャルルさん。こんにちは」

「コンスタンス!」

 なんと仕出屋ではなく、コンスタンスがそこにいた。愛しい人の予想外の来訪に、シャルルはひもじさも忘れ、「さあ、どうぞ入って!」と少しはしゃぎぎみに彼女を部屋に招き入れた。舞い上がっているシャルルを見て、ニコラはアルマンに耳打ちする。

「あの別嬪さんは誰だい?」

「近衛銃士隊長代理トレヴィル殿のご息女だ。失礼なことは言うなよ」

「ふーむ。シャルル君、可哀想に。あれは片想いだな」

「なぜ分かる」

「空回りしている男なんて、だいたい失恋するものさ」

 いつもの地獄耳シャルルなら、そんな友人二人のひそひそ話を聞き逃さないのだが、このときはコンスタンスと話すのに夢中で、彼女の心地よい声以外は何も耳に入らなかった。

「シャルルさんのお兄さんに頼まれていた物を持ってきたのだけれど」

「兄貴なら朝からいないよ」

「え? 今日は彼の非番日だったはずよ」

「アドルフ、アラン、ボドワンたちとどこかに遊びに行った」

「ああ、そういえば、臨時収入が入ったとか言って、浮かれていたわね……」

 コンスタンスはため息をつくと、両手で大事そうに抱えていた包みをポールのベッドの隅に置いた。そして、シャルルに微笑んで言う。

「まったく。遊び人は嫌いだわ」

「俺は、兄貴みたいにはならない」

「そうね。見習ったらダメよ。……それより、シャルルさん。新しいお友だちができたのね?」

 コンスタンスは、初めて見る少年ニコラと目が合うと、両手でスカートをつまんで品よくお辞儀をした。

 ニコラも、貴族として礼儀正しくお辞儀をして、「パリ高等法院の弁護士ニコラ・フーケです」と名乗った。美しい女性には愛想がいいようだ。

「このニコラが、俺のロシナンテを買ってくれたんだ」

「まあ。ロシナンテはいま元気でやっているのかしら」

「シャルル君にそうとう甘やかされて育ったらしい。食っちゃ寝、食っちゃ寝しているよ」

 それでもロシナンテのことが気に入っているらしいニコラは、二、三のロシナンテに関する珍談をシャルルたちに面白おかしく語ったのである。

 ニコラには人を和ませる才能があるらしく、初対面のコンスタンスはわずか数分の会話で若き弁護士にだいぶ馴染んだ。

「コンスタンスさん。もう少ししたら、仕出屋の料理が届くのだが、僕たちと一緒に食べませんか」

「それは名案だ!」

「でも……それは悪いわ」

 男三人に混じって女の自分が食卓を囲むのは恥ずかしいと思ったコンスタンスだが、シャルルとニコラにぜひぜひと迫られ、仕方が無くこくりと頷いた。

 そして、午後一時半になって、ようやく仕出屋の料理が届いたのだが……。

「何だ、この量は!」

 シャルルたちが驚いたのも無理は無い。どこかの結婚披露宴と間違って届いたのではと言いたくなるような数の豪勢な料理が、部屋中を埋め尽くしたのである。足の踏み場も無い。

「私、食べる前からお腹いっぱいだわ……」

 そう呟いて、コンスタンスは真っ青になってしまった。

 鳥肉の中に、豚肉、たまご、香辛料などを詰めたアントレ・フロワード(冷前菜)。

 肉や野菜、魚をすり潰して、パイ皮に詰めて焼いたパテ。

 じっくり煮込んだシチュー料理ラグー。

 鮭のトゥルト(パイの包み焼き)。

 デザートにはチーズタルト、煮こごりのジュレ(ゼリー)など。

 他にもまだまだたくさんの料理があった。

「おい、君。これだけの料理、いくらしたんだ」

 呆れたアルマンがニコラの肩を小突く。ニコラはアッハッハッハッと笑った。

「十七エキュさ」

「十七エキュ? 十七エキュの金が、このご馳走の山に化けたのか!」

 シャルルは軽い目眩を覚えた。空腹ゆえではなく、シャルルのために父ベルドランが汗まみれになって親戚や知人から借金した十五エキュよりも二エキュ多い金をニコラはたった一度の飲み食いに使ってしまったことに衝撃を受けたのである。

「シャルル君。遠慮することはないのだよ。十七エキュは本来、君の金だったんだ。五エキュは例の泥棒が君から盗んだ金の一部、十二エキュは君が受け取らなかった馬代なのだからね。さあ、食べようぜ」

 これがニコラ流の親睦の深め方らしい。さすが宰相になると豪語する人間は器が大きいとシャルルは呆れながらもそう思うのであった。


 外はすでに夕闇に包まれている。

「ようやく食いきった……」

 シャルルとアルマンが、ぽっこりと出たお腹を苦しそうにさすりながら、フーッと息を吐いた。少し動いただけで、食べた物が口から出てきそうである。

 コンスタンスは、最初から戦力外だった。料理の山を見たときから満腹感に満たされてしまい、果物やデザート類を小動物のようにちょこちょこ食べただけで、降参した。

 ニコラも、口ほどでもない。肉料理を数種類とスープを一皿だけ食すると、

「もう、いいや」

 と言って、ポールのベッドに寝転がり、そのまま眠ってしまったのである。はなから大食いに挑戦する気などは無く、友人たちに豪華料理を振舞いたかっただけらしい。

 残してしまってはもったいないの一心で、完食に挑んだのはガスコンの二人、シャルルとアルマンだった。田舎にいた時分、一度でもいいから、宮廷で出るような美味しい料理を「もう食べきれない」と言ってしまうぐらい、たくさん食べてみたいと夢見たのは二度や三度ではない。しかし、いざ実現すると、食事を食べ残すなど死んでもできない田舎育ちの少年二人なのであった。

「ふぁぁ、よく寝た。おお、ちゃんと全部食べたのか。ガスコーニュ育ちは胃袋が鉄でできているのかな」

 呑気にベッドから起き出したニコラをシャルルとアルマンが、じろっと睨む。

「ニコラ、ごちそうさま。今度、仕出屋に料理を注文するときは、一言、俺たちに相談してくれ」

 シャルルが皮肉を込めて言っても、ニコラは「うん、分かった」とまったく気がつかない様子だった。

「私……もう帰るね」

 食べ疲れたらしく、ふらふらとコンスタンスが立ち上がる。シャルルは慌てて手を出し、コンスタンスを支えた。彼女の体温が手のひらに伝わり、家族以外の女性にほとんど触れたことが無いシャルルは、胸の動悸が激しくなる。

「シャルルさん、私の十倍は食べたのに、元気ですごいわ」

「あ、当たり前さ。屈強のガスコンが、この程度で音を上げたりはしない。屋敷まで送るよ」

 本音を言うと、少し歩いて腹ごなしがしたいシャルルであった。

 アルマンとニコラも、そろそろ帰ろうかと身支度を始める。その間、シャルルとコンスタンスの間に沈黙ができ、(何を話せばいいのやら?)とシャルルは悩んだ。

(……そういえば、二日前の件をトレヴィル殿には報告したが、コンスタンスにはまだ直接伝えていなかった)

 そう思い出し、「あのさ、コンスタンス……」と、シャルルは少し顔を伏せて言った。

「俺は結局、父の手紙を取り戻すことができなかったんだ」

「その話は父から聞いているわ。でも、泥棒がちり紙にしてしまったのでしょ? シャルルさんの落ち度ではないはずよ」

「しかし、トレヴィル殿との約束は果たせなかった……。だから、もう一つの約束は必ず成し遂げてみせる」

「もう一つの約束?」

 うつむいていた顔を上げ、シャルルはコンスタンスと真っ直ぐ向き合う。

「銃士隊のために働き、手柄を立てる。そして、俺の銃士としての資質を証明する」

 それが、トレヴィル宛の紹介状を取り返せなかったときの、銃士隊入りの条件だった。

「見ていてくれ、コンスタンス。俺はきっと……」

 きっと銃士となり、立身出世して君にふさわしい男になる。勇気を出して言ってしまおうかとシャルルは考えたが、アルマンとニコラが同じ部屋にいることを思い出し、慌てて口をつぐんだ。

 そのときだった。

 突然、ドアを激しく叩く、けたたましい音がした。部屋の外からは、男の苦しそうな激しい息づかいが聞こえてくる。

「な、何?」

 コンスタンスが怯えた声を上げる。

「アルマン。コンスタンスを頼む」

 瞬時にただごとではないと察したシャルルが、剣の柄を握りながらドアを開け、バッと後ろに飛び退いて抜刀した。

「お、俺だ! シャルル! に、逃げろ! みんな早く逃げるんだ!」

 叫ぶなり、どさりと倒れた人物は、兄のポールだった。


「背中に深手を負っているが、致命傷ではないようだ」

 シャルルがポールの身体を調べ、そう言うと、さっきまで泣いて取り乱していたコンスタンスも少し冷静さを取り戻した。

「いったい誰がこんな……。もしかして、枢機卿の護衛士に襲われたのかしら」

 ポールに確認しようにも、気絶してしまっている。

「兄貴は早く逃げろと言った。おそろく、もうすぐここに兄貴を襲った奴らが来るはずだ。敵が何人なのかは分からないが、身体のあちこちに傷があるのを見ると、複数の相手にやられた可能性が高い。こんな狭い部屋で迎え撃つのは不利だ」

 廊下を見ると、ポールが流した血が点々と落ちている。これをたどって行けば、襲撃者と出くわすはずだ。

「何者かは知らんが、襲われるぐらいなら、こちらから会いに行ってやる」

「私も行こう。しかし、君のお兄さんの傷の治療はどうするんだ?」

 アルマンがそう言うと、シャルルはベッドの下に置いてあった小壷を取り出し、

「ニコラ。悪いが、この膏薬で兄貴の傷の手当をしてやってはくれないか」

 と、その壷をニコラに手渡した。ニコラが壷のフタを開けると、鼻を刺すような尋常ない臭ささが彼を襲った。ぐえっ、とニコラは吐き気を催す。

「何だ、この赤色のような黄色のような紫色のような緑色のような訳の分からない色は。これは本当に治療薬なのか?」

「俺の母がつくった、どんな傷でも治す奇跡の膏薬だ」

「胡散臭い」

 ニコラは膏薬の効能をまったく信じていない様子だったが、言われた通り手当の準備を始めた。その様子をコンスタンスが心配そうに見つめている。

「コンスタンスはここを動かないで。外は危険だから」

 きっと恐怖のあまり怯えているだろうと思い、シャルルは優しくコンスタンスに言った。しかし、意外にもコンスタンスは頭を振り、しっかりとした声音で答えた。

「いいえ。これは大事よ。父にこのことを知らせに行くわ」

「ダメだよ、君にもしものことがあったら……」

「私だって銃士隊長代理トレヴィル伯爵の娘です。銃士のポールがこんな目に遭っているのに、ただ震えているわけにはいかないわ。ポールと一緒にいたはずのアドルフさんたちのことも心配だし」

 そうだった。ポールはアドルフ、アラン、ボドワンたちと出かけていたはずだ。ポールは傷だらけでここに戻って来たが、アドルフたち三人は無事なのだろうか。

「……分かった。ただし、十分に気をつけて」


 シャルルたちは下宿屋を飛び出した。コンスタンスはフォッソワイユール街から北西、トレヴィル邸へと走り、シャルルとアルマンはポールの血痕をたどってセルヴァンドニ通りを南に駆ける。

 あたりはだんだん暗くなって薄紫のベールがかかり、視界が悪い。街路を往来する人もなく、いきなり建物の陰から敵の刃が飛んでくる危険性があった。シャルルとアルマンは周囲を警戒しつつ走る。やがて、セルヴァンドニ通りとヴォージラール通りの交差点にたどりついた。道が左と右に分かれている。

「左と右、どっちだ?」

 アルマンは目を皿にして血痕を探そうとするが、もはや道に落ちている血の跡など肉眼では分からないほど、完全に暗闇の世界になっていた。

「シャルル、手分けして行くか?」

「いや、そんなことをしなくても大丈夫。左だ。血の匂いがぷんぷんする」

 闇の向こう、アルマンはシャルルが指差した方向を睨んだ。

「左に行けば……リュクサンブール宮殿だな」

「偉い人が住んでいるのか?」

「国王陛下の母君、マリー太后の宮殿だよ。あそこの近くは人が寄り付かないから、決闘の場所に使われることが多いらしい」

「だったら、アルマンたちが護衛士たちと決闘をしている可能性があるじゃないか。行こう!」

 ガスコンの二人は、再び地を蹴って走り出した。


 場面を転じて、そのリュクサンブール宮殿内。

 マリー太后は、この日、リシュリュー枢機卿を呼びつけていた。

 かつて摂政だったときに造らせた黄金の玉座に、太后は座っている。

「あなたと、たまには世間話をしようと思ってね。最近は、戦争などで意見が違って、すれ違いが多かったから」

「……ありがたき幸せ」

 リシュリューは慇懃に答えたが、気味が悪くて仕方がなかった。密偵の報告によると、マリー太后はリシュリュー排斥の陰謀を進めているという。だが、決定的な証拠がつかめていないため、動きがとれずにいた。

(もしや、ここで私を暗殺するつもりか?)

 いや、マリーという女は、自分の手を直接汚すという選択肢を最後の最後までとっておく。いまこの段階で、そのような手段はとらないだろう。

 では、なぜリシュリューをここに呼んだのか?

「リシュリュー」

「はい」

 玉座のマリー太后は大きな瞳で、真っ直ぐにリシュリューを見つめている。かつて、リシュリューが追従のつもりで褒めた、強い光を放つ茶色の瞳である。正直なところ、彼女には他に称えるべき美点が見つからなかったのではあるが。

「私が譲ってあげたプチ・リュクサンブールの住み心地はどう?」

「快適にすごさせていただいております。全て太后様のおかげにて……」

「そうよ、全ては私のおかげ」

 傲然とマリー太后は言うと、少し興奮ぎみに言葉を続けた。

「あなたが宰相になったのも、私がルイを説得してあげたからよ」

「…………」

 息子ルイ十三世によって、絶大であった権力を奪われたマリー太后は、自分の派閥だったリシュリューを宰相に推薦することによって、勢力の巻き返しを図ったのだ。だが、リシュリューは、太后の思惑通りには動かなかった。親不孝な国王に接近し、国王の王権を高めることに専念したのである。

「あなたほど、憎々しい裏切り者はいない」

「宰相とは、王を補佐する者。私は、おのれの職務を忠実に……」

「黙れっ!」

 バン! とマリー太后は扇をリシュリューに投げつけた。宰相の青白い額に血が滲む。

「この数日だ! この数日の内に全てがひっくり返る! そのときには、お前が身に纏っている赤の僧衣だけでなく、下着まで剥いでパリから追い出してやるわ!」

(数日……)

 リシュリューは、ただならぬ台詞を聞き、驚愕した。このイタリア女は、数日の内に政変を起こす、リシュリューを追放すると宣言しているではないか。しかも、倒すべき政敵に対してだ。

(何だ、この女は。あまりにも直情的で愚かだ。意味が分からん)

 リシュリューには、マリー太后が理解できなかった。彼が当惑している間にも、太后はヒステリックに喚き続ける。

「命が欲しければ、私にもう一度跪きなさい! 昔のように、私のそばにいて、このマリー・ド・メディシスを支えるのよ!」

「……太后様。私はこれにて失礼させていただきます。残務がありますゆえ」

 これは昔飼っていた犬への未練なのか。マリーは執拗に「跪け! 跪け! 跪け!」とリシュリューの背中に叫ぶ。

「逃げるのか、リシュリュー! 本当にお前は、私が可愛がってやっていたころから何も変わっていない臆病者よ! おほ、おほほほほほ!」

 マリー太后が全身の贅肉を震わせ、狂った笑い声を上げる。リシュリューにとって、それはとてつもなく不快な音楽だった。

 玉座の間を辞去し、リュクサンブール宮殿の庭に出たリシュリューは、「ふうぅ」と大きく息を吐いた。秋風の心地よさがリシュリューの苛立つ心をわずかばかり冷ましてくれたが、それでもなお、あのイタリア女に対する憎悪の念が宰相の胸で激しく渦巻いているのであった。

「猊下……お耳を」

 庭に控えていた、腹心のロシュフォール伯爵がリシュリューにある変事を耳打ちした。

 リュクサンブール宮殿のすぐ近くで、剣戟の音と複数の怒鳴り声が聞こえるというのだ。

「ロシュフォール伯爵。そなた、その顔は何か知っているな?」

 浮かぬ顔をしているロシュフォールをリシュリューがギロリと睨む。

「実は……例のガスコーニュの少年シャルルの居場所を突き止めたのですが、彼を猊下のもとに連れてくるようにジュサックに命令いたしました」

「ジュサックだと? あの荒くれは暴走する! なぜあれに任せたのだ」

「ジュサックほどの手だれではなければ、シャルルを取り逃がすと考えたのですが……。私の従者に様子を見に行かせたところ、ジュサックら護衛士六人が近衛銃士ら数人と決闘に及んでいるとのことで……」

「決闘は御法度だ! あの馬鹿者めが!」

 まさかリシュリュー枢機卿が、いまマリー太后のリュクサンブール宮殿にいるとは、ジュサックは夢にも思っていないのだろう。

「ロシュフォール。そなたは立派な剣士だが、思慮が浅い。私の許可があるまで自邸で謹慎していなさい」

「ははっ……。げ、猊下? どちらへ?」

「馬を引けっ! あの荒くれを叱りつけてくれるわ」

 マリー太后に嘲笑されたことが、よほど業腹なのであろうか。いつも沈鬱な表情ばかりしているリシュリューが、興奮ぎみで、かえって血色がよく、軍人の道を進んでいたころの青年アルマン・ジャン・デュ・プレシーの顔に戻っていた。


 レイピア剣が、巨体の胸を貫いた。

 シャルルとアルマンが、決闘が行われているリュクサンブール宮殿の裏側にたどりついたのと、ほぼ同じ瞬間、銃士ボドワンはジュサックの剣によって絶命したのである。

「ボドワン!」

 夜目がきくシャルルは、暗闇の中でも、斃れたのが誰なのかが分かった。

 その声に、交戦中のアドルフ、アランたち銃士、ジュサックら護衛士がいっせいにシャルルとアルマンのほうを注目する。

「シャルル! なぜここに来たんだ! ポールに逃げろと言われなかったのか?」

 護衛士たちに囲まれながら、アドルフが怒鳴った。アドルフと背中を合わせて戦っているアランは、すでに何ヶ所も重傷を負っているらしく、いまにも倒れそうである。

「この枢機卿の護衛士たちは、シャルル君を狙って、ポールの下宿屋を取り囲もうとしていたのです」

「偶然出くわした俺たちが決闘を申し込んで、ここで退治してやろうと思ったが……このありさまだ!」

 ごふっとアランが血を吐いて片膝をついた。アドルフが助け起こそうとするが、そうはさせるかとジュサックが猛烈な突きを連続で繰り出す。アドルフはそれをかわすので手いっぱいだ。

「いかん、アランを助けないと」

 シャルルとアルマンが剣を抜く。だが、アランの命運はすでに尽きていた。

 最後の力を振り絞って立ち上がったアランではあるが、もはやレイピアを振るう余力は無く、意識朦朧と棒立ちになっていたところをぐさりぐさりと三人の護衛士に胸を刺され、

「友よ!」

 悲痛な叫びを残して斃れたのである。

「畜生! アラン!」

 アドルフが友に呼びかけたが、アランの魂はすでに昇天している。

「友だち二人に先立たれて、寂しかろう。お前もすぐに後を追わせてやる」

 ジュサックによって右肩を突かれ、痛みのあまりアドルフが剣を落とす。心臓に最後の一撃を加えんとジュサックが剣柄に力を込めたそのときだった。

 背後に、ただならぬ殺気を感じたのである。

 ジュサックは野性的本能で、右に飛び退いた。その直後、この荒くれ護衛士の左肩をレイピアの刃が切り裂いた。ピュッと血が噴き出す。

 目の前で立て続けに兄の友人が二人も殺されて激怒したシャルルが、たった一人となったアドルフを救うべく、猛然と護衛士たちの囲みに突っ込んできたのである。

「おう、シャルル・ダルタニャン。この銃士を殺してから、お前と遊んでやろうと思っていたのに、せっかちなガキめ」

 ジュサックは下卑た笑いを浮かべ、右手のレイピアを下段に構えた。左手に持つマンゴーシュ(左手用短剣)は上段の構えである。

 レイピア剣は十六世紀から十七世紀にかけて、ヨーロッパで平時の護身用として使われた、主に突きで攻撃するための剣である。この当時の決闘は一般的に、右手にレイピア、左手には補助の短剣を持って戦った。短剣がなければ、剣の鞘や帽子も使う。相手を傷つける武器としてではなく、敵の攻撃を受け流したり、防御したりする盾としての役割が強かった。

 だが、ジュサックと対峙しているシャルルは、左手に何も持っていない。

「マンゴーシュを買う金も無いのかい、田舎っぺ」

 図星だったが、シャルルは「馬鹿め!」と言って強がった。

「我が家の剣術は、臨機応変に戦うために、決まった得物を左手に持たないのさ。そんなことより、なぜ枢機卿が俺を狙う? 近衛銃士であるアランやボドワンを殺したのも枢機卿の命令か?」

「質問攻めする前に、自分の身を守りな」

「何?」

 護衛士の一人が、横合いからシャルルに斬りかかってきた。

(しまった!)

 ここで護衛士の一撃をかわしても、ジュサックが第二撃の突きを繰り出してきたら、そこでおしまいだ。

「シャルル!」

 シャルルを救ったのは、アルマンだった。冷静に状況を見守っていたアルマンは、ジュサックと睨み合っているシャルルを狙い、じりじりと攻撃の機会をうかがっていた護衛士の動きをいち早く察知したのである。

 シャルルに剣の切っ先が届く前に、その護衛士はアルマンによって右手首を貫かれていた。ぐわぁ、という悲鳴とともに護衛士は剣を足もとに落とす。

 彼にとどめを刺したのは、剣を拾って復活したアドルフである。護衛士の脇腹をぶすりと刺し、「これで二人目だ!」と叫んだ。

 シャルルたちが駆けつける前に、すでに剣を折られて重傷を負っていたボドワンが、

「ガスコンの最後の意地だ!」

 と、自分の剣を折った護衛士に飛びかかり、絞殺していたのである。その直後、ジュサックによってボドワンは心臓を突き刺されたのだった。

 六人だった護衛士は四人に減っている。対するシャルルたちは、深手のアドルフを含めて三人。双方、切っ先を敵に向けて対峙した。

「お前たち、まだ子どものくせして、たいしたものだ」

 アドルフが苦しげに、しかし、笑みを浮かべながらそう言った。ジュサックの強烈な突きは、何ヶ所もアドルフの身体を貫いている。いまは奇跡的に動けるが、自分がもう助からないことは分かっていた。

(ポールは何とか逃がした。この勇敢な後輩たちも、死なせてはならない。アラン、ボドワン、そうだろ?)

 ぐおぉ! と吠えると、アドルフはジュサックに挑みかかり、猛攻をかけた。

「お前たちは、後の雑魚どもを片付けろ! このジュサックという殺人狂は俺に任せな」

「しかし、アドルフ。その傷で……」

「心配するな、シャルル。俺はこう見えても、銃士隊では一、二を争う剣士なんだぜ」

 ジュサックが馬鹿にしたように鼻で笑い、アドルフに応戦する。

「シャルル。アドルフさんに助勢しようにも、他の護衛士たちが邪魔だ。ここはやはり、俺たちでまず残りの三人を何とかしよう」

「……分かった。俺とお前で、護衛士を一人ずつ一撃でやる。そして、残った一人を二人がかりで倒すんだ」

 一撃で、とシャルルが言ったのは、相手のほうの人数が多いのに時間をかけたら、こちらが不利になると考えたからである。そして、さっきの戦いぶりから見て、アルマンが並大抵の剣士ではないことに勘付いていた。アドルフたちとの戦いで護衛士たちも傷つき、疲労している。一撃必殺は無理ではないはずだ。

「いざ!」

 シャルルとアルマンは同時に駆け出し、それぞれ見定めた敵に突撃した。

 が、ここでシャルルは、頭で描いた作戦など、実戦では簡単に破られてしまうことを思い知る。

 三人の護衛士のうち、満身創痍の護衛士二人は、シャルルとアルマンの予想以上に善戦してねばり、しかも、残りの一人がシャルルと斬り合っている護衛士の加勢に来たのだ。

 前後の敵が、同時にシャルルに襲いかかる。

(こんなところで、死ねるか!)

 シャルルは前方の護衛士の突きをかわすと、敵の懐に潜り込んで右手首をつかみ、足を引っかけて押し倒した。後方の護衛士が繰り出した技は空を切る。

 倒れいく瞬間に、シャルルのレイピアによって腹を刺された前方の護衛士は、激痛のあまり気絶した。シャルルはすぐさま横転して後方の敵の二撃目をよける。

「こいつ!」

 三撃目をと護衛士が右腕を突き出そうとしたときだった。今度は、彼が後ろから刺された。アルマンの剣が、護衛士の身体を背中から胸にかけて貫いたのである。即死だった。どさりと死骸が倒れる。

「私のほうは、片付いた。さすが枢機卿の護衛隊だ。右手をちょっとやられた」

 アルマンは左手でレイピアを握っていた。

「ありがとう、助かった。傷は大丈夫か」

「後で君の膏薬の世話になるよ。その前に、アドルフさんを助けよう」

 アルマンが剣を地面に刺した後、左手を差し出し、シャルルを助け起こす。

(手が震えている……)

 少年二人は、同時に友の顔を見た。シャルルとアルマンは十五歳だ。いずれは剣士として、誰かを殺すことになるだろうと覚悟はしていたはずだが、まさか、今日、そのようなことになるとは。ニコラが注文した仕出屋の料理をがつがつと食べていたときの自分たちには、まったく想像できなかったことである。

 ぎゅっと、シャルルとアルマンは、初めて出会ったときに交わした握手よりもずっと強い力で、互いの手を握り締めあった。

「俺は、へっちゃらだぜ」

「私もさ」


 アドルフとジュサックの戦いは、熾烈を極めた。瀕死のはずのアドルフが、わずかに押している。おのれの死が決定的であるがゆえに、捨て身の技を躊躇なく繰り出せるのだ。

「アドルフ、いま加勢する!」

 シャルルとアルマンが、ジュサックを取り囲もうとする。

 ジュサックは、ついに自分一人になった。だが、その危機的状況がこの喧嘩狂いには快感だったのである。恍惚とした表情で、ジュサックは叫ぶ。

「やはり、近衛銃士と遊ぶのは楽しい!」

「この殺人狂が!」

 ついに意識を保つのが難しくなってきたアドルフが、これで終わってくれと祈りを込めて入魂の一突きを放つ。

 だが、運命はアドルフに無慈悲だった。ジュサックは、アドルフのレイピアを左手のマンゴーシュでたやすく受け流してしまったのである。

「力みすぎだよ、アドルフ君」

 ジュサックの剣がアドルフの喉を貫く。それでもアドルフは立っていたが、残虐な護衛士に、さらに心臓を刺され、ついに力尽きて斃れた。

 全て一瞬の出来事で、シャルルとアルマンがアドルフを助ける時間も無かった。

 アドルフの亡骸を踏みつけ、ジュサックはシャルルとアルマンに歩み寄る。

「さて……。後はシャルル・ダルタニャンと、そのお友だちだけか」

 ジュサックは剣についた血を払うと、「ふむ。どちらからにしようか」と呟いた。まるで子どもがいまから遊ぶ玩具を選んでいるような口ぶりである。

「シャルル・ダルタニャンは殺したら命令違反になるからなぁ。とりあえず、お友だちを始末するか」

「いや、俺と勝負しろ」

 シャルルが一歩前に出て、剣を構えた。

 仲間の死に泣き叫ぶわけでも、ジュサックの非情さに激怒するわけでもなく、ただ一本の剣が倒すべき敵を狙うかのごとく、シャルルはジュサックを睨んでいる。

「可愛げのないガキだ。お前の兄は、お前ぐらいの年齢のとき、俺に殺されかけて、子兎のように震えていたというのに」

「ジュサックといったな。俺に可愛げが無いのなら、貴様には武人としての誇りが無い。勇敢に戦った敵の遺体を粗末に扱い、命を弄ぶような言動の数々……。あんたは腕に覚えがあるのかも知れないが、俺から見たら下等な剣士だ」

「下等? この俺が? ……もう一度、言ってみろ」

「下等な剣士、剣に恥ずべき男」

「殺してやる……」

 命令など知るものか。ジュサックはレイピアの切っ先をシャルルに向けた。じりじりと両者の距離が埋まっていく。

 そんなとき、馬のいななきが聞こえた。

(誰かが来る……?)

 シャルルは、ジュサックに警戒しつつ、闇の彼方、複数の蹄の音がする方角にちらりと視線をやる。

 やがて、赤い衣を着た男が栗毛の馬に乗って、シャルルたちの前に現れた。そばには青鹿毛の馬に乗った黒マントの剣士が、ぴったりと付き従っている。少し遅れて、五人の護衛士と思わしき男たちも、騎馬でやって来た。

「何だ、新手か!」

 アルマンが叫んだが、ジュサックも困惑している様子である。

(あの青鹿毛の馬に乗っている男は、コンスタンスとシャルロットを襲った、例の黒マント野郎ではないか!)

 コンスタンスが、彼は枢機卿の配下だとか言っていたことをシャルルは思い出した。

 赤衣の男が馬を下り、シャルルとジュサックに向かって歩いてくる。老けたその顔は六十歳近い老人に見えた。ジュサックはその人物が恐ろしいらしく、剣を持つ手が小刻みに震えている。残酷な護衛士ジュサックがなぜ?

「誰だ、おっさん?」

 シャルルが、ぞんざいな言葉で言った。

「おい、シャルル。あの赤の僧衣は、リシュリュー枢機卿だ」

 アルマンがシャルルの腕を引っ張り、小声で教えた。そう言われて、ローマ教皇の最高顧問である枢機卿は真紅の衣を身に纏う、という話を子どものころに大人たちから聞かされたことをシャルルは思い出した。

(そんな大物が、なぜこんなところに?)

 リシュリューは路上に斃れている近衛銃士、護衛士たちの死体を見回し、

「ああ……」

 と、天を仰いで嘆息すると、ぎょろりとジュサックを睨んだ。

「げ、猊下。こ、これは……」

 剣を鞘にしまい、ジュサックはしどろもどろで何とか言い訳をしようとする。しかし、リシュリューはそのような猶予を与えなかった。

「ぎえっ」

 家畜が屠殺される瞬間にあげるような声を発し、ジュサックが倒れる。

 シャルルとアルマンは、ジュサックの顔面に拳を食らわしたフランスの宰相を唖然と見つめるのであった。

                              六章につづく

五話も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

ここまで読んだ方はすでにお分かりだと思いますが、この小説でのリシュリュー枢機卿は、映画などで描かれる「陰謀をめぐらす嫌なオッサン」というイメージとはかなり別物にしました。調べたら、リシュリューは一時期軍人だったらしいので、体が弱くても精神面で武骨というか男らしいところがあるのかもと思ったのです。実はリシュリュー枢機卿を描写している時が一番楽しかったかも?

というわけで、次回はバッキンガム公爵の忘れ形見・シャルロットがピンチになります。どうか六章もご照覧あれ~。

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