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くくり屋ノンナ 失せ物さがし  作者: 床ぴかぴか
3/5

茶匙 2杯目

 懐から取り出したのは茜色の球体。数珠玉ほどの大きさだ。

ノンナは指無しの皮手袋をつけた右手でそれを握りこむと、水盤の上にかざした。左手も添えて静かに円を書くように揺り動かすと、小さい球が空気をはらんで膨らむ。ノンナの両手に余るほどに育ち、内側から光るようになったところで水面に浮かべた。


 やった。成功。


 伝言を記録したこの球体を具現化するのは、ほんとうはそんなに難しくはないんだけど、こんなに大勢の人にじーっと見られると緊張してしまう。

部屋の中にはアエランさんと公妃様以外にも、何人もの人がいる。その中の数人はノンナにも見覚えがあった。政府の高官に、近衛団の偉い人、それに旧知の憲兵隊の隊長・イズミルさんもいる。つまりそれほど大事(おおごと)だということだ。異世界からハイゼル・デューク殿下の伝言が届くということは。


 『ち、父上、母上、ごしんぱいをかけて、もうしわけ、ありません』

「ハイゼル!」 

ほのかに光る球体の中に映像が浮かぶと公妃・エリイゼさまが思わず声をあげた。まだ幼さが残る第三王子は頭に包帯を巻いた姿で、ベッドの上に上半身を起こしている。片方の腕を三角巾で吊っているから、きっとそこも痛めているのだろう。

『イワナイの里のちかくで、きゅうに、両角馬があばれだしてしまって、ぎゅっとつかまっていたんだけれど、どこかの山のなかで落ちちゃって‥‥』

そこまで言ったところでハイゼル王子は言葉に詰まった。大きな薄緑色の瞳に涙がうかぶ。

光映球の映像を見ていた人たちに一斉に動揺がはしる。御労(おいたわ)しいというささやきが聞こえる。


 つまりはこういうことらしい。

パトリヌス公国の現国王には姫が三人、王子が四人。皆聡明で王族としての義務を心得ている。すなわち国民の幸せを実現するために勇敢であれ。それ以上に公明で思慮深くあれ、と。

代々の王族は見聞を広めるために成人のころに友好国へ留学するけど、その前に自国の領土を知るための「小遠征」を何度か経験する。今年10歳になったハイゼル王子も最小限のお供だけで、1週間の予定で首都からほど近い草原地帯の遊牧民をたずねる旅にでた。


帰城の日が過ぎて、そろそろ母親であるエリイゼ妃が心配しだしたころ、北部山岳地域の里長から早馬がきた。谷底で見つかった瀕死の旅人が国王の発行した通行許可書を持っていると。そして昏睡状態になる前に、城への言伝(ことづて)を残したと。

『陛下、申し分けありません。どうかハイゼル様がご無事でありますように』


 谷底にいた旅人姿の男は、王子に同行していた侍従のルフだと確認されたけど、いまだに意識が戻らない。行方不明のハイゼル王子を捜すために大掛かりな捜索隊が組織されたが、王子とルフが離れた場所がわからないので、どこを捜せばいいのか見当がつかなかった。

「誘拐でしょうか。王族と気づかれないように地味な服装をしていたようですが、ハイゼル様の立振る舞いは貴族階級のものですから」

「誘拐ならまだいい。身代金目当ての相手なら対応できる。だが、もしも王子そのものが目的だとしたら・・・」

「ら、拉致(らち)だと?」

「その可能性もあるということだ」


 王族の警護をする近衛団を中心にした捜索隊が、夜を徹しての会議でも方針を決めかねているところへ、異世界ギルドを通しての緊急通信『金雷の矢』が届いたのだった。


 『トルキエ・ハデル界 パトリヌス公国 閣下御机下


     とりいそぎ連絡さしあげます。

     パトリヌス公用語の誤用はお許しください。


     わが国の山中にて、衰弱した様子の幼子を保護いたしました。

     怪我をしている上に、ナダル語やスタオルバ南方公用語を解さず

     身元がわかりませんでした。

     異世界横断担ぎ屋である「くくり屋」がこの地を訪れており。

     パトリヌス公国ハイゼル・デューク王子であると確認いたしました。

     怪我が治るまで、ナダル国南方将軍ファイル=カウント宅にて養生

     されていますこと、お知らせいたします。


     尚、王子閣下は異世界間の移動に使用されるプラットホームではなくて

     偶発的に出現したいわゆる「キヨミズ」に落ちてしまわれたようです。

     こちらの山中のキヨミズの出口はすでに異世界ギルドの管理下に置かれ     ました。


          スタオルバ界 ナダル帝国 ラング・タグ・サガス二世 』


 異世界からの通信には、王子自身の筆跡による短い手紙と、その身元を確認したくくり屋からの追伸も同封されていた。王子の怪我が良くなりしだい、国へ送り届けると。


 今回の光映球の映像を見ると、ハイゼル王子の頬はつやつやとして血色もいい。

ナダル帝国は豊かな国だ。きっと美味しいものをたくさん食べているんだろうな。

ノンナは光る球から一歩引いたところに控えていた。公国の方々の様子をこっそり見られる位置に。

エリイゼ妃は球をのぞき込んでいる。もう涙は止まったようだけどまだハンカチは握ったまま。その周りに大臣やら貴族やらが球を囲んでいる。わりと若い人が2人、中年が4人、ガチガチ頭の固そうな年寄りが(失礼!)3人。それに美女が一人、アエランさん。みんなでハイゼルさまの声を聞いている。


 『 それで、もうすこししたらかえります。まっててください。

   あと、それから、えと・・・』


 そこで言葉がとぎれた。

皆が注視する中、へイゼル王子は ポ と頬を染めた。

『 ええと、あの、母上におねがい。 ぼくのリシュリー・ララがさびしがってると思うの。だからぼくからの、あの、キッスをとどけてほしいの。 ちがう球でおくるから。だれにもいわないでね』

ノンナが伏せたまつげの下から窺うと、公妃はわずかに左手の小指をピクリと引きつらせただけで、何も言わなかった。聡いお方だ。

 安心したようにざわめきながら臣下たちが退席したあと、公妃エリイゼはゆっくりと振り向いてノンナに微笑んだ。


 「それで、うちの末っ子は、もう何年も前に天寿を全うした金魚(リシュリー)に、どんなキスを贈ろうというのかしらね」


 ほーんと、聡すぎます、エリイゼ様ったら。

 目が笑ってませんけど。




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