ポットに茶葉を人数分
初投稿です。投稿の仕組みがまだよくわかりません。とっても不安です。ちゃんと続きを入れられるのかな。
細かめの茶葉をスプーンに半分、癒し効果のあるハーブをもう半分。
しあげにとっておきの花茶の蕾をガラスのポットの真ん中に据えると、ゆっくりと熱湯をそそいだ。ほどなく花がほころぶように花茶が形を変えて、べに色のお茶の底でしずかに開いた。息をつめてみつめていた客たちから一斉にため息がもれる。
「きれいなもんだね」「本当に花が咲いたみたいだ」
「それになんだか、いい香りがしないか」
「香りだけじゃないですよ、お味もとってもやさしいです」
愛想よく応じながらノンナは試飲用の小さなカップを並べた。
カップといっても、実のところは日本酒用のぐい呑みだ。取っ手がついていない分だけ嵩張らないし、何よりもいろんな色と形が見ていて飽きない。試飲させた客から譲ってほしいと求められることも多い。
ぐい呑みの底にほんの少しだけお茶をそそぐ。一口でも芳香とやわらかな渋味はわかる。
「おおおー。うまいよ、このお茶」
「鼻に抜ける香りがなんともいえないね」
「オレにも飲ませて」
「おれにも」「わたしにも」
(今日のお客さんは、ノリがいいなあ)
小さい子ども用に白摘花のシロップをたらしてやりながら、小さな出店を囲んだ客たちをみまわす。
どの顔もみな満ち足りた様子だ。ノンナの花茶のせいばかりではないだろう。
この日の市がたっているヤヌカは、小国ながらも豊かな資源を有するパトリヌス公国の首都だ。
おだやかな国民性にくわえて、周辺国との関係が良好で、戦もなく人々の暮らしが安定している。誰もが明日のパンに汲々とする必要がない。週に一度のヤヌカの市には各地の珍しい商品がならび、それを目当てに大勢の客が集まっていた。
「ふつうはこんな花のお茶には熱湯は使わないんですけど。でもセラファン産の灰薔薇種はちょっと変わりだねで」
ノンナがガラスのポットをもちあげると、周りを囲んでいた人々の視線もそれにつられて上へと移動する。ゆらゆらと揺すると開ききった花茶からかすかな濁りが湧き上がって、煙のように茶のなかでたゆたった。
「すこしだけ、ほんのすこしだけですが灰汁がでるので、熱々のお湯で煮出してやるほうがクセのない、香りのいいお茶になるんです」
へえぇと感心したような声にニコリとしてみせてから、一緒にブレンドしたほかの茶葉の説明もサラっとしておく。心を落ち着かせてよく眠れるようにする効果。どこの市でも人気のある配合だから、ここでも沢山売れるに違いない。
(わりと多めに持ってきたんだけど、たりるかなあ)
一人で背負ってくる量には限界がある。茶葉は軽いのでノンナのように非力でも、扱いやすいのだけど、それでもせいぜい30kgがいいところだろう。ポットが3個にやかん、試飲用のぐい呑みが十数個、缶入りの茶葉が数十種類、それに小分け用の袋やら秤やらを詰めるとあっというまに大荷物になる。ノンナの荷は茶葉だけではないからさらにおおごとだ。
さっきから女の子たちが気にしているのは、幸を願い福を呼び込むための「寿札」。
お札の効果よりも色とりどりな外袋が注目されて(「大高小島神社」の刺繍が異国情緒たっぷりでイイんだそうだ)このところ急に人気がでてきた。今回はヤヌカ市の観光協会から大口の注文が入ったので、小売用とあわせて200個を担いで来た。
まさか日本から遠く離れたこんな場所で、故郷のお守り袋を売りさばく日が来ようとは、のんきなノンナも思いもよらなかったのだけれど。
バチがあたりませんように。心の中で柏手をうちながら、ノンナは700円のお守りを700エスクードで売った。ほぼ原価だ、荒稼ぎはしていない、こわくてできない。
「これキレイ。欲しかったんだ」
「そうなの? ありがとうね」
「先月の大市で買えるかなあと思っていたんだけど」
あ~、ゴメンねえ。違うまちの市場をまわってたの。
白地に赤やオレンジの刺繍が入った袋を買ってくれた少女の口に、おまけのアメ玉を入れてやって
3袋お買い上げのマダムにも小袋のアメを渡す。茶葉もボチボチ、お守りもそこそこ売れ出したころ市場がざわめきだした
客たちの視線の先をたどると憲兵隊の制服を着た二人組が、出店を端からのぞいている。
どうやら巡回のようだ。早朝にノンナが市場に着いたときにあいさつした隊長でも、午前中に店々をまわっていた愛想のいい隊員でもない。妙にそりかえった姿勢がおかしい。
出店の売り子や客たちがみている中を、太ったのと痩せたのとがノンナの店までたどりついた。
太って背がたかいほうがノンナを見てちょっと驚いた顔をした。黒い髪や黒い瞳もこの辺りでは珍しいけれど、それよりもノンナの童顔のほうが問題だ。二人組が互いを素早く見た様子から、どんな想像をしたのかわかってしまう。
《家出少女・転落・盗品販売》か《貧しい少女・行商一座へ奉公・店番》
「あー。その、許可証はあるのかね」
ノンナは店先に掲げられている小旗をチラと見てから、懐から今朝うけたばかりの市の許可証をとりだした。
風がないので3枚の小旗は垂れ下がっている。それでも見間違うことはないはずだ。濃紺に星印の「くくりやの旗」と、深緑の地にオレンジ色のロゴが鮮やかな「異世界政府公認ギルド」旗、それに普段は掲げない「連絡有り」の吹流し。朱赤のそれは緊急度は低いけれど、重要だという印。市場の色の洪水に紛れてしまうような小旗でも、タビビトに係わる者なら見のがさない。
と、いうことは、この二人はマヌケな新人か、出店料をせしめようとする騙りか。
「あの、なにかありましたか?」
しおらしい小声でオドオドと尋ねると、小柄なノンナがいつにも増して幼く見える。
となりの店のタンドルフがぶふっと噴き出したのがきこえた。タビビトではないけれど、この世界の端から端まで商売をしているおじさんだ。もう長い長い付き合いなので、何かあったら助けてくれるだろう。
うつむきながらも胸元を強調するといった難しい姿勢をとりながら、痩せたほうの顔をのぞきこむ。
「わ、わたし、まだ良くわからないんです。どうしたらいいのか」
「うむ。なに、いや、ちょっとね、この許可証がね、不十分だというか」
「そうそう。出店料が最近値上がりしたもんだから」
マヌケな新人じゃなくて「騙り」のほうだったか
「心配いらないからね、俺たちが悪いようにはしないから、とりあえずそこの宿で相談しようか。歳はいくつだ? 13?14くらいか?」
騙りのうえにロリ。
成人式もとうに過ぎたわたしに何て事を。
こいつら地雷を踏んだなというタンドルフの声を遠くに聞きながら、ノンナは二人組にニッコリと微笑みかけた。