明日死のうが繰り返す
明日死ぬと決めた。
そしたら、明日が来なくなった。
どうやら、俺に死んで欲しくないと思う人がいたらしい。
その人の思いが強すぎて、明日がやってこれないのだと。
「お前のせいだ、どうにかしろ」
と、”明日”に言われた。
俺に関係ないし。そう思ったが、”明日”の顔があまりにも怖かったので、しぶしぶ犯人探しに出かけることにした。
明日の来ない今日の世界を、俺は探し回った。南の果てから西の果てまで、とにかく世界中を旅してまわった。
来る日も来る日も同じことの繰り返し。
今日という日がめぐるめぐる。
それでも、俺は退屈しなかった。
めぐるときは同じでも、場所が違えば、景色も違ったから。
俺の世界は、もうどんづまりで、先がないと思っていたが、いやはや、世界は広い。これほどまでに未知が満ち満ちていたとは、今日が何十回、何万回あっても、すべてを視認することは難しいだろう。
そう思ったとき、少しだけ、あの怖い顔をしていた”明日”のことが気になった。あの時はすごく怖い顔だと思ったけれど、思い返してみると、それほど怖いかではなかったと、改めて思った。
さて、今日という日が1000回くらい繰り返したとき、ようやく犯人が見つかった。
なんてことはない、犯人はすぐ近くにいた。
きっと犯人は遠くにいると思い込んでいたが、案外近くにいたもんだ。
犯人は父であり、母であり、友であり、そして、恋人だった。
なんだ、みんな普段は俺に冷たい態度ばかりとっていたくせに、心では死んで欲しくないと思っていたのか? それならもっと、俺にわかるように表現してくれよ。わかんねーよ。人間の鈍感さをなめんじゃねーよ。
俺は、そう思って、イライラした。
イライラしながら、犯人の説得を始めた。
明日が来ないのは困るので、まぁ、俺が死んでもいいだろうよと、説いた。
だが、みんな首を横に振った。
これは骨の折れる仕事になりそうだ。俺は直感的にそう思った。
来る日も来る日も、今日という日がめぐるめぐる。明日は来ない。
俺はいろいろな手段を使って説得を試みた。
「明日が来ないと世界中の人が困る。俺一人と世界の70億、どっちの方が大切か?」と、70億と1を天秤にかけさせたり、俺が生きることでどれだけ親や友人に迷惑がかかるかを説明したり、さらには孔子や聖書の文言なんかを用い、人類の起源まで遡った話をして説得を試みた。
しかし、みんな首を縦には振らなかった。
これは言葉による説得は無理だと思い、凶器を用いて脅してみたりもした。さらには、暴力に身をゆだねて相手を傷つけた。しかし、どんなに傷つけても、今日という日が再び始まる頃には全て元通りになってしまい、たいした効果はなった。むしろ、相手を傷つけるたびに、俺の心に傷がついた。
5000回くらい繰り返された”今日”という日。
恋人が言った。
「なんで、死にたいの?」
なぜ?
俺はなぜ死のうと思った?
何千回も繰り返す今日を生きているうちに、思いの起源を忘れていた。
俺は思い出そうとした、死にたかった理由を。
「なんで泣いてるの?」
俺の目から涙が溢れてきた。
そうだ、俺の世界は、狭くて暗くて、もう、辛くて、生きるのが嫌で嫌でたまらなかったんだ。
具体的な理由なんかないんだ。
ただ漠然と、怖かった。ただ漠然と、生きるのがつらかった。ただ漠然と、死にあこがれていた。明日という日が、やって来るのが、とてつもなく、恐ろしかった。
あぁ、涙が止まらない。
「わかった。わかったよ」
言葉でも暴力でも説得できなかったみんなが、首を縦に振った。
言葉も暴力もいらなかったんだ。涙一つで十分だったんだ。
「ようやく、私が行けるようになった。今日は”今日”で終わりだ」
”明日”はそういうと、そそくさと準備を始めた。明日という日がやってくるための、準備だ。
あと数時間で、明日がやってくる。
俺は、明日死ぬんだ。
あれほど望んでいた死。
俺はその死を楽しみに目を閉じた。
するとどうだろう? 浮かんでくるのは、初めて見た世界中の美しい景色、人類が隠した汚い遺産、絶望すら感じるほどの大自然の存在、いまだ解明されない興味深い謎、深海にすむダイオウイカ、肌の色も文化も違う異国の郷、親の顔、友の顔、恋人の顔……
あれ? うそ?? あれれ?
おれ、おれ……まさか………………死にたくない? 死にたくない
知らなかったんだ、世界はこんなにも広いって。知らなかったんだ、世界はこれほどまでに謎に満ちているって。知らなかったんだ、世界はまだまだ変えなければいけないことがたくさんあるって。知らなかったんだ、親がこんなにも俺のことを考えていてくれたなんて。知らなかったんだ、友にも俺と同じ苦悩があったなんて。知らなかったんだ、俺は彼女のことを、存外、好きだったなんて。
知らなかったんだ……死ぬのが、こんなにも怖かったなんて。
体が震えた。
恐怖だ。恐怖で体が震えたんだ。
時計を見る。
時刻は23時55分。
嘘だ。
あと5分で俺は死ぬんだ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ!
嫌だぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!
俺は強く願った。頭の血管が破裂して四方に飛び散るんじゃないかと思うほど、全身に力を込めて願った。
23時59分55秒
23時59分56秒
23時59分57秒
23時59分58秒
23時59分59秒
24時00分00秒
「ブチッ!」
長針と短針が重なり合った瞬間、俺の頭の血管は本当に破裂した。
俺は意識を失い、暗闇の深海へ、静かに落ちていった。
目を覚ました。
明るかった。
はて、ここは天国だろうか?
俺がそう思ったとき、”明日”が言った。
「お前のせいで、俺が飛ばされちまったじゃないか」
「どういう意味?」
「お前のせいで、”明日”が飛ばされて”明後日”が来てしまった、ということだ! ふざけんなよ。せっせと準備していたのに、お前のせいで飛ばされちまったじゃねーか!!」
”明日”はそう言うと、俺のことを平手打ちで殴った。
「へもし!」
俺は再び気を失った。
目覚めると、病室だった。
ベッドサイドには、父がいた、母がいた、友がいた、彼女がいた。
どうやら俺は、一命をとりとめたらしい。
みんな泣いていた。
良かった良かったと、言っていた。
何がよかったのか具体的にはわからんが、俺も思った、”良かった”と。
不思議なことに、誰に聞いても、”昨日”のことを思い出せないと言っていた。
あれは俺の妄想だと思っていたが、まさか本当に”明日”が飛ばされて”明後日”が来てしまったのだろうか? 真相は謎のままだ。
ただ、俺は確かに”明日”死のうと決めた。だから、その”明日”が来ないのであれば、死ぬ理由はないだろう。俺は明後日死ぬとは言っていないのだから、胸を張って、今日という日を生きても、ルール違反ではないはずだ。
外に出て、深呼吸をした。
ひんやりとした冷たい空気が肺を冷やす。空には季節に似合わない入道雲がぐにょぐにょと踊っていた。
さて、今日も生きるとしよう。
俺はそう思いながら、静かに一歩を踏み出した。
~終わり~