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いつもの日常―中二病

今日も忌々しい太陽神が降臨している。


いつか俺の右腕に眠りし”黒の遺伝子”が目覚めた時が太陽神お前の最後だ。


河川敷を歩きながら、俺は因縁の宿敵に対して心の内に言う。

辺りを見渡すとジョギングをするおっさん、犬の散歩をするおばさん、サイクリングをする若い奴、どいつもこいつも呑気なもんだ。


今まさに世界は”太陽騎士団”によって支配されようとしているのに。

洗脳された才能の無い連中は気付きもせずに、偽りの平和を享受している。

だが、俺は違う。

この体に宿る”黒の遺伝子”に選ばれた俺は彼奴らの野望を阻止するために今日も抵抗するレジスタンスの連中に会いにいく途中だ。

ちょうどレジスタンスの前線基地のある対岸の高架下が見えてきた。

ようやく目的地が見えてきて安堵する俺に暗雲が立ち込める。


「青服……」


忌々しげにつぶやく俺の前方には青い制服に身を包み、自転車に乗った若い男がこちらにゆっくりと向かってきていた。

俺が青服と呼んだ怪しげな男は洗脳された連中の間では”お巡りさん”などと呼ばれ正義の味方として担ぎ上げられている。まったく日和見な連中だぜ。

青服に見つからないように、着ていた黒いコートのフードをかぶる。青服と俺の距離は徐々

に縮まり青服が横をすぎる、その刹那、


「あ~、ちょっと君いいかな?」


完全に気配を消していたはずなのに、なぜバレた! 焦る俺を横目に青服は訝しむ様な目で俺を見る。


「くっ……」


後を絶たれた俺は意を決して川へと走る。


「あ! ちょっと君!」


案の定、青服は虚を衝かれ慌てふためく。今度はお前が焦る番だ! 青服! 

俺は土手を走った勢いに乗せそのまま川へ飛び込む。


「冷たッッ!」


 俺としたことが桜花、花吹雪が乱舞する月の川であることを忘れていた。

あまりの寒さにもだえる俺。

ちらと青服の方を見ると奴は土手を下ろうとしたしているところであった。

ふっ、そうやすやすと捕まると思うなよ。寒いがここで諦めて上がってはやつらの思う壺だ。

そう思い必死に泳ぐ。

青服が大声で怒鳴る。

さらに声が大きくなったと思えば、いつものエリートの髭面青服も怒鳴っていた。


「こんな季節になに考えてんだぁ!」


なるほど。すべてが変わるこの四の月に抵抗するなど何を考えているのだ、そう言っているようだ。

しかし、奴らは泳げないのか川に入り追ってくる様子はない。そのまま声が遠くなる。

しばらく泳ぎ、ようやく対岸の高架下まで辿り着けた。ぜえぜえと息を整えながら岸に上がる。

俺が上がったところを見て追い討ちできないと見たのか新人青服に何やら吹き込んだ後、そのまま二人で撤退していった。

どうやら、俺の力に恐れをなしたようだ。

髭面青服が俺のことを心配そうな目で見ていたような気がしたが気のせいだろう。

洗脳されていないことを心配するなど下衆の極みだ。

彼奴らの手先を撒いたところで、ようやく着いた基地を見渡すとブルーシートと段ボールでつくられた小屋が目に入る。

ここが我ら”黒影騎士団”の活動拠点だ。

そのまま俺はいつも通っているひとつの小屋の前に立ち、


「今日も世界平和の為に」


と、合言葉を口にする。するとブルーシートの扉が開き中から白髪で白髭の男が顔を出す。


「おお、黒ちゃんか。またなんかやらかして怒鳴られてたろ。若いからってほどほどにしなよ。まあいらっしゃい。中に入んな」


手招きに応じ入室する。

俺を部屋に招いた彼はこの一帯のレジスタンスの代表のような人物である。

名をミスター榊。俺にとっては朋友であり、恩人だ。俺と青服のやり取りはいつものことなので、あえて糾弾はしてこない。

そんな彼らの無関心さが俺にとってはありがたかった。


全国に散る彼らレジスタンスを洗脳された連中は”ホームレス”という蔑称で呼んでいる。

まったく洗脳された連中は心まで洗脳され荒んでしまうようだ。

だが、いつか必ず俺が”黒の遺伝子”で解放してやる。太陽騎士団を打ち倒してな。

そういつものように心に誓った。


「まったく俺らみたいな奴らのとこにわざわざ遊びに来るなんて黒ちゃんも物好きやのう」


「ふっ、我々は悠久の昔ともに誓いあった仲ではないですか」


俺の言葉に感極まったのか、ミスター榊はほろほろ涙を流しながら飛びついてくる。


「おお、今時そんな心温まること言ってくれるのはお前さんくらいだよぅ。あぁ~、俺は感動した! ホント最高だよ!」


「ありがたきお言葉。我が身にはもったいないほどです。ですがミスター榊、黒ちゃんと呼ぶのはやめていただけませんか」


俺は切実に頼む。なんせ黒ちゃんなど選ばれし俺にいささか可愛らしい印象を持たれてしまう。

世界を救う影の勇者となるべき俺にそんなイメージが定着しては困るからな。

当のミスター榊は未だ感動が冷めやらぬのか泣きながら、


「なんでぃ、お前みたいないい奴に黒の遺伝子なんてアホらしい名前で呼べるかよぉ」


「な、アホらしい……」


どうやらミスター榊は以前この基地を襲撃しにきた太陽騎士団の手先である我が校の不良集団に、俺がいじめられていて”黒の遺伝子”と呼ばれていると勘違いしているようだ。

まったく俺のような者がいじめられる訳など有り得んというのに。

俺が廊下を歩けば皆恐れて道をあけるのだ。

杖などなくてもできるという点を見れば、もはやモーゼすらも超えているな。

かつて校内で俺に絡んできた愚かな奴がいたが俺の能力と武勇伝を話した途端に戦意を喪失して気だるそうに逃げて行ったこともあるほどだ。

それに……黒の遺伝子がかっこ悪いなんて言われたら…俺が……恥ずかしい。


「せ、せめてブラックと呼んでもらいたいのですが…」


「はぁ、ブラックねえ。う~ん、いや黒ちゃんのが似合ってるよ! なあ、お前らもそう思うよな」


ミスター榊が声をかけた方を見るとブルーシートが上に引っ張り上げられ剥き出しになった入り口にはすでに何人もの同胞が集まっていた。

そして皆、口々に賛同する。


「そうでぃ! そうでぃ!」


「ブラックなんて気取った名前なんか黒ちゃんには似合わんべなあ」


俺のことをぼろくそに言う我が同胞たち。あまりの思いっぷりに思わず目頭が熱くなる。

泣いてるわけじゃねえ! 決して俺のネーミングセンスが馬鹿にされたから泣いてるわけじゃねえ!

悲しみとありがたみの底に沈んでいた俺を引っ張りだしたミスター榊は思い出したように口を開く。


「おお、そうだそうだ。黒ちゃんに紹介したい人がいるんだったよ」


そう言うとミスター榊は小屋の前の同胞達をかきわけ出て行き、しばらくして一人の男を連れて戻ってきた。

その男の風貌はもうすぐ太陽神の季節になろうというのにロシア帽をかぶり、さらに厚手のコートを着込んでいた。その只者ならぬ雰囲気に俺の右手がうずく。


「なあ、黒ちゃん。どうよ、この人。すげえオーラ感じんだろ」


そんなミスターの言葉に、


「ああ、感じます。俺の眼力を持ってして吟味したが…、貴様能力者だな?」

 

その俺の言葉にロシア帽を除いた同胞達が一斉に騒ぎだす。


「おお! さすが、黒ちゃんでぃ!」


「すごい、一瞬で正体を見破った!」


俺を賞賛する声を上げる同胞達。え? なに、本物の能力者なの? 少し驚きたじろいでしまう俺。

その喧騒を静めミスター榊が言う。


「さっすが黒ちゃん。よく元総理大臣って見抜けたなぁ」


「え? 総理?」


「そうだよ。2年前日本の総理大臣をしてた、鷹山悠紀夫なんだよ」


思わず間抜けな声をだしてしまう。


確かに覚えている。二年前に総理をしていた鷹山悠紀夫。

母親からの巨額のお小遣いやら、アメリカの大統領にトラストミーと言って誤解を与えたりと、なかなかに愉快な人物であったのは覚えている。

だが、確か数ヶ月前に家から勘当されて、政治家をやめ無一文と聞いていたが、まさかこんなところにいるとは。


「鷹山元総理なのですか?」


「ええ、もちろん。トラストミー」


手を差し出し握手を求めてくる。天然な発言とは裏腹に見た目は鷹山の名に恥じることなく、筋骨隆々である。

そんなイカつい手に握られると必然、若干たじろぐ。


「私のことは悠紀夫とお呼びください。どうか私と貴方の間にも友愛が芽生えますように」


「え、ええもちろん」


威圧されて、もちろんなどと言ってしまったが、俺は友愛などと言う甘ったれた言葉があまり好きではない。

イカつすぎて、そんなこと言えるはずもないけどね。


「では、榊さん。私はこれから友愛を育むために出かけてきます。それでは」


 そう言って鷹山元総理は出て行った。


「どうだったよ。黒ちゃん? あの肉体で友愛って言われたらさすがにちょっとこえーわな」


「いえ、あの程度の輩など俺の手にかかれば大したことなどないです。片手でひねり潰せますよ」


うん、ぶっちゃけるとめっちゃ怖いけどね。ハンパねーよ、あの筋肉。

絶対にプロテイン飲んでるね、あれは。

しかし、その強がりがいけなかった。


「あ、黒ちゃん。そんなこと言ったら……」


ミスター榊の遅い忠告が言い終わる前に、ビニールシートの扉が開く。

そこには鷹山元総理の顔がヌンッ、とあった。


「貴方。私をひねり潰すと、そうおっしゃいましたか? 私は友愛を望みます。それ以外を望む者にはそれ相応の裁きを下さねば――」


鷹山元総理の言葉を遮るように、俺は高速で土下座をする。


「すんませんでしたッーーー!」


その様子を見た鷹山元総理は、


「いえ、わかればいいのです。これからも友愛の名の下で共に。トラストミー」


そう言って今度こそ出て行った。はあ、まさか俺のこの基地にあんな不穏分子が宿るとは、安住の地は消えうせたようだ。


「悪い、黒ちゃん。あの人超地獄耳なんだ」


ミスター榊の遅すぎた忠告が俺の耳に届く。


「今更遅いですよ」


情けなくも土下座をした俺に嫌気が差し、自己嫌悪に陥り、段ボールの天井を仰ぎ見た。

こんな体たらくでは、太陽騎士団にも勝てないな。もう少し強くあらねば。

そう心に刻んだ。

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