下
「うぅ、さびい……」
外に出たときはもう22時を回っていた。今日の気温は今年最大の寒さって言ってたからなあ。明日は日中はあったかくなるって言ってた気がするけど、どうなんだろう。
ポケットの中に入れておいたホッカイロをごしごしとこすって手を温めながら、ひなたちゃんの事を思う。ひなたちゃんはこの寒い中帰っていったんだな。確か手袋もマフラーもしてなかったけど、風邪ひかないだろうか。ホッカイロくらいあげればよかったな。
ちょっとだけ先ほどの事を後悔していたが、そのことばかり考えていてもしょうがない。僕は早速明日の準備のために動き出した。とりあえずは人手の確保。大学の友達やバイトの先輩に片っ端から声をかける予定だ。
まずは1人目、バイトリーダーの黒田さんに電話を掛ける。
「はい、もしもし」
「あ、もしもし黒田さん? 合コンどうでした?」
プツッ……ツー、ツー、ツー。
切れた。自慢話もせずにきるということは、きっと成果なしだったんだろう。
めげずにもう1回電話を掛ける。
「なんだよもう。田島、こんな夜遅くに何の用だよ」
「や、黒田さん。今お暇ですか? 暇ですよね」
「なんで断定口調なんだよ! 確かに暇だけどさ! 暇じゃねえかもしれないだろ!」
実際暇なんだから、別に気にしなくていいと思うのだけど。
「じゃ、ちょっと今から手伝ってくれません? 明日のお昼女の子と過ごそうと」
プツッ……ツー、ツー、ツー。
切れた。最後まで話を聞いてくれてもいいと思うのだけど。
それでもめげずにもう1回電話を掛ける。
「なんだよお前は、俺に自慢話をしたくて電話したのか!?」
「や、違いますよ。ってか別にその女の子とはそういう訳じゃなくてですね」
「じゃあどういう訳なんだよ」
それから僕は黒田さんに今日のひなたちゃんとの話を説明した。しばらく黙って聞いてくれていた黒田さんだったが、最後まで聞いた後、ボソッとつぶやいた。
「このロリコン」
「いやいや、別にそう言う感情は何も持ち合わせていませんから!」
……いきなりロリコンって言い出すとは失礼な。
「だってお前、ひなたちゃんって言う小学生くらいの女の子を喜ばせてモノにしたいから、協力してくれって話だろ」
「別にモノにしたいとか思ってませんから!」
何を聞いてたんだこの人は。
「まあいいや、別に今日もこれから暇だし、明日も1日暇だしな。面白そうだから手伝ってやるよ」
「お、ありがとうございます!」
「んじゃ今からホームセンター向かうから。また後でなー」
そう言って黒田さんは電話を切った。よし、これで1人。他の人も暇だといいなあ、そんな事を思いながら、次の人にまた電話を掛けた。
12月25日の昼、朝のバイトを終え、準備万端に整えて、後はひなたちゃんが来るのを待つだけ。あのあと、黒田さん以外にもバイト仲間と大学の友達に何人か声をかけて、協力してもらった。男だけじゃひなたちゃんが怖がるかもしれないだろって言って、自分の彼女やらその友達まで連れてきてくれた友達もいる。他に予定があっただろうに。女の人が何人もいるおかげで、昨日合コンに敗れ去った黒田さんや婚活に負けてきた田中さんも生き生きと準備していた。そうやって集まったメンバーが今ここに揃って、ひなたちゃんが来るのを今か今かと待っている。
「ってか田島。ほんとにそのひなたちゃんって子は来るんだろうな」
「さあ……」
黒田さんから聞かれたけど、実際のとこ口約束しかしてないし、相手の連絡先も知らないし。昨日は来ようって思ってても、もしかして今日になって木が変わっちゃったかもしれないし。
「さあって……嫌だぞ俺。こんな寒空の中、準備を続けて、結局イベント中止みたいなことになったら」
僕がバイト中の間も黒田さんたちには準備を進めてもらってた。確かにそんなことんあったら申し訳なくて、頭が上がらない。
もうそろそろ約束の13時。まだひなたちゃんの姿は見えない……13時になっても、やっぱりひなたちゃんの姿は見えない。昨日の帰りよりかはずいぶんあったかいけれど、やっぱり12月、待ってるだけじゃだんだんと寒くなってくる。
「おい田島、やっぱりすっぽかされたんじゃないのか?」
「いや、まだもしかすると来るかもしれませんし……」
「まあ、お前がそう言うならもう少し待つけどさ」
……それから10分待って、20分待ってと待っていたけれど、一向にひなたちゃんが来る気配がない。
「なあ、田島。やっぱり来ないって。昨日会ったばっかの子だろ? 来なくても全然不思議じゃないし」
それはそうかもしれないけど……僕ももうひなたちゃんは来ないものかと思って、半ばあきらめかけた頃、こちらに向かてくる人影が見えた。
「来た!」
顔はまだ見えなかったけど、僕は確信を持っていた。あの歩き方、背中をちぢこませてうつむいて歩くあの姿は、昨日見たひなたちゃんまんまだ。機能より少し暖かそうなコートを着ているけれど、昨日と同様手袋もマフラーもせず、寒そうに手を口に当ててハーハーしてる。
ホームセンター前まで歩いてきたけれど、まだ僕たちの事は気づいてないみたい。きょろきょろと心配そうにあたりを見回している。
「わ、田島。ほんとにまだ10歳くらいの子じゃん。ちっちゃいなあ。130センチくらいしかないんじゃないか? これからお前の事は親しみを込めてロリジマって呼ぶわ」
「なんですかその不名誉なあだ名は! やめてくださいよ! ってかみんなロリって合唱する前にスタンバってくださいよ!」
みんなニヤケながらも、自分の持ち場に移動してくれた。
みんな指定の位置についたころ、僕はひなたちゃんを呼びに歩き出す。
「おーい、ひなたちゃん! こっちこっち!」
声をかけると、ようやく僕の事に気付いたみたいで僕の方に向かってトテトテと向かってきた。
「来てくれてよかったー。待ってたよ」
「だって……約束したし」
手を口に当てて、手を温めながらひなたちゃんが返事をする。昨日と同様、少しさびしそうな顔になってて、また少し不安そうな顔をしてる。今から何が起きるのかわからないし、少しだけびくびくしてしまうのは仕方ない事なのかも。
僕はひなたちゃんの手を取り、ショッピングモールにある大きな木の下まで連れて行った。ひなたちゃんの手はものすごく冷たくて、なんとなくひなたちゃんの気持ちそのままなのかなって気分になった。
手を取った時、少しだけビクッとしたけれど、ひなたちゃんはおっかなびっくりしながら下を向きつつも僕についてきてくれた。
大きな木の下まで着いても、まだひなたちゃんは下を向いてうつむいている。
「ひなたちゃん、顔あげて」
そう言うと、ゆっくりと顔を上げる彼女。不安そうだった顔が前に広がってる光景を見て、少しずつ驚きの顔に変わっていくのがよくわかる。
「おじさん、これ……」
や、おじさんはやめて。確かに今も僕はサンタの帽子とサンタの服としろひげを付けているけどさ。
ひなたちゃんは目の前と僕の顔を交互に見て、そのたびに顔が変わっていく。目の前にはチキンやサラダ、サンドイッチ、スティック野菜、ピザと言った色んな料理が並んでいる。おっきな木には、クリスマスツリー用の赤・白・黄色のカラフルなキラキラした玉や、たくさんの鈴にリボン、雪だるまやサンタやトナカイの人形、そしててっぺんにはひときわ大きな星。様々な飾り付けがされた木は、普段の木とは全然違った雰囲気になっている。
驚いて口が開きっぱなしのひなたちゃんに、僕は話しかける。
「それじゃ、ひなたちゃんもこれ持って」
そう言ってひなたちゃんにクラッカーを渡す。何が何だかわからないという顔をしているけれど、気にせずそのまま続ける。
「僕がカウントダウンしたら、ひなたちゃんも僕と一緒にクラッカー引いてね」
「え、えと。おじさん? どういうこと?」
「おじさんじゃなくてお兄さんって言ってくれるとうれしいかな。お兄ちゃんでも兄様でもナオ兄でも、なんだったらご主人さ……あてっ」
どこかから飛んできた石が頭に当たった。さっさと進行を進めろということのようだ。ってか石なんて投げるなよ。万が一ひなたちゃんに当たったらどうするつもりだ。
心の中で少しだけ愚痴りながら、僕はカウントダウンを開始した。
「それじゃ、いくよ! 3、2、1!」
0になったと同時、パンっ、パンっ!と言う盛大な音が鳴った。
『ひなたちゃん、誕生日おめでとー!! アンドメリークリスマース!!』
それと同時に今まで隠れてたみんなが一斉にサンタクロースの格好で飛び出してきた。
目を真ん丸にさせたひなたちゃんがちょっと面白い。
「え? え? え?」
驚きすぎて顔が固まってしまっているひなたちゃん。そんな彼女に現れたサンタクロースたちが次々に話しかける。
「誕生日おめでとーひなたちゃん。これ、私からの誕生日プレゼントー!」
「あ、こら! 俺が先に渡そうと思ってたのに。ほい、誕生日プレゼントなー」
「あ、う、え? あ、ありがとう?」
「どういたしましてー」
そう言ってひなたちゃんに誕生日プレゼントを渡しては、次のサンタクロースが次のプレゼントを渡していく。
「お次は俺たちからの誕生日プレゼントだ!」
「口紅あーんど化粧品一式!」
「……え、えと?」
「使う訳ないでしょ! 馬鹿なのあんたたちは!」
「ど、どうもありがとう」
困惑しながらもひなたちゃんはお礼を言った。その他にも、日曜大工セットとか、喜んでいいのか反応に困るようなプレゼントもいくつかあった。
一通りみんながプレゼントを渡し終えた後、僕からもひなたちゃんにプレゼントを贈る。
「ほい、誕生日おめでとう、ひなたちゃん」
そう言って、僕は隠していた袋をプレゼントする。
「え? おじさんからもプレゼント? 中見てみてもいい?」
「もちろん」
びっくりが多すぎたのか、全く感情が顔に出なくなったひなたちゃん。どうでもいいけどおじさんはやめて。
「あ、手袋! ありがとー! ずっと手が寒かったんだ。しかもすごくかわいいっ! すっごく.うれしい!」
……僕の誕生日プレゼントはピンク色をした手袋。よかった、喜んでくれたみたいで。
ひなたちゃんの手に持ちきれないくらいプレゼントが一杯渡されたところで、サンタクロースたちがベンチに座って机の周りに集まる。
「ほらほら、ひなたちゃん。ひなたちゃんもこっちに来なよ」
サンタクロースの1人が声をかけ、まだ展開の速さについていけてない彼女は目を白黒させながら促されるがままにベンチに座る。
ひなたちゃんが状況を飲み込むのを待ちつつ、その間にコップにそれぞれジュースをそそぐ。
「ひなたちゃん、びっくりした?」
ようやく落ち着いてきたとように見えたひなたちゃんに僕は話しかける。
「え?あ、うん? これはなんなの? えと、ご、ご主人さま?」
「ごめん。やっぱりご主人様って呼ぶのだけはやめて」
ものすごく犯罪なにおいを感じた。
「うーん……じゃあ、パパ?」
「ごめん、もっと犯罪臭っぽくなったからほんとにやめて」
そのセリフはいけない交際をしている気分だ。
「えと、じゃあ、ナオ兄ちゃん。これっていったい何?」
「ひなたちゃんの誕生日パーティ」
「……えと? なんで?」
「家で誕生日パーティをやったことがないって言うひなたちゃんのために、サンタクロースたちからのささやかな贈り物」
……決まった。
「うわ、きざー! かっこつけー」
「島田さん、ほっといてください!」
くそう、決めたと思ったのになんだか台無しだ。
気を取り直してひなたちゃんの方に向き直る。
「どう? ひなたちゃん」
「ど、どうって言われても、まだすごいびっくりしてて何が何だか……」
まあ、そりゃそうかも。こんなことが突然起きたら、びっくりして頭がついていかないかもしれない。
全員のコップにジュースが入れ終わった頃、黒田さんが立ち上がって、話を始めた。
「えー、それでは改めまして。今日はクリスマス。クリスマスであると同時に、ひなたちゃんの誕生日! そんなひなたちゃんに向けて、さらなるプレゼント!」
「え? え?」
「じゃん!」
そう言って黒田さんが出したのは、おっきなホールケーキ。ケーキの真ん中には、『ハッピーバースディ ひなた』と書かれた、チョコがのっている。
「ごめんな、ひなたちゃんが何歳かわかんないから、ろうそくは適当にたてちゃった」
「……ううん……すごくうれしい。今までクリスマスケーキじゃないバースディケーキをもらったのって、初めてだから……」
……クリスマスが誕生日だと、そういう事になっちゃうよな。 ケーキが栗きんとんになっちゃった僕としては、その気持ちはよくわかる。
「それでは、ひなたちゃんのさらなる発展と健康を願って、乾杯!」
『かんぱーい!』
そこからはめいめいに食事を楽しんだり、会話を楽しんだり、和やかな時を過ごした。ひなたちゃんも最初は緊張してたみたいだけどだんだんと打ち解けていって、みんなと話をするようになった。さっそく僕からプレゼントした手袋をつけて、とてもかわいらしい笑顔をしている。
「ひなたちゃん。実はもう1つ、ひなたちゃんにサプライズ!」
「ふぇ!? え? え!?」
や、そこまで驚かなくても。ひなたちゃんは今日誕生日、そしてクリスマスでもある。
「さっきの手袋はひなたちゃんへのバースディプレゼント。そして次は、クリスマスプレゼント!」
そう言って僕はひなたちゃんの手に、おっきな袋をのせる。
「え? え? え?」
「いいから、開けてみなって」
そうひなたちゃんを促す。目を白黒させながらも、リボンをほどいて、中身を覗く。
「わ、わ、マフラーだ」
そう、昨日の寒そうな小さな背中を見て、マフラーと手袋をプレゼントしたくなった。
「ナオ兄ちゃん、ありがと! 誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント、2ついっぺんにもらえるなんて初めてだよ!」
そんなに喜んでくれるんだったら何よりだ。ひなたちゃんのとびっきりの笑顔を見れただけでも、僕としては大満足。
日も暮れてきて、一生懸命飾った木は、ピカピカとイルミネーションが照らし出され始めた。
料理もケーキもほとんど残ってなくて、そろそろお開き叶って時に、ひなたちゃんがベンチから立ち上がった。サンタの格好をしたみんなも、ひなたちゃんに注目する。
「……あ、あの。今までこんなに楽しくて、こんなにうれしい誕生日、クリスマスって初めてだった。いつもお父さんもお母さんも家にいないし、学童にいても、クリスマスはみんな帰っちゃって、1人っきりだったことばっかだったし」
ひなたちゃんが自分の気持ちを吐露する。……せっかくのクリスマス、誕生日なのに、そんな日ばっかだったら、やりきれないだろうな。
「ほんとに今日はありがとう。サンタさんってホントにいるんだって思っちゃった。こんな素敵なクリスマスをプレゼントしてくれたんだもん」
ひなたちゃんの目に、涙があふれてきてる。昨日はどれだけ寂しそうでも泣いてなかったけど、今日のひなたちゃんの涙腺はすごい緩いみたいだ。
「ナオ兄ちゃん、ほんとに、ほんとにありがとう! こんな素敵な1日をプレゼントしてくれて。ナオ兄ちゃんは、ボクにとって、ボクだけの、ボクのサンタクロースだよ!」
涙を目にいっぱいに溢れさせながら、そう言うと同時、ひなたちゃんは僕に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと!?」
ものすごい慌ててしまう。例えまだ小さくたって、女の子は女の子なんだから。
ヒューヒューと周りから冷やかしの声が聞こえるけど、僕としては慌てすぎてて冷やかしの声に対応できない。
「ありがと……ありがと……これからもずっとボクだけのサンタクロースでいてね!」
……えと、何て答えればいいんだろう。返答に困った僕は、ひなたちゃんの頭をやさしくなでた。
クリスマスイブに寂しそうにしている女の子、そんな女の子を笑顔で一杯にすることができた。普段とは全然違うクリスマスを過ごしたけれど、こんなクリスマスがあってもいいかな。僕はそう思えた。
ひなたちゃんは僕の事をサンタクロースって言ってくれたけれど、とびっきりの笑顔を見せてくれた彼女も、僕にとって最高のサンタクロースだった。