太陽神は恋をする(前編)
人間がまだ生まれておらず、地上が穏やかな春の時代を迎えていた頃の昔々のお話です。
太陽は太陽神が司り、地上は昼と夜とに別れていました。
夜は夜の女王が支配していました。
夜の女王はたいそう美しい女神でした。
太陽神は夜の女王に恋をしました。
しかし、夜の女王は太陽神の恋心を受け入れずに拒絶しました。
ふられた太陽神は傷つきました。
苦しみ、胸が引き裂かれそうでした。
そして、異変が起こりました。
太陽が分裂し始めたのです。
太陽は小さな小さな太陽を生み、それがゆっくりと地球へと向かい始めました。
異変に気づいた天国の神様は、天使クリムエルを呼んで言いました。
「クリムエルよ、太陽神が自然の理を犯した。」
「何が起こったのですか?神様。」
クリムエルは言いました。
「太陽神がもう一つ太陽を創り出したのだ。太陽神が夜の女王にふられたのは知っていたが、おそらく復讐のために、もう一つの太陽を地球の裏側に送り、夜を消してしまおうというのだろう。」
「そんな事をすれば夜の女王が消えてしまうだけでなく、地球も干上がってしまうではありませんか!」
クリムエルは叫んだ。
「そうだ、このまま放っておくわけにはいかぬ。そこで、お前に太陽神の宮殿まで行ってもう一つの太陽を元に戻すように説得してきて欲しいのだ。
「太陽神とあろう者が私などの言う事を聞くでしょうか?」
クリムエルは心配気に言った。
「太陽の管理は、太陽神に任せてしまったから、わしの力も及ばない。わしが行っても同じなのだ。」
「分かりました。やってみます。」
さっそく行こうとしたクリムエルを神様は呼びとめました。
「待て。もし説得に失敗した時は、これを使いなさい。」
そう言って神様はふところから、黒いかたまりを出してクリムエルに手渡しました。
ずしっと重くて硬く、黒光りしたそれは、クリムエルが初めて見るものでした。
「なんですか、これは?」
「銃というものだ。」
「神様が創られたものですか?」
「いや、人間がこれから作るものだ。」
「人間⁈神様が創ろうとしておられる最後の動物ですね!」
「人間に知恵を与えると、わしですら想像もつかぬものを作り出すようになる。そして、その総てのものは、すでに天国に用意されているのだ。」
クリムエルは銃をしげしげとながめながら言いました。
「いったい人間という動物は、何者なんでしょう?」
神様はそれには答えなかった。
「これはどうやって使うんですか?」
「手で握れるようになっているだろう。丸い穴の部分を太陽神の胸に向けて引き金を引くのだ。うんと近づいて狙うのだ。」
「そうすると、どうなるのですか?」
「事が治まる。」
神様はそれ以上言われなかったので、クリムエルも聞きませんでした。
そして、クリムエルはまとった聖衣のふところに銃をしまい、羽を広げて天国のはずれにある太陽神の宮殿へと飛び立ちました。
小さな小さな太陽はどんどん地球へと近づいていきます。
その熱のせいで、地球は灼熱の夏の時代へと一気に突入しました。
太陽神は玉座に座ったまま、浮かぬ顔でクリムエルを迎えました。
「神様の使者として参りました。どうかあの太陽を元にお戻しください。」
太陽神はクリムエルに答えました。
「私にも、どうにもならないのだよ。夜の女王に対する恋心が私の胸を苦しめるので、その苦しみを捨てようとしただけなのだ。私にはあれを止められない。」
「地球に放った動物も植物も死に絶えてしまいます。あなたが恋した夜の女王も消え去ってしまうのですよ。」
そう言いながら、クリムエルは太陽神に近づいていきます。
「恋の苦しみというのは、己で抑制出来るものではないのだ。」
「どうしてもですか?」
クリムエルは太陽神のすぐ側まで来ました。
「どうしてもだ。さがれ!」
太陽神は立ち上がって言いました。
その目からは血の涙が流れています。
(今だ!)
クリムエルはふところから銃を取り出すと、太陽神に銃口を向け引き金を引きました。