盗みの達人(剣の7)
タロットカードから生まれた物語です。是非ご覧ください。
その町は港町、鉱山の国、山の村、様々な土地の交差点ともいえる位置にあった。
元々は商人が馬車を休めるためのただの止まり木のような場所であったのだが、次第にこの町を通る者が多くなっていったために、今では四方のどの町よりも大きく栄えた交易都市となったのである。
そんな栄えた町の、とある目立たない路地裏を通り、暗い隙間道を更に行ったところに、知る人ぞ知る窃盗団のアジトがある。
交易が盛んなこの土地がもたらしたのは繁栄だけではなく、彼らのような闇を食み生きる者もまた、同時にこの土地に根差してしまったのだ。
「ギルドの役に立てるよう、頑張ります」
「おう、だが俺は捕まった奴は見限る、ヘマをしたら助けないぞ、覚悟しておけ」
「はい、僕が足を引っ張った時は見捨てて結構です、失敗はやらかしません」
「良い返事だ」
簡素な家具だけが置かれているアジトに二人の男がいた。
一人はこの窃盗団のリーダーで、悪名高い名盗人の男。もう一人はその男に盗みのコツを乞いにやってきた、真面目そうな顔つきの若者だ。
若者はかつては町の大きな貿易商社に勤めるエリートな役員だったが、貿易会社が競争に負けて潰れてしまい、無職者となってしまった。
「しかし変わり者だな、盗みでなくともお前のような若いもんなら仕事もあるだろうに」
「もう商社に勤めるのは御免です」
「何故だ」
「誰かに奪われる生き方をするよりも、誰かのものを奪う生き方の方が良いじゃないですか」
若者は真面目に働いていた商社が潰れてしまった事のショックで社会を恨んでおり、その復讐のために盗みを教わりに窃盗団を訪ねたのだった。
「盗人になっても、奪うも奪われるも変わらんよ」
「何故ですか」
「盗みは教える、それは自分で考えろ」
「……」
「夜になって人がまばらになったら出発だ、よく休んでおけ」
「…はい」
「」
窃盗団の男は粗い生地のベッドの上で眠りについた。
若者も、不慣れな感触の悪い毛布に包まれ眠りに落ちた。
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二人が来たのは町の外れにある移動劇団のテント前だった。
各地を渡り歩き公演する移動劇団は現地に様々なテントを設け、そこには様々な金目になりそうな用具が置いてあるものもある。
劇中に使われる鎧や剣、家具として使われる豪華な小道具、衣装。物が豪華な割に警戒は薄く、立ち入りやすい事から、盗人の男はここに目を付けたのだ。
「足音を立てるなよ、そして姿勢は常に不自然でないように低くだ」
「はい」
「喋るときは小声で短くかつはっきりと、もし見つかっても関係者のフリをするんだぞ」
「わかりました」
二人は郊外を迂回し、丁度劇団の仮設テント群の正面とは真逆の裏口から侵入していた。
小さなテントがいくつも連なる様は、どこか砂漠の民の集落を思わせる光景だ。
「……よし、このテントには人がいないようだ」
「わかりますか?」
「中からの灯りも灯っていないし、静かで、埃臭い」
「なるほど」
「きっと中には道具が置いてあるはずだ、それを頂戴しよう」
男の予想は的中した。テントの入口を開くと、そこには様々なアーマーやヘルム、そして多くの剣が置いてあったのである。
演目で使われる衣装なのだろう。どれも雰囲気のある品々で、市場に流せば良い金になりそうなものが多かった。
「やりましたね」
「ああ、頂戴しようか」
二人は笑みを浮かべると、早速品々の荷造りに取りかかった。
若者も風呂敷の包み方や紐の結び方はある程度教わっていため、初めてにしては良い手際で風呂敷で品々を包み、まとめてゆく。
そんな若者の姿を見て、男は声をかけた。
「おい」
「なんですか?」
「荷物が多すぎるぞ、俺はもうすぐ出る」
「早くないですか?ここには誰も居ないし、全部持っていけますよ」
若者は既に3つの風呂敷包みを完成させていた。
大小様々な衣装を包んだ、絢爛豪華な包みだ。
「欲を出すな」
「…ですが、それはあまりに少なすぎるんじゃないですか」
若者の荷物の多さに比べて、盗人の男の持ち物は非常に少なかった。
ただみすぼらしい剣を7本だけ風呂敷で縛り、包んであるだけなのである。
「それでは儲けが出ませんよ」
「俺はもう行くぞ」
「僕もまとめたら行きますけど、儲けは歩合ですよ」
男は若者の言葉に応えず、静かにテントから出て行った。
「…あんな手際だから、安物の毛布で寝る羽目になるんだ」
若者は愚痴をこぼしながら更に荷物をまとめ続ける。
「……すごい、これは王冠かな、一等高く売れそうだ」
荷物をまとめ続ける。
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「……」
男は左右を確認しながら見回りや見張りが居ないのを確認すると、静かな足取りで向こう側の茂みへ目指し、走った。
急ぎ過ぎでもなく、遅くは無い絶妙な速さの歩みだった。
――カラン
「!」
男の持つ風呂敷から二本の剣が落ちたが、男はそれに気を取られることなく、残りの5本をしっかりと抱え込み、無事郊外の茂みの中へと消えることができた。
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「よし、これで大丈夫だ、結びも完璧」
若者はやっと荷物のまとめを終えていた。
旅人の荷造りといった具合に包まれた品々はどれも高価そうな品ばかりであり、若者は高そうな品を厳選するのに苦労していたようである。
「さて、行こう…これで大もうけだ」
若者もテントの入り口を開けて、静かに茂みへ向かって歩み始めた。
しかし欲張って大荷物を作ってしまったせいか足取りは鈍くさく、歩を踏む度に金属の擦れる音が鳴ってしまいそうになるので、若者の足取りは更に遅いものとなっていた。
「誰だ!?」
「!!」
遠くで劇団の関係者だろうか、誰かの叫ぶ声が聞こえた。
青年が見つかったのである。
「くそ、ついてないな」
青年は振り向くことなく茂みへと走った。
もう音など気にしない。とにかくこのまま町へたどり着くことができればいいのだ。
そうすればいくらでも隠れる場所はあるし、荷物もゴミ置き場にでも隠しておけば良い。
逃げ切れば、背中の大量の荷物が大金になる。
――カランカラン
「!」
背中に背負った風呂敷包みから、ヘルムやバックルが音を立てて落ちてゆく。
風呂敷の縛りの結び目は完璧だったが、隙間ができてしまっていたようである。鎧達はあまりの重さにより、その隙間を押し広げて落ちてしまったのだ。
「くそ、まあいいや」
若者は振り向いたが、気にせず荷物をしっかり抱えて走り続ける。
だがそうしている間にも金目のものは次々に地面に道しるべを作ってゆく。
このまま中途半端に穴のあいた風呂敷を抱えたままではリスクにしかならない。
若者は苦渋の決断を下した。
「……くそっ」
若者は隙間の空いた風呂敷を投げ捨てた。
風呂敷包みは4つあったが、これでそのうちの1つ分の儲けが水の泡となってしまった。
――カラン
「あっ」
ふと投げ捨てた風呂敷の方を振り向くと、そこには鎧や剣の他に、黄金色に輝く小さな王冠が転がっているのが見えてしまった。
見るからに高価そうな品である。
こればかりは見逃すことはできない。
「あの冠だけは……!」
若者は冠だけは取ってやろうと振り向き、勢いよく身を翻した。
しかし踵をかえさんと踏み込む若者の足元には、二本の剣が横たわっていた。
「あっ!?」
剣を踏んでしまった若者は転び、そのまま強く尻を打ってしまった。
加えて背負った荷物が背中に鈍い痛みを与える。
「ま、まずい……」
風呂敷の荷物の重みで若者はとても立てる状態ではなかった。
それでも両手両足をばたつかせ、カンテラを持ち近づいてくる多くの人影から必死に遠ざかろうともがき続ける。
「ちくしょう、嫌だ!嫌だー!」
荷物によって動きを封じられた若者の手には、輝かしい王冠が握られていた。
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「郊外の劇団に盗人が入ったんですって」
「あらやだ、私も気をつけなきゃ」
「でも特に何も盗まれなかったみたいよ、盗人も御縄についたらしいし」
「そうなの?良かったわぁ」
市場の青果露店の前で会話する主婦たちをしり目に、男が武器商の露店の前でしゃがんだ。
「祖父の家から見つけた剣なんだが、5本ある。買い取ってくれないか?」
古くて物々しい風貌の剣達は、二十日ほどの生活には困らない程度の金となったそうだ。
剣の7、どうでしたか。
みなさんも若者のように欲張った故に失敗してしまった事などはありませんか。
自分の身の丈にあった荷物を背負う事は重要です。
もし自分の生き方が「重い」とか、「苦しい」とか、「辛い」とか。そう感じているのでしたら、もしかしたらあなたは今、重い荷物を背負っているのかもしれません。
自分に持てる荷物の重さや大きさを理解することは大事です。
何事においても「巧さ」とは、そこから生まれるものなのだと私は思います。
自分を理解することは同時に限界を知ることでもあります。
限界を見ることは辛い事ですが、限界とはそうやすやすと突破できるものではありません。
どうか自分の力を見定めた上で、無理せず限界まで頑張ってみてください。