026 新たなる旅立ち
少女は、顔を晴らし、瞳に涙を浮かべながら刀を構えている。
息を切らし、膝も震え、多数に嘲笑われながら、それでも必死に自分の足で立っている。
「どうした。この私に、発言を撤回させるんじゃなかったのか?」
男は、冷酷非情な視線を少女に刺す。更に、幾つもの蔑みが少女を貫く。
それでも、少女は刀を下ろさなかった。
必ず、この男を下してみせる。そして、大切な人の誇りを取り戻してみせる。
闘争心の根幹を何度も噛み締め、滲む視界の奥にいる男へ駆け寄る。
「だから、貴様はダメなんだ。踊子一年生」
……身体が、動かない。
少女は、まるで男の瞳に吸い込まれるような感覚と、石のように固まって動かない足への恐怖に囚われた。
一体、なぜ?
そんなことを考えるうちに、男の刃が胸を無情に貫く。
「う……っ」
少女は、気を失った。
男は、華麗な所作で刀をしまう。
その場には男を称える声と、少女への罵詈雑言が響いているだけだった。
× × ×
三十年前。
『侍』が国家資格となった大日本帝国に刺激された欧州三国は、嘗て失われた騎士を再び国家の象徴とするため『騎士育成機関』を創立した。
それが『ペンドラゴン校』、『ランスロット校』、『ジークフリート校』、の三校。
いずれも名誉ある学び舎であり、徳川学園に負けずとも劣らずの注目を集める場所でもある。
「でな、急な話だが……俺はこの前期の任期満了を待たずして、卒業までペンドラゴン校へ留学することになったんだ。
先に言っておくと、校長の命令だ。逆らったりは出来ない」
校舎裏へ呼び出したかと思えば、柳生は唐突に本題へ切り込む。
色々と言いたいことがあったが、柳生のいない生活を想像すると胸がつっかえて、無月は俯くことしか出来なかった。
「……会長の後任は誰が?」
「いない。
学芸銀座は各校の生徒会長による君主制を止め、試験的に共和制を取り入れることにした。
そのための活動は、もう終わってる。他校の生徒会長も、みんな合意の上だ」
やたらと忙しそうにしていた理由はそれか、と思い当たる無月。
「これからは、各派閥の代表を招集して公平な閣議により物事を決定してもらう。それが、新しい学芸銀座の第一歩だ」
「は、はぁ。なんか、壮大な話になってきましたね」
「そこで、各派閥の代表を招集する役目を――無月、お前に任せたいと思ってる。やってくれるか?」
「それって、実質的な議長代理ですか? それとも、体のいい使いっ走り?」
「捻くれるな。強いて言えば、平等の使者と言ったところさ」
言って、柳生は優しく微笑む。
いつからだったろうか。彼が、まるで兄のように無月に接するようになったのは。
「無責任ですよ。自分で始めたことをほっぽって、一人でどこかへ行くだなんて」
「しかし、俺がいたら何も変わらないだろ。
新しい学芸銀座を創るのに一番邪魔なのは、残念ながら俺なんだ」
それは、あまりにも有能過ぎるが故の矛盾。
ならば……と、無月は考える。
どう考えても面倒事だが、これを拒んで万が一にも議会に参加出来なくなれば損を――。
(……いや)
他でもない、柳生ジュウザの頼みだ。
無月カゲロウに、断ることは出来ない。
「いいんですか? 俺に都合のいい連中だけを選別するかもしれませんよ?」
「そういうことをする可能性が一番低いのがお前だから、お前を選んだんだよ。勉学はさておき、戦闘力と閃きは折り紙付きだしな」
「俺には欲があります」
「バカ。学芸銀座に居るのに『侍になる』としか言わない奴は、私欲がないことに等しいんだよ」
孤独な無月は、初めから、柳生の器の大きさが苦手だった。
どうやら、その点は今日も克服できなかったようだ。
「……分かりました、請け負いましょう。
俺の補佐には、引き続き無月小隊を採用します。構いませんね」
「了解だ」
「それにしても、海外留学とは……向こうで何を学ぶっつーんです?」
「リスペクトだ」
やたら抽象的な答えに、思わず首を傾げる。
「主君への忠義を果たす武士道と、弱者の救済を求める騎士道では信じるものが違うということだ。
そのルーツや特性を、俺は学びたいんだよ」
「救済……ですか」
「ククッ、お前の嫌いそうな言葉だよな。
他人の人生に干渉せず、他人の人生の責任を持たない。それが、お前の生き方だから」
「……はい」
「だが、事実として欧州三国の貧富格差は大日本帝国よりも狭く、そして国全体として豊かだ。
俺は知りたいんだよ。なぜ、弱者を救うことが国の富と発展に繋がるのかを……な」
「ご立派です」
「口からデマカセはよせ、似合わんぞ」
「物好きなことで」
「はっはっは! こんにゃろっ!」
言って、柳生は無月の頭をワシャワシャと撫で回し、名残惜しそうに立ち上がって身体を伸ばす。
「これが各派閥のリストだ、大小含めて二十二ある。二週間以内に終わらせてくれ」
「分かりました」
「それじゃあな、無月。ミソラを……いや、学芸銀座を頼む」
遠ざかっていく将軍の背中を見つめ、無月は崩れた髪型のまま静かに空を仰ぐ。
果たして、俺はこんな感傷に浸るような性格だったろうか。
そんなことを思い、少しだけ唇を噛んだ。
(……さて)
少しだけボーッとしてから、すぐに気持ちを切り替えた。
立ち止まっていても、仕事は減らない。
無月は、早速リストを開いた。
(……なるほど)
ミソラを筆頭とする最大派閥の『平律志士』から、極小規模の組織まで名を連ねている。
中には、鉄砲教などという『銃』を神様扱いする、なぜ学芸銀座に来たのか分からない謎の宗教派閥まで存在している。
一体、こんな連中をどうやって政治の場に引っ張り出せというのか。無月は、どう考えても前途多難な道のりにため息をついた。
そして、すぐに思い当たる。
(人、足んねぇな)
……と。
さて、どんな奴を仲間にすれば良いだろうか。
まず、一門隊として戦闘をこなせる人材でなければならない。
加えて、一年生がいい。なるべく思想に染まっていない方が、無月にとって都合がいいからだ。
且つ、無月の悪評を気にせず、自己実現の為に目的を達成できる者。
そして、重要なのは事務作業の補助が出来る奴。
現在、決闘の事後処理、見廻り後の引き渡し、諸々の後始末まで、すべて無月一人でこなしているからだ。
「だから、そんな奴が欲しい」
「いるわけないだろ」
放課後のマクドナルズ。
隊員に相談すると、瀧院に一刀両断されてしまった。
横に座る夜叉と仄目も、ウンウンと首を縦に振っていた。
「特に厳しいのが、『戦闘力のある一年生』という点だよ。
二年や三年を相手にして通用する一年なんて普通はいない。自分をベンチマークにするのはやめろよ、カゲロウ」
「無月さんの悪評を気にしない――というのもネックですよね。基本的に、学芸銀座の生徒は武士道を尊んでるわけですし」
「あと、事務作業も厳しいと思うよ。
カゲロウくん、闇討ちされ過ぎだもん。全部の後処理なんてやりたがるわけがない」
総スカンを食らって、無月は、深いため息をつき窓の外を眺めた。
「……まぁ、悩んでても埒が明かねぇし、ひとまず行動を開始しよう。リスクもあるし、四人で廻るぞ」
三人の返事と同時にコーラを飲み干し、トレイを片付けてから店を出る無月小隊。
取っ掛かりとして選んだのは『血統主義派閥』。
彼らは家柄を尊重し、血統こそが尊ばれるべきものであると信じている徳川でもエリート中のエリートが集まる勢力だ。
「なぜ、彼らを選んだんだい?」
「アジトが一番近いから」
やってきたのは、学芸銀座の中でも一等地に門を構えるクラブハウス。
他にも専用の活動拠点を持つ勢力は幾つかあるが――とりわけ、血統主義派閥のハコモノは別格だ。
「ほぼ城じゃねぇか」
「カゲロウくんは自分が貧乏だから忘れてるだろうけれど、徳川学園の生徒ってほぼ例外なくお金持ちだからね。
この街のスポンサーの子供だってたくさん通ってるし、お金に糸目をつけなければこうなるかも」
「……けっ。どうせ、広すぎて落ち着かねぇよ」
「広ければ広いなりに、使い方を模索するものさ」
「というか、中規模ですよね」
どことない疎外感を覚え、無月は道路に転がっていた石っころを蹴っ飛ばした。
「二度とツラを見せるな、下民女め」
突如として、クラブハウスの扉が開かれたと思うと、二人の男子生徒に投げ捨てられる徳川学園の女子生徒が目に映る。
華やかで、絢爛。埃を被っていても失われない高貴な雰囲気。どうやら、気絶しているようだが――彼女の顔には、殴られたような痕があった。
「けほ……っ」
まるで、ゴミでも見るかのような目で捨てた女子生徒を見下す血統主義者たち。
その様子を目撃されたことに気付いたらしい。腰の刀に手を当てて眉間に皺を寄せると、訝しみ無月を睨みつけた。




