018 ことの始まり
「それにしても、随分と長い戦いですね」
わざとらしいくらいの激しい衝突音が何度も響き渡り、いつの間にか周囲には大勢の野次馬が集まっている。
既に勝っていた夜叉も、しゃがんで膝を抱えて戦いを見つめていた。
(あと少し……あと少しなのに……っ)
望月の攻撃が、またしても瀧院の腕を掠める。
(どうして……斬れない!?)
先程から、皮一枚、肉一片には届くのに、それ以上刃が届かない。
瀧院は、引きながら守ったかと思えば、逆に距離を詰めた上で攻撃を誘発させる動きも見せるが――。
「臆病者!」
それでも、刀を振るわない。
望月は、まるで防御を叩き付けられているような気さえしてくる。
怪しいのに、攻撃しなければならないという強迫観念のようなものが、しつこく絡みついているのだ。
そうして、致命的な隙を生み出した彼女すら見逃す瀧院から、無月はようやく真意を悟った。
「なるほど、エゲツねぇ技を使いやがる」
「どういうことですか?」
「瀧院は、敵に攻撃を強制してるんだよ」
瀧院の剣術は、反射だ。
敵には確かな手応えを与え、しかし自分は弾き返すことで敵の体勢を著しく崩しスタミナを奪い絡め取る、まるで人食い植物のような戦法。
そして、最も凶悪なのが反撃を繰り出さないこと。これにより、敵は自分が勝っているのだと錯覚する。
望月は、さしずめ甘い匂いに誘われて領域に踏み込む虫だ。もう少し、あと少しと藻掻くうちに体力を消耗し、気付かないうちに消化され、最後には――。
「あれは……チアノーゼですかっ!」
斬られれば敗れる緊張と近くに見える勝利への期待の中、息つく暇もなく、何度も金属の塊を振るわせる。
通常、即座に決着する刀での勝負において、あまりにも常識外れな戦法。
「面白いな」
攻撃することなく勝利する瀧院の姿は、無月の目に、この上なく合理的に映った。
「はぁ……はぁ……っ」
望月の息は絶え絶え。もはや、フラついてまともに立っていることすらままならない仲間の姿に、筧は思わず目を逸らす。
「御免ね」
そんな望月へ、なんともあっけない瀧院の軽い一撃。
「しょ、勝負ありっ」
敵の一撃によって長い苦しみから解放された望月は、瀧院の身体へもたれ掛かるように静かに倒れた。
「浮かねぇ顔してんな、勝ったんだぜ?」
マクドナルズから出てきた無月に、自虐を含んだ微笑で答える。
「ダサいだろ、こんな戦い方。ゴージャスな僕に、瀧院の泥臭い剣技は似合わない」
「そうか?」
「シンプルであることは、『真理』に近いということだ。『勝利』という名の――ね」
上を向き、何かを見つめながら呟く。
「だからさ、カゲロウ……キミの居合が羨ましくて仕方ないよ。キミも僕も一撃で倒す剣なのに、僕は誰よりも回りくどいから」
瞬間、無月は三日月を描く軌道で居合一閃。
鈍繰とはいえ、角度も距離も申し分ない一撃を会話中の不意打ちで見舞ったのだが――。
――ガギィン!!
「な、何をするんだ!?」
「俺の本気の居合を受け止めたのは、柳生会長とお前だけだ。瀧院」
言って、ニヤリと笑う無月。
「へ……?」
「いいもん持ってんじゃねぇか、磨きゃマジに無敵かもな」
たった一つの行動で、彼の後ろめたさをぶった斬る。
思わず竜宝を見つめ、力強く握る瀧院。そして――。
「ありがとう」
普段の彼からは想像も出来ないほどに照れくさそうな笑顔を浮かべ、呟くように感謝を口にしたのだった。
「それにしても、反射か。いい技だな、教えてくれよ」
「なら、等価交換だよ。カゲロウ。今度こそ、僕にもキミの居合を教えて欲しい」
「……だったら、作るか」
言って、夜叉と仄目に振り返る。
「せっかく教わるなら、全員の技を混ぜて流派を作ろう。そいつを学生時代の成果物にして、侍就職を有利に進めるんだ。
いい考えだろ?」
そして、無月は空に『ガクチカ』と文字を描き学ランの内ポケットにしまう。
彼のルーティンを見て、瀧院は無性に嬉しくなった。
「『無月流』の開闢かい!? 素晴らしい! これだからキミの発想には驚かされるっ!」
「まぁ、それは後で話すとして……あんたら、真田の差し金なんだろ? 奴さん、どういう思惑で刺客を送り込んできた?」
先程までの穏やかな空気から一変。
無月は、霧散していった立会人を見届けると、倒れ込む筧と望月に問う。
「ち、違う。ユキナリは関係ない。この件は、私たちの独断だ」
「独断……ね」
「お前みたいな男がいると、ユキナリは揺らいでしまう! 彼の幸せを脅かす存在は、絶対に排除しなければならない!」
「無月さん。風紀委員の権限を使い、真田純勇士を不穏分子として報告して是正する、というのはどうですか?
こいつら、どうせクソ面倒ですよ」
「そんなことすりゃ、俺が一年同士の小競り合いすら片付けられない無能扱いされて終わるだろ。こいつらは放っておく」
そして、無月は何も言わずに踵を返す。
「いいんですか?」
「いいよ。襲ってきたら、また斬ればいい」
(か、かっこいい〜!)
密かに、更に恋心を膨らませる夜叉だった。




