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『Black Vulture:死神の身代わり【SF】  作者: イニシ原


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Drop 02 死神の襲名――剥奪された名前と、塗り替えられた『unknown』

 痛みのない、優しいフォーリングホワイトに包まれている、俺。激突の衝撃も内臓がひっくり返るような不快感も、きっと想像でしかない。だが、視界の右端に書かれているデジタルオレンジの【LIFE】。そこに刻まれた、点滅しっぱなしの『1』が、否が応でも目についた。……そして。その横のキル数を表す『 | 』は、ひとつのままだった。


『どうして、さっき殺せたはずなのにやらなかったのかしら。誰もが生きるために必死なのに、あなたは何故?』


 彼女の声は優しい。けれど奥底では冷徹な無感情を隠しているように思えた。


『きっと私は運がないんです。家族のために都へ行くだけだったのに……。ああ、早く帰りたいです』


 はみ出しそうな感情を押し殺しながら、独り言を呟く彼女。ここは都合のいい天国であるはずもない。「自分はもう死ぬから」と、生死だけで物事を完結させる投げやりな考え方は、きっとカナタに言わせれば「プロ失格」だろう。


「……おい」


 俺は、光の向こう側にいるはずの彼女へ、声を投げた。なるべく優しく、いつもの仕事現場のようなトーンで呼びかけたかった。だが、自分でも驚くほど低く叱るような声だった。


「誰でも――LIFEを0にさえしなければ、『消去』はされないんだな」


 答えはない。だが、その沈黙こそが肯定だった。


「それなら、相手には悪いが。……そのLIFEのひと欠けら、俺がもらうしかない。そうすれば、あんたも助かるんだろ? 名前を知らない女神さん」


『あ、はい。……私はツェリア。ディル・ツェリアです。女神ではありませんけど』


「綺麗な日本語だけど日本人じゃないのか? その名前は。まあいい、話が通じるなら十分だ。三回目のこのダイブ、さっきと同じなら説明を聞いている時間はないんだろ?」


『はい、もうすぐ始まります。……こんな私のことを、考えてくれる人がいるなんて。でも、LIFEをもらうのは一人分だって大変なことです。時間もありませんし二人分なんて無理……。そうだ、同じ人から二回も命を奪うことは出来ない。……それが、ルールです』


 ……ルールか。

 彼女の悲痛な祈りのように聞こえるな。


「この天国もどきのルールは、戻れたら詳しく聞くよ。……なんとかなるさ」


 いつの間にか、先ほどのベレッタがホルダーごと腰に戻っていた。

 ゲームのような仕様ルールだ。弾倉を叩けば、金属の重みが十発以上の残弾を告げた。俺は無造作に、それを定位置へと収める。


『頑張ってください、時羅さん』


 こんな祈りのこもった言葉を聞いたのは、いつ以来だろうか――。

 そんな感傷が脳をよぎった、その時だ。


 フォーリングホワイトの世界が鮮血のようなボーンレッドに浸食され、無機質な警告が網膜を横切る。


【Abyssal Down Level:Entering】


 気に障る高音のアラーム。


『ああ、これは……たくさんの人が降ってきて――。あの時、空が真っ赤に染まって、一緒に悪魔(デーモン)が来たんです!』


 ツェリアの、震える声が混じる。


『時羅さんのように、真っ黒な姿をした奴が。……その時のパートナーも、一瞬。ほんの一瞬、すれ違っただけで死んでしまった……』


 彼女の意識は、その「あの日」へ戻ってしまったのか。 響く声には、絶望に魂の膝を折った者特有の、縋るような匂いが混じっていた。 ――かつてこの空を地獄に変えた「何か」に、今も追い詰められている。


「こうなっては、まさに命懸けの現場だな。やる気を出した途端に地獄へご招待、なんてのは御免だぜ」


 四度目の再開も、やはり唐突だった。


 だが、今までとは光景がまるで違う。

 前後左右、そして上下。視界のすべてに、落下する「人の群れ」が蠢いていた。

 まるで俺のために誂えられた、命を摘み取るための専用ステージ――そんな錯覚さえ覚えるほどの密度だ。


 そして数えきれない流星。それは俺に届いたベレッタの箱と同じものだが、中身まで同じとは限らない。各自に配られた「プレゼント」は、中身不明の不確定要素だ。


 一番最初のダイブで俺を殺した、あの「自爆」――。 磁石のように吸い寄せられ、強制的に道連れにする爆弾を掴まされた奴もいるはずだ。接近する者には、最大級の警戒が必要だった。


 ――その時だ。 轟音の中、聞こえるはずのない悲鳴が上空から届いた。


 反射的に、視線を投げ上げる。そこにいたのは――間違いなく「悪魔デーモン」だ。


 ツェリアの怯えが、そのまま形を成したような漆黒。人の群れを蹂躙しながら降下してくるその姿に、疑う余地はなかった。


 俺と同じように、高高度での自由移動を可能にするスーツを纏った何者か。その手には、鈍い光を放つ銀の剣が握られている。


 デーモンは水平方向へ爆発的に加速し、逃げ惑う落下者を、文字通り紙細工のように切り裂いていく。重力を無視したその軌道は、まさに空を泳ぐ「捕食者」そのものだった。


 現場が荒れるほど、予定外の動きは死に直結する。それが〝空〟に生きる者の鉄則だった。


 頭の中に、疑問が浮かぶ。 ボーンレッドの花を作るデーモンは一体何者なのか。それを無理やり押し止め、スーツフォームを変化させながらターゲットを探した。


 空でも有利なのは〝上〟だ。風の抵抗を最大限に受け、まるで黒い鳥が飛び立つように空に舞った。


 極寒の中を落下する無数の者たちの中から、ターゲットの姿を網膜にロックする。確実に真上を制し、名前とLIFEの残数を確認した。


 どこまでも透き通るような優しいベッドブルーの空を背景に、オレンジ色のデジタルフォントが残酷なほど鮮やかに浮かび上がる。


【NAME:リドリス・モーディスト LIFE:『2』 】


「よし、LIFEは残っているな」


 周囲への警戒を払いながら、獲物との距離を殺しにかかる。今のリドリスは、重力という巨人の掌で弄ばれる赤ん坊も同然だ。


 空に抗う術も、身を守る装甲も持たない背中。そこに音もなく忍び寄る俺の姿は、どう見ても正義の味方のそれじゃない。――死神。あるいは、さっきの『デーモン』と同類の化け物だ。


 躊躇せず、流れるような抜射から、狙い過たず〝二連射〟を叩き込む。


 銃口から吐き出される硝煙が凍りつくよりも早く、ベレッタをホルスターの中へ熱と共に封じ込めた。 高高度の極寒は、わずか数秒の露出でオイルを凍てつかせ、精密な機械を沈黙させてしまう。


 だが、本当の「死神」は射撃直後の慢心にこそ潜んでいる。 引き金を引いた瞬間。――それこそが、俺が最も死に近づく瞬間だった。


 俺は即座に空気抵抗を最大に受け直し、彼から急速に離脱した。 彼の死は確認できない。だが、今は警戒が最優先だ。


 回転しながら、全方位へ鋭い視線を投げた。


 視界の隅、戦果を示すステータスが、音もなく『 || 』へと書き換わり、明滅を繰り返す。視線を追うと、眼下でリドリスだったものが、光り輝く紙吹雪となって散っていた。血も、肉も、断末魔すら残さない。


 これが、この世界の死か。


 現実のスタント現場で見てきた、泥臭く、重苦しい「死」とはあまりにかけ離れている。あまりに容易く、あまりに美しいその消失の軽さに、俺は底知れぬ恐怖を抱いた。


 あと一人。その命を奪えば、ロストを免れるはず。


 ――殺すのではない。ただ「カウント」を一つ進めるだけだ。かつて戦地帰りの兵士が、酒の席でこぼしていた言葉が脳裏をよぎる。


「引き金を引く瞬間、これは映画の撮影なんだと自分を騙す」と。

 自分にそう言い聞かせる。 だが、ゴーグルにこびりつく「死の軽さ」を、俺は最後まで演技だと思い込めるほど、まだ壊れてはいなかった。


 その時背筋を、氷の刃で撫でられたような戦慄が走った。 周囲の極寒さえ生温く感じるほどの、肌を刺す「絶対零度」の殺気。


 俺の体は本能に突き動かされてその場を避けていた。


 螺旋を描きながら一気に高度を落とす「スパイラル降下」。 重力を味方につけ、自らの軸をずらしながら死線を回避する。気流すらも危険を感じた鳥のように叫び、機動の衝撃が全身の骨をつつきだす。視界が歪むほどの旋回の中で、俺は背後の「何か」を睨みつけた。


 視界の端で、黒い影が爆発的な速度で膨れ上がる。 ――デーモン。 ツェリアの言葉が脳裏をよぎると同時に、影が動いた。 支えなど何もない虚空を、まるで壁があるかのように蹴りつけ、奴は物理法則を嘲笑う軌道でこちらへと肉薄してきた。


 顔の前に構えられたそれは、鋭利な剣であり、同時に獲物を貫くための巨大な「嘴」だった。衝突までコンマ数秒。串刺しにされる未来を、全身の細胞が拒絶する。


 空間を抉るようなフルブレーキ。漆黒の傘膜が爆ぜるように展開され、荒風を包み込み無理やり手懐ける。鉄の壁に叩きつけられたような衝撃と共に、俺は空へと駆け登った。


 ――だが、その命懸けの機動をあざ笑うかのように、奴は現れた。


 漆黒の影が、俺の目前を「悠々」と横切っていく。その闇の中、オレンジのデジタルが、あり得ない情報を浮き出していた。


【NAME:Black Vulture LIFE:『unknown』 KILL:『||||||| / ||| 』】


 ――Black Vulture。


 登録された名前か、あるいは忌まわしき二つ名か。 何より、奴の命の残数はなんだ……。 そして、このキル数の表記。 区切られた棒線は、最低でも「七」を数えているようだが……その先に続く数字には不気味さしかわかることはなかった


 それは、この世界の本当の死神そのものだった。


 有利なポジションを奪われ、思考の歯車に、迷いという砂が混じる。落下し続けるこの状況で、高度計の数字は残酷なカウントダウンを刻み続けていた。逃げ回れば地面に激突し、留まれば頭上の嘴に串刺しにされる。残された選択肢は、どちらを選んでも「ロスト」へと続く袋小路だ。


 今迄の状況に鑑みると、磁石のような力で奴の体に組み付くことも出来るはずだ。そこに至近距離からベレッタの残弾すべてをブチ込む――。ただ、それは相打ち覚悟の話だ。


『同時に死んでは意味がない』


 脳裏で、それがこの世界のルールだと説くツェリアの声が響いていた。 俺はもう一つのキルカウントを取りにいくべきだ、その懸念を振り払うためにもだ。


 現在高度は四千メートル。 全員が同時に降下を開始したのなら、俺たちが最も地面から遠い空にいるはずだが、現実は違った。 見上げる上空には、いまだ無数の影が蠢いている。


 傘膜でブレーキを掛けている俺の視界を、上空から降ってくる無数の影が高速で落ちて来る。背後のデーモン――Black Vultureを振り切りながらでも、三つ目の標的を捕捉することは可能だ。そう信じて、逃げながらも標的に集中した。


 だが、ターゲットに肉薄する直前、上空からその獲物をかっさらおうとするデーモンが視界に入った。このままでは俺も巻き込まれる――。


 だが、あいつはあえて俺のターゲットを狙ったのか?


 獲物を引き裂く寸前のデーモンと、俺の視線が衝突する。嘴が血飛沫で赤く染まる中で、時間が止まったかのように感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。


 死神を越えなければ、この空に意味はない。 熱を帯び、今にも爆発しそうな心臓の鼓動を力に変え、俺は覚悟の中で睨みつける相手を定め直した。


 ターゲットは、目の前のデーモン――Black Vultureだ。


 残り三千メートル。およそ一分の一発勝負か。いつものスタントと同じことだ。 体勢を整えている暇はない。俺は最短でデーモンに肉薄するため、傘膜の形状を突撃へと変化させた。


 ――デーモンの間近に寄るまで考えていた最大の懸念。それは、俺の挑戦に奴が乗ってこないことだった。 だが、杞憂だ。肌を焼くような強力な磁力を感じる。もう逃がすことはないだろう。


 俺はあえて、嘴に刺されるために体を丸め、背中をデーモンに向けた。


 ――ブチ、ブチィッ!


 俺の筋肉を引き裂くような凄まじい衝撃と音が響く。 だが、悲鳴を上げたのは俺の肉体ではない。背中のコンテナに眠っていた、六四層まで織り込まれた特殊繊維のパラシュートだ。


 貫通不能の強靭な布が、デーモンの嘴を深く、執拗に飲み込む。


「……これで、詰みだ」


 解放されたパラシュートは、深海に住む大蛸か。黒い触手のごとき配線を伸ばしてデーモンを絡め取った。自由を奪われたデーモンは、空の支配者からただの「質量」へと成り下がり、石像のように無機質に落下していく。


 俺はその滑らかな表面を滑り、デーモンの背へと「肩車」をする形で着地した。嘴は、まだ細いが断ち切れない触手で自由を奪われている。 この特等席から、あとはこいつを終わらせるだけだ。


 俺はホルダーからベレッタを抜き放ち、石と化した脳天に銃口を押し付けた。


 だが、その時だ。俺は自分の目を疑った。


 視界に浮かぶ、こいつのオレンジフォントの名前。それが、あり得ないことに俺の名前――『久良岐 時羅』に書き換わっている。 それだけではない。あれほど不明だったLIFEも、今でははっきりと『1』の数字を表示していた。


 ――嘘だろ。なぜ、俺の名前が「殺される側」に表示されている。


 動揺で、ベレッタを握る指先が激しく震えた。 さらに、被さるように表示された俺自身のステータス。そこに刻まれた名は――。


【NAME:Black Vulture】


「入れ替わっている……。どうなってるんだ!」


 ――自分で自分を撃つのか? 結局、俺は生き残るために自殺をしなければいけないのか。 それにしては、随分と大袈裟な自殺だ。この世界が、これほどまでに狂っていたとは。


 残りは二十秒もないだろう、地面を覗けばパラシュートを開くタイミングだ……、いつもなら。


 ――その後のことは、あまり覚えてはいない。


 マガジンが空になるまでデーモンの頭に鉛弾を叩き込み続けた、はずだ。


 デーモンが死んだからなのか、それとも俺が死んだのか。辺りが真っ白に輝き、全てが光に包まれて行く。


「……カナタ、これで終わり、か」


 これが本当に人生の終わりなら、ずっと求めていたあいつの元へ行けるはずだ。 意識が遠のく中、俺はただそれだけを、祈るように考えていた。

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