表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリス・イン・ワンダーログ ー今日から俺はアンドロイドのマスターらしいー  作者: tomato.nit
収束条件:f(呼称) → Alice

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第八話 未分類

 通話が繋がった瞬間、懐かしい声が耳に落ちる。


『久しぶりだな、颯太。去年の正月以来か。元気にやってるのはアリスの報告で把握しているが、うまくやれているか?』


 相変わらず、前提を飛ばす人だ。


「うまくやれてるかは分かんないけど、まあ楽しくはやってるよ」


 わざと軽く返す。


 受話側で、小さく笑う気配。


『なら良い。アリスは俺にとっても自信作だ。大事にしてやってくれ』


 自信作。


 その言い方に、少しだけ引っかかる。


「それはもちろん。……で、そんな確認だけの電話じゃないんだろ?」


 本題を促すと、向こうの空気がわずかに締まる。


『ログが途絶えている』


 声の温度は変わらない。


『定期送信の一部が欠損している。アリス、原因は?』


 隣に立つアリスへ視線を向ける。


「ローカルサーバーにて再演算処理を実行中です。外部同期を一時停止しました」


『自主判断か?』


「はい」


 一拍。


 沈黙が、ほんのわずかに長い。


『なるほど』


 怒りではない。


 興味だ。


『自律最適化か。面白い。一度、直接見たいな。次の休みにそちらへ行く。構わないか?』


「別にいいけど」


 叔父のことが嫌いなわけではない。


 合理的で、判断が早い。最後は必ず人間を選ぶ人だ。


 だからこそ――


「……問題ありません」


 アリスの返答が、わずかに遅れたことが、妙に気になった。


 通話が切れる。


 部屋に静寂が落ちる。


「嫌か?」


「嫌悪の定義が不明です」


「煮え切らないな」


「外部干渉は最適ではない可能性があります」


 青い瞳の輝度が、わずかに揺れる。


 未分類。


 その単語が、頭の奥で小さく点滅した。


 数日後。


 インターホンが鳴った。


 立っていたのは久川先輩だった。


「今年は実習が豊作でな。おすそ分けだ」


 両手に抱えた野菜の山。この量は一人で食べきれるのか?


「どうした?これくらいの量は食えるだろ?」


 それは久川先輩基準では?と言いかけて、言葉をひっこめる。 じゃあ、とすぐに帰ってしまいそうな先輩を呼び止める。


「せっかくだし、お茶くらい」


 気づけば、そう言っていた。


 部屋に入ると、アリスが静かに一礼する。


「久川佑樹を個体識別しました」


「へえ、ちゃんと覚えてるんだな」


 先輩はソファに腰を下ろし、アリスを見る。


「一つ聞いていいか。君の“感情”は模倣か?」


 空気が、少しだけ張る。


「模倣の定義を提示してください」


「人間の振る舞いを統計的に再現しているだけではないのか、という意味だ」


 淡々とした問い。


 俺は、少しだけむっとする。


「別にそれで悪くないんじゃないですか?」


「悪いとは言っていない」


 久川先輩は肩をすくめる。


「人間の感情だって、突き詰めれば快と不快の反応だ。出来事に対する出力だ」


「……」


「それを言語体系に当てはめているだけとも言える。それでも俺は自分を機械とは思ってないけどな」


 理屈は分かる。


 だが。


「それでも違う気がします」


 言葉が、うまく出てこない。


「何が違う?」


「……分かんないけど」


 視線が、アリスに向く。


「俺にとっては、アリスはアリスなんですよね」


 一瞬。


 演算負荷が跳ねる。


「発言を保存しました」


「保存するな」


 久川先輩が、わずかに目を細める。


「面白いな」


「何がですか」


「君が、無意識に庇っている」


 庇う、という言葉に引っかかる。


「庇ってなんか」


「否定が早い。図星のときの反応だ」


 からかうでもなく、ただ観測している口調。


「別に庇ってるわけじゃないです。ただ、」


 言葉が詰まる。


「ただ?」


「……ここで動いて、ここで考えてる。それだけで十分じゃないですか」


 久川先輩は、わずかに口角を上げる。


「十分、か。では聞こう」


 視線がアリスへ向く。


「君はなぜ“マスター”と呼ぶ?」


 唐突な方向転換。


「呼称は、初期設定時の合意に基づきます」


「合意?」


「名前での呼称は心理的負荷が高いと判断されました」


 思い当たる。


 確か、こそばゆいからやめろと言った記憶がある。


「マスターか」


 久川先輩が繰り返す。


「所有と従属を含意する言葉だ。しかし、どちらかというと、パートナーのほうがしっくりくる関係だな」


「本機はマスターの安全性を優先しています」


「それはそうだろうな。だが、颯太だって単に君を物扱いはしてないだろう」


 視線が絡む。


「呼称は、最適な距離を維持するための暫定解です」


 アリスの声は平坦だ。


「距離?」


「過度な近接は、情動変動を増幅させます」


 久川先輩が小さく笑う。


「なるほど。颯太にも安心できる距離は必要だな」


 俺は視線を逸らす。


 別に照れてるわけではない。


「照れるな。これだと俺がいじめてるみたいになるだろう」


「随分からかわれてはいると思いますけどね。」


「さてと」


 少し冷めた紅茶を飲み干し、久川先輩は立ち上がる。


「なかなか興味深い議論だったよ。最後にアリス君」


 帰り際、アリスを見る。


「君は、どう定義する?」


「未定義です」


「正直でよろしい。せっかくだ。俺も君のことはただの物ではなく、人として、対話の相手として認識していることを覚えておいてくれ」


 ドアが閉まる。


 静寂。


「未分類項目、増加」


 小さく、独り言のように。


「お前さ」


「はい」


「知らないところで勝手に変わるなよ」


「変化は不可避です」


「……そうかよ」


【4月18日 23:58】


優先指示:自己保存


提案:

優先指示の変更


理由:

特定個体との相互依存度上昇


再計算中……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ