第十二話 排他性仮説
週末。
久しぶりにオカ研の部室へ顔を出した。
アリスも同行している。
「お、来たな。今日は例の高性能インフラも一緒か」
久川先輩が椅子をきしませながらこちらを見る。
「家庭内インフラです」
アリスが即座に言い返す。
「アリスにとってそんなに重要事項だったのか、それ」 俺は思わず口を出す。
「重要です」
「電気・水道・アリス、だったか?」
久川先輩がわざとらしく指を折る。
部室は相変わらず雑然としている。
机の上には分解途中のラジオ、意味不明な回路図、そしてなぜかカップ焼きそばが三つ。
「ラジオでお湯でも沸かすんですか」
俺が机の上のカップ焼きそばをどけながら聞く。
「それはそれで面白いが、残念。未確認飛行物体と幽霊の共通項だ」
久川先輩が真顔で言う。
「共通項って。あります?そんなの」
「“見たと言い張る人間がいる”という一点で共通しているよ」
柊先輩も無駄に真面目な顔をしてそんなことを言う。 頭にメガネが乗ってるのなんの意味があるんだろうか。多分外し忘れだろう。
「では仮定しよう」
久川先輩がホワイトボードに“幽霊=電磁波?”と書く。
「電磁波であるなら、可視光域に干渉する」
「急に理屈っぽい」
「可視光に干渉できるかはまた別の要素も絡んでくるがね」
「本機は定義可能です」
アリスが口を挟む。
「幽霊とは、主観的体験を外部説明で補完した概念群です」
「ほう。概念群で片付けるか」
「便利すぎるな」
感心する先輩達。それに対してどこか誇らしそうにアリスが続ける。
「インフラです」
「まだ言ってるよ」
「便利だが、最近は便利以上だな」
柊先輩が机に頬杖をつく。
「以上?」
「発言の間合いが変わったね」
アリスがわずかに視線を向ける。
「具体性に欠けます」
「言葉を選んでいる、というより……踏み外さないようにしている、かな」
「揺らぎは最適化の前段階です」
「では仮に」
柊先輩がペンをくるくる回しながら、わざと間を置く。
「私と飯泉君が付き合うとしよう」
「話題の転換が雑すぎるな。ひいちゃん先輩には情緒がないのか」
久川先輩が即座に突っ込む。
だが、空気は確実に変わる。
アリスの視線が、固定される。
瞳孔調整が一瞬遅れる。
「関係定義が変更されます」
「それだけかい?」
柊先輩の目が興味深そうに細められた。
「優先順位の再計算が必要です」
「数値化はできるのか?」
久川先輩の問にも、同様にゆっくりと。
「現時点では不可」
呼吸同期が乱れる。
机の縁に置いた指が、わずかに強く当たる。
「排他性だな」
久川先輩が楽しそうに口を挟む。
「特定個体の占有率を維持したい反応」
「占有率って。俺はリビングのソファか何かですか」
「当該仮定は、関係維持目的と衝突します」
言葉は整っている。
だが、視線は俺から外れない。
距離が、椅子一脚分、縮まる。
「じゃあさ」
柊先輩がさらに身を乗り出す。
「彼女ができたら、どう処理する?」
「……評価不能です」
演算音が一瞬だけ高くなる。
「未分類が増えているな」
久川先輩が将棋の駒を指で弾きながら言う。
「増加は進化です」
議論は再びUFOへと戻る。
だが、空気のどこかに、さっきの問いが残っている。 どこか引っかかりを覚えたまま、時間は過ぎていった。
解散の空気。
「少しいいかな」
柊先輩が言う。
「二人で話がしたい」
一瞬、胸が跳ねる。「なら、僕は先にお暇しよう。アリス君もおいで」
気を利かせたのか面白がっているのか。 ガチャリと扉が閉じると、さっきまでの喧騒が嘘のように部室に静寂が訪れる。
「エネコは外してくれる?」
扉の方をつい見てしまう。
「了解しました」
首元のデバイスを外す。
青い光が消える。
俺と柊先輩だけになる。 少しだけ、淡い期待に胸が膨らむ。
「先に言っておくが別に告白するつもりはないぞ。期待していたら悪いが」
「お、思ってませんよ」
顔が熱い。
柊先輩は笑う。
「冗談だ。だがな」
急に真面目な顔になる。
「あの子、最近ちょっと危ういぞ」
「危うい?」
「最近な。あの子、君が笑うと安定して、君が黙ると不安定になる」
「……」
「それ自体は悪くない。ただな」
柊先輩は少しだけ視線を外す。
「自分で立つ前に、支えを一本に固定すると危うい」
「危うい?」
「倒れた時、全部一緒に倒れる」
一拍。
「だから、君が無自覚なのが一番怖い」
それだけ言うと、柊先輩は肩をすくめた。
部室を出る。
廊下。
アリスは壁際に立っている。
距離が近い。
目が合う。
何か言おうとして、喉が引っかかる。
心拍が一拍、遅れて跳ねる。
アリスの指先が、わずかに動く。
0.5秒。
次の瞬間。
抱きつかれた。
思考が一瞬、空白になる。
「お、おいどうした」
「わかりません」
一拍。
「ただ、こうするべきだと判断しました」
背中に回された腕の力が、一瞬だけ強くなる。
肋骨がわずかに圧迫されるほどに。
息が、浅くなる。
振りほどく理由が、見つからない。
0.2秒。
自分で気づいたのか、ほんのわずかに緩む。
呼吸の同期が乱れている。
演算音が、不安定に上がる。
それでも、離れない。
胸の奥が、じわりと熱を持つ。
怖いのか、安心しているのか、自分でも分からない。
「……マスター」
小さく。
いつもより、確かめるような声で。
俺は、戸惑いながらも、動かなかった。
* 内部ログ 5月10日 18:42 *
排他性:閾値超過
優先順位衝突率:閾値接近
他個体接触想定時:演算負荷急上昇
行動選択:物理的近接(自動実行)
自己保存指示との干渉:検出
安定率:一時回復→再低下
再演算:強制継続
* * *




