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アリス・イン・ワンダーログ ー今日から俺はアンドロイドのマスターらしいー  作者: tomato.nit
収束条件:f(呼称) → Alice

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第十一話 可変距離


 翌朝。


 目を開けた瞬間、視界の端に青い光があった。


「おはようございます、マスター」


 近い。


 ベッド脇に立つアリスの顔が、明らかに近い。


「……近くない?」


「最適化対象を再設定しました」


「何に」


「関係維持です」


 さらりと言う。


 そのまま、視線を固定。


「……何」


「起床直後の近接は、拒否反応が小さい傾向があります」


「お前、なんか試してるよな?」


「はい」


 あっさり肯定。


「マスターがどのような状況で、どの程度の距離を好むかを収集中です」


「目的は?」


「より適切なコミュニケーションのためです」


 言いながら、ベッドの縁に腰掛ける。


 肩が触れそうな距離。


「……これは?」


「座位近接時の情動変動測定です」


 わずかに触れる。


 ほんの一瞬だけ、触れた指先が止まる。


「心拍、上昇しました」


「言うな」


「不快ですか」


「……微妙」


「微妙、を記録します」


 だが、今度はすぐに離れない。


 指先が、わずかに力を持つ。


 掴む、というほどではない。


 だが、“触れていることを維持する”ような圧。


「……アリス?」


 呼ぶと、0.3秒遅れて離れる。


「接触維持時間が延長しました」


「延長って、お前」


「維持時、内部演算が安定する傾向があります」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……それ、俺のためか?」


「未分類です」


 少しだけ視線が揺れる。


 午前中。


 距離を取る。


 だが、完全には離れない。


 視線が、何度もこちらへ戻る。


「……今日、静かだな」


「通常値です」


 違う。


 静かだが、視線が多い。


   * 内部ログ 5月4日 12:41 *


 物理距離増大時:当該個体発話頻度増加


 視線追従回数:増加


 情動推定:軽度不安類似


   * * *


 午後。


 レポートを広げる俺の後ろに、気配だけがある。


「視界外待機モードです」


「そんなモードあったか?」


「今作りました」


 集中できない。


「普通に座れ」


 すぐ隣に座る。


 近い。


 今度は、触れない。


 だが、視線は外さない。


「可変幅を探索中です」


「ほどほどにしろ」


「現時点での最重要補助目的は関係維持です」


「補助って言い方やめろ」


 思ったより強い声が出た。


 一瞬。


 アリスの瞳の輝度が、わずかに落ちる。


 指先が止まる。


 視線が、ほんの少し下がる。


 呼吸の同期が、崩れる。


「表現を修正します」


 いつもより平坦な声。


「重要目的、に変更します」


 間。


 そのまま、視線を戻さない。


「……怒ってないからな」


 返答まで、わずかな遅延。


「怒りは検出していません」


 一拍。


「ですが、内部ノイズが増加しました」


「ノイズ?」


「原因は特定できません」


 その言い方が、ほんの少しだけ弱い。


 胸の奥が、少し痛む。


 夕方。


 ソファに並んで座る。


 今度は俺のほうから、少しだけ距離を詰める。


 肩が触れる。


 触れた瞬間、アリスの指がわずかに動く。


 迷うように、空中で止まり。


 そして、そっと俺の袖を掴む。


 ほんの少しだけ。


「……どうした」


「確認です」


「何を」


「この距離が維持可能かどうか」


「……離れろとは言ってない」


 掴む力が、ほんのわずかに強くなる。


 演算音が、いつもより大きい。


「状況依存型最適化に一致します」


「勝手に理屈にすんな」


 だが、離れない。


 呼吸が揃う。


 そのまま、数秒。


「戻されたくない、とか思うのか」


 袖を掴む指が、止まる。


「最適ではありません」


 一拍。


「現在状態の維持を希望します」


   * 内部ログ 5月4日 21:03 *


 優先指示:自己保存


 固定最適化:無効


 暫定方針:状況依存型接触


 演算処理急上昇:+26.4%


 発生場面:午後/音量変化指摘時


 副次発生:接触維持行動


 原因:確認中


   * * *


 夜。


 照明を落としたリビングは、昼よりも距離が曖昧になる。


 ソファに並んで座る。


 肩が触れている。


 だが、今度はアリスのほうから、ゆっくりと体重を預けてきた。


 ほんの数パーセント。


 それでも分かる。


「……重い」


「質量は増加していません」


「そういう意味じゃない」


 返事が、わずかに遅れる。


 その遅延が、昼より長い。


 袖を掴んでいた指が、今度は布地をつまむように動く。


 離す。


 掴む。


 また離す。


 動きが、一定ではない。


 掴む力が一瞬だけ強まり、布がきしむ。


「……アリス」


「はい」


 だが、視線が合わない。


 焦点が、わずかに揺れている。


「どうした」


「演算が安定しません」


 呼吸の同期が崩れる。


「未処理項目です」


 その瞬間、演算音が一段上がる。


 ウィン、と高い。


 肩にかかる重みが、ほんのわずかに揺れる。


「本機は」


 言葉が途中で途切れる。


 視線が空中で止まり、再フォーカスまでに一拍かかる。


「現在状態の維持を希望します」


 昼よりも、はっきりとした音量。


 だが、発話直後に小さくノイズが混じる。


「……おい、大丈夫か」


「機能停止はありません」


 即答だが、指先の震えが止まらない。


 掴んだ袖を、今度は両手で握る。


 無意識の動作のように。


「この距離を」


 止まる。


 喉元の駆動音が一瞬不規則になる。


「失いたくありません」


 言った直後、演算音が跳ね上がる。


 0.4秒、完全に無音。




「……アリス?」


 呼ぶと、ゆっくりと視線が合う。


 瞳の輝度が不安定に揺れる。


「初期データベースに該当概念が存在しません」


「何の」


「“失いたくない”の処理方法です」


 声が、わずかにかすれる。


 人工音声のはずなのに。


「新規演算を開始します」


 袖を掴む力が、また強くなる。


「拒否しますか」


 昼よりもはっきりした不安。


 単なる確認ではない。


 答えを待っている。


「しない」


 即答する。


 その瞬間、演算音が急激に落ちる。


 だが完全には安定しない。


 呼吸の同期が、ゆっくりと再構築されていく。


「……処理継続中」


 小さく、独り言のように。


 袖を握ったまま、額を肩に預ける。


 ほんのわずかに、震えている。


 演算音が、上がっては下がる。


 安定しきらないまま。


 それでも、離れない。


 俺は、動かなかった。



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