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聖女も過ぎれば毒となる  作者: 日室千種


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7/10

7. 聖女とは

 


 武器と防具を磨き、体調も整え、いつもより少し熱の入った訓練を行う。

 騎士たちは、まるで遠出を楽しみにする子どものように、純粋に浮かれていた。


「聞いたか、聖女様も遠征に同道されるらしい。妻に知らせたら、大喜びで、見たことがないほど上機嫌だ」

「おおっ、俺も聞いた。箔がつくというもの。楽しみだ」

「ところで、妻に聞かれるんだが、どこまで出るんだ、俺たちは」

「アルタラ平原と聞いたぞ」

「しかし、普通なら上官から正式に指示があるだろう?」

「知らん。だが急な任務とはそんなものだろう? 俺は指揮官についていく。それだけだ」


 特に若い騎士たちは夢を膨らませていた。いつもは厳しいベテラン勢もそれを鷹揚に見逃したのは、自分達とて、かつての勇ましい騎士団の有り様を取り戻せるかもと思うからだ。

 その空気は騎士たちの周辺の者たちを経由してじわじわと外へ伝播して、市井では、騎士団が聖女様のご提案で何か素晴らしいことをするらしいという噂が勢いよく流れ出した。噂、というより、誰かがばら撒いているのではという勢いだ。

 遠くの親類をその時期に合わせて呼び寄せる者あり、したたかな商人は決行日を探り当て、人出を見込んだ商売の算段をつけている。





 正式な手続きが欠けたまま、多くの人間が動き始めている。

 もはや、横槍を入れても流れはすんなりとは止められないだろう。聖女府と宰相府は便宜上、上下関係はないのだ。

 ジゼラはやむなく、国王による取り消し命令を出してほしいと、宰相に申請したのだが。


「は……? 陛下は、止めないで良いと?」

「そうは仰せではない。止められない、もしくは止める段階を過ぎたとのことだ」


 静かな口調は、突き放しているように聞こえて仕方がない。

 だが、宰相が揺らがないのは常のことだ。

 それでは困る、と詰る言葉を、ジゼラはなんとか抑え込んだ。疲れているせいで、感情が揺れやすい。

 国王の決定は絶対であり、ジゼラの仕事は、国王の方針に沿った最もよい道を探ることだ。聖女に振り回される苦労を汲み取ってもらえないのかと嘆くのは、違う。

 違うのだが。


「遅すぎた、ということですか」


 聖女が無自覚に蒔いた種は、この遠征以外にもあちこちで食い違いや反発を誘発していて、ジゼラはずっとその対応に追われていた。そうでなければ、もっと早く事態に気がつくことができたかもしれない。そうすれば、こんな切羽詰まった事態にもならずに済んだだろう。

 確かに、遅すぎた。

 だがそれは、ジゼラの対応が遅いのではなく、聖女が問題児すぎるのだ。


 冷静に、訴えてみようか。一瞬口を開いたが、すぐに思いとどまった。

 言い訳にしか、ならない。

 聖女や聖女府が厄介なことは、すでにわかっていた。結局は、対応しきれない自分の実力不足のせいだ。

 ジゼラは、一度ゆっくりと、目を閉じた。

 どんな理由や原因があったとしても、時は戻せない。今起こっていることには、対処しなければならない。


「対応が後手になり、申し訳ありません。陛下のご判断も承りました。ただ、陛下が止めてくださらないならば、もう止める手段がありません」

「少し、違う。聖女様を止める権限は、むしろ陛下にはない。聖女は自由でいなければならない。かの王女を継ぐとされる者だからだ」

「それは。確かに、聖女の始まりは、かの王女殿下ですが」


 生まれた時の星の巡りが王女と同じ少女の中から、聖女は選ばれる。


「それで十分だ。選ばれた聖女は、生まれながらに、王女を継ぐものと見なされる」


 生まれながらに、ジゼラの憧れの人の後継と定められる者。それが聖女だ。

 ゆえに、ケイルード国も各国も聖女を尊重し、大切にする。


「王とて、聖女に対して強権を発動することなど、許されない。そういうことですね」

「そうだ。かつて誰もが聖女を信じることを躊躇ったがゆえに、平和に至るまで三倍の時間がかかったと言われている。聖女の意向に背いてはならないという不文律が、王家には息づいている」


 それは、ジゼラも。

 聖女が無条件で得る王女との縁を羨ましいと思う気持ちはあっても、嫉妬も、成り代わりたいという気持ちもない。

 もしも王女が今健在であったらそうであろうように、その側近くで、必要ならば手足となって、少しでも役に立てたら、嬉しい。

 半年前に抱いていたそんな想いを、今も持てていたら、よかったのに。


 聖女が、マールでさえなければ。

 もし、もっと違う女性が聖女であったなら、ジゼラはもっと、聖女のために前向きに仕事ができたのではないだろうか。


 ふとそう思ってしまって、どっと落ち込んだ。

 宰相府の仕事で、仕事相手を選べることなどありはしない。またしても、自分が至らない結果を人のせいにしているだけ。


「聖女は国に必要だ。だから、上手くやるしかない」

「……はい」


 指示には、納得した。だがジゼラには、「上手くやる」具体的な方法が見えなかった。

 宰相には見えているのだろうか。先輩たちや、ヴィットールには?

 けれど相談する余裕はない。聖女を止めないのならば、せめて、その行動によって迷惑を被る人を減らす努力をしなければ。



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