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聖女も過ぎれば毒となる  作者: 日室千種


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6. 聖女府のもたらす暗雲

「あなたたちには、もっともっと、価値があるのよ」


 平和な世の中になり、騎士という立場にはかつてのような名声や権威は薄れてきている。

 それでも、王女の晩年を守り支えた前騎士団長が引退するまでは、彼らは一定の敬意を表されて来た。だからこそ、今や、時に無駄飯食らいと見下されることすらあることに、騎士たちは不満を抱いていた。

 だから、聖女の言葉に魂を掴まれた。

 聖女が見学と称して騎士団の訓練場に現れると、その周囲を十重二十重に囲んだ。


「今の平和は希少なものよ。尊いものは失われる時が来るかもしれない。いざという時頼れるのは誰か。みんなの目を覚まして、騎士が必要なのだと、大事な存在なのだと、わかってもらわなくちゃ」


 その、聖女のひと声で。

 騎士たちに対抗するように、聖女府の若者たちが先走り、各所に半ば強引に協力要請をねじ込んで、騎士団の武威を示すための遠征を計画した、らしい。


 ――古典的な投げ文が宰相府に投じられ、各部署に裏付けをとって明らかになったことだ。




「ひどいものですね。出納部への書類提出をあれほど面倒がってジゼラさんに押し付けていたくせに、こういう時だけ、ジゼラさんを通さないって。しかも最初は他部署にさせようとして断られた挙句の苦し紛れ。あいつら、仮にも官僚のはしくれでしたよね? あれ、違った?」


 ヴィットールが殺気だっている。

 どうやら聖女府では、ジゼラに伝わるとまた無駄な反対をされるだけだと、宰相府には情報を伏せようとしていたらしい。


「どうして隠し通せるって思うんでしょうね。ていうか、稟議から宰相府を抜くって、もはや稟議書の偽造ですよ」

「……そうね、前代の聖女時代の形式を使用してしまった、って言い逃れるのかしらね」


 ジゼラは顔を顰めつつも、仕方ないなとため息一つで状況を受け入れた。

 聖女が認定されてから、聖女との面接で直接聖女付きに任命された聖女府の若者たちにとって、同年代でありながら厳しい指導役であり、聖女に対していつもまず拒否を示すジゼラは、煙たい存在だ。

 ジゼラもその空気を認識していたのだから、警戒しておくべきだった、と反省するのみだ。


「ヴィットール君、調べてくれてありがとう」

「いえ、何か他に気になるところありますか?」

「うーん。ていうかね……思ったより、少ないような」


 その時点では、ただの感覚だった。

 けれどヴィットールは、なるほどと呟いて、数時間の後には、事態のおよそ正確なところを捉えてきてくれた。

 さすが宰相府の秘蔵っ子。

 だが、ジゼラが余裕を保てたのはそこまでだった。

 詳細がわかるほどに、頭上に暗雲が立ち込めたかというほど目の前が暗くなってきた。


「聖女府の連中の頭の中には、目的と決行日、あとは初期装備を整えることくらいしか存在しなかったようですね。どう周囲で聞き込んでも、騎士団の事務官に直接確認しても、編隊や補給はもちろん、経路選択も現地住民への事前通達や協力要請も。検討した様子すらない」


 そうだ。なのに、その遠征は行われることになっている。


「騎士団は、このところ団結が弱まってるって噂でしたけど、それが表層化したんですかね。前騎士団長である大公爵が、いまだに求心力を維持してるようですけど、どうもこのご老公が聖女様を後押ししているらしく」

「大公様が」


 筋金入りの武人だ。にこりともせず、巌のように職務にあたる。だがその中身は、熱烈な、王女信仰者。実際、十代の若い頃に晩年の王女、当時はすでに侯爵家に降下して侯爵夫人となっていたが、の警護にあたり、以来王女を失ってなお、王家よりも亡き王女に忠誠を捧げると明言し続けた人物だ。

 聖女は、王女の後継であるとされている。半年前にマールが聖女と認定された際も、隠居の身を押して面会をして、隠居の判断を悔い、その足元に跪いたという話は有名だ。

 彼が、聖女の望む遠征を実現したいと考えているのであれば、騎士たちもそれに倣うだろう。


「現騎士団長と騎士団の執行部は把握していない、ということかしら」

「問い合わせをしようとしたんですけど、忙しいと断られました。ジゼラさんが一緒なら、絶対即対応してくれると思いますけどね」

「そんなことはないでしょ。でも、急ぎだから、ダメ元でちょっと様子を聞きに行ってみましょうか」


 若き騎士団長ロイドは、ジゼラの兄の友人でもあるので、気安い対応も場合によっては許される。約束なく執務室に押しかけてみたところ、快く通されて、後ろでヴィットールが鼻を鳴らした。


「これは、ジゼラ殿。お目にかかれて嬉しいな。久しぶりだ」

「突然申し訳ありません。至急確認させていただきたいことがありまして」

「ははっ、仕事か。それはそうか。いや、仕事でも嬉しいよ。かけてくれ」


 さわやかに始まったのだが、話が終わる頃には、途中で部屋に呼ばれた騎士団の事務官たちや、ロイド寄りだという騎士たち、そしてロイドは、揃って固い顔をしていた。


「ここだけの話、私の力不足で前団長からの引き継ぎがうまくいっていなくてね。なんとか、新しい風を入れなければ、騎士という存在自体が疎まれることにもなると思うのに、空回りばかり。最近は訓練場にも行けていなくてね」

「大公様は、いまだ現職におられると勘違いされているのです。配慮がなさすぎです」

「こら、以前そういった発言で、団内で剣による争いに発展しかけた。口を慎め」

「はい……」


 あまりに、遠征という目的にはそぐわない「少量」の物資発注に、出納部も、納品を受けた武器防具部も兵站部も、皆、聖女様が希望したのは王都郊外での短期訓練だろうと推測していたそうだ。日常の訓練の延長で、少し目的を変えたものだと。

 ゆえに、かえって異変を感じ取れなかった。

 事務官たちと、騎士たちの証言で、状況が明らかになっていく。


「だが聖女様は、『大公様が後押しをしてくださった。行き先は、南部平原アルタラの中央オアシスがいいわね』と、訓練所で騎士たちを集めては説明をしていた、ということだな。実際、騎士団の予算を通したものではない物資も、その時に聖女様と大公様からだと言って配られているなら、懐疑的な騎士たちも、あえて大公様に逆らうことはないだろうさ。だれも、こちらに知らせもせずに、くそっ」

「申し訳ありません。我らも上層部でも決定済みのことかと思い込んでおり」

「……いや、このところ、実務に追われてお前たちとも話す時間が取れていなかった。反省すべきは、連携の緩みだ」


 騎士たちの苦悩とは離れたところで、ジゼラは、ヴィットールと目を合わせた。


「アルタラ平原? 今、収穫期直前では?」

「大公様の領土ですか?」

「オアシスはそうだけれど、その周辺は歴史的にも小領主が多く自治を行っている土地が点在していたはずよ。事前の説明が、絶対に必要だわ……」


 ロイド騎士団長が、事務官と、自分の側近たる騎士たちを見た。

 情報を多く持ってきた騎士のひとりが、厳しい顔で返答する。


「聖女様と騎士たちの会話からの推測しかできませんが。『ちょっと遠いけど、誰が使ってもいい街道は続いているんでしょう? 旅が楽しみね』と聖女様が」

「伝令ではないのだぞ? 騎士の遠征で、街道だけを行儀良く通れるものか!?」

「物見遊山のおつもりなら……」

「そうだ、それはそれで、おとなしく馬を走らせ行って帰れば……」


 ジゼラは、乾いた喉を無理やり動かした。


「足りません」

「ジゼラ殿?」

「よほど参加する騎士の数を絞るなら別ですが。携帯食も、水も、飼い葉だって、今の騎士団を空っぽにしても、往復分に足りません。途中で、補給するのでしょうか? どこから? 誰か交渉を?」


 誰も、答えられなかった。


 遠征の実行予定日まで、すでに一週間を切っている。


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