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聖女も過ぎれば毒となる  作者: 日室千種


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5. ジゼラと憧れの王女

 ジゼラ・プレジュは、宰相であるサートラン侯爵デリック・プレジュの実娘だ。

 当然、宰相府に入った当初は行き過ぎた縁故採用ではと囁かれたが、あまりにジゼラが働くので、そんな声も聞こえなくなった。むしろ宰相が愛娘に冷酷すぎると恐れられるようになったと、先輩から聞いている。

 ジゼラが望んだことなので、事実無根、宰相はとばっちりだ。だが仕事上なんの不都合もないから、放っておけば良いと言われ、ありがたく聞かなかったことにしている。




 ジゼラは幼い頃から、魔族との無期限停戦を実現させた百年前の王女に憧れてやまなかった。


『人間の王女よ何を望む?』

『真の平和を。人間だけでなく魔族にも等しく降り注ぐ、終わりなき平和を』


 詩となり歌となり、世界で知らぬのは生まれたばかりの赤子だけともいわれる、王女と魔王との対話である。

 王女は、世界を平和に導いた。


 ケイルード国が強国で在り続けられるのも、百年前の王女の功績がとても大きい。

 かの王女は、人間が対魔族の戦いに擦り切れながらも固執していた時代に、誰も思いつかなかった平和の作り方を見出し、粘り強く道筋を作った。王女が実際に立ち向かったのは、魔族殲滅の強硬派や、不信感から抜け出せない人間たちだった。世界中の人間の国を何周も巡った王女の足跡は「説得の道」と呼ばれ、今も各国を結びつけている。道だけではない。王女が繋いだ人と人の縁が今も活きているがゆえに、各国はケイルード国に敬意を表するのだ。


 その王女は、ジゼラの実の高祖母でもある。自分にも王女の血が流れていると知って、ジゼラの憧れはさらに増した。

 いつか高祖母のような働きのできる外交官になりたい、と夢を抱き、公言もして、婚約も拒否してひたすら学び、かつ自領での実践に励んだ結果、公私混同をしない父宰相に、半年の試用期間を置いた上で宰相府への採用を認めてもらうことができたのだ。


 決まった採用手順などない部署で、縁故採用自体、特に禁じられてもいない。だが、人とは他人を妬むもの。そしてその毒は、受けた側の心を蝕むものだ。


 宰相に、父としても甘やかされたことはないと自信を持って胸を張れたジゼラも、まったく気にならなかったといえば嘘になる。父のために補足するならば、家族の絆を感じていないわけではな。だが娘だからといって、要領を得ない説明を根気よく最後まで聞いてはくれないし、論理に穴があれば容赦無く追い込まれる。むしろ、ほんのわずか、他の新人相手より対応に気遣いがないような。

 そんな状況で、縁故採用で結婚までの腰掛けだろうなどと言われるのは、理不尽だ。


 だがジゼラは、俯いたり肩を落としたりより、採用直後から誰よりも自分を追い込んで仕事にのめり込んだ。手に入れた好機は、できる限り活かしたい。それが自分の夢の実現に繋がるならば、後戻りも方向転換も、選択肢にはならない。粘り強く喰らいつくのは、ジゼラの得意分野だ。


 黙々と、前向きに努力を重ねて来たジゼラに、今や陰口は届かなくなっている。けれどいまだに、父やその腹心たる先輩の事務官たちに比べて、自分の未熟さを思い知らされてばかりだ。さらにこの半年間は聖女に振り回されるだけで日々が過ぎて。

 焦りは禁物と分かってはいても、憧れが遠くて、無力感に打ちのめされる夜はある。




 今夜もそんな苦い夜になるはずだったが。

 ヴィットールの幼少時の話が奇想天外で面白くて、美味しい料理とお酒でほかほかと温まったジゼラは、咳き込むほど笑っていた。


 このよくできた青年は、父がどこからか引き抜いて連れてきた。見習いとしての扱いだが、出自すらわからない者の採用は、ジゼラよりよほど異例の抜擢だ。しかも、執務室の全員を前に、宰相自身が「この青年を頼む」と一言添えた。どこの要人の隠し子を押し付けられたのかと、一時事務官の間でもざわざわとしたものだ。

 ジゼラは、一度もはっきりと父に褒められたことがない。ゆえに、当初はヴィットールに対して思うところもあった、はずだが。

 いまや、宰相府で最も気のおけない相手になっている。


「ありがとう、ヴィットールくん。今日誘ってもらえて、すっごく助かった。気持ちが楽になったよ」

「それなら、よかったです。ジゼラさんは、前向きな時が一番キラキラしてますから」

「わ、照れるなあ。ありがとう。ほら、これも、あれも食べなよ」

「ジゼラさん、僕が食べ物目当てに褒めてると思ってません?」

「そんなことないって、ほら、美味しいよ」

「思ってる!」

「あはは」


 本心から、恵まれているな、と思う。

 だから、明日から、もう少し頑張ってみよう。

 ジゼラは持ち前の根性を再び燃え立たせた。






 ——しかし、聖女は手強かった。


 花祭りから一月経ったころ、聖女の関心は騎士たちにあった。



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