4. 後輩の労り
「なるほど。何気ない言葉って、余計に刺さる時ありますよね。ジゼラさんは何にも悪くないのにね。ほんっと、聖女は得ですね。原因は聖女であることは明らかなのに、何をしても良い方に捉えてもらえますから。周りを盲目な信徒が固めるせいで一層ね。——実際各方面で必死に調整したのは、ジゼラさんだっての」
さらりと黒髪を揺らして、腕組みをしたヴィットールは剣呑に目を細めた。紫の瞳が濃さを増す。
ジゼラは、後輩の優しさに、じんわりとした。でもあとで、発言がちょっと過激すぎるので気をつけるよう、注意した方が良いかもしれない。
「ヴィットールくん、ありがとう……。私、聖女様の案をいつも否定する悪役みたいになってて、ほんとやり切れなくて」
「否定されるような案だからでしょう? 受け止めて改善案を出してくればいいわけで」
「そうだけど、大体、いつも切羽詰まってる時だからね。時間がなくて。そうでなければ、目の付け所はいいと思うし、人をその気にさせるのはとても上手いし、悪い提案ではないんだよ」
言ってるうちに胸が重たくなる。言葉の通り、悪い提案でも悪い人でもないと受け入れられたら、どれほど良いだろう。
「時機を逸しているなら、よい提案とは言えませんよ。ほっとけないジゼラさんの優しさに付け込んでるし、手を引けないタイミングを見計らってるって気がします」
「そこまで、悪意はないと思う」
「でも、いつもちゃっかり、自分には責任がありません、ていう顔してますし」
それはその通りだ。きっと今回も、自分の思いつきの結果を反省したりはしないだろう。
「悪意、なのかな。考え方の違いなのかな。どうしても、お話が通じない気がしてる。今回も、聖女様にとっては、全てが『成功』という認識みたいで」
「え? あの手刀で?」
真顔になると騎士にも負けない凛々しさのあるヴィットールが、片腕を棒のようにして何度も振り下ろすので、ジゼラは思わず笑ってしまった。
「ん? あれ? ヴィットールくん、実は見てたの?」
「ははっ、バレた。ちょっと休憩時間に覗いただけです。そしたらこれでしょ」
また腕を大袈裟に振るので、今度は聖女は関係なく、ただ可笑しくて、笑ってしまった。
こわばっていた胸が緩んで、やっと息ができたようだった。
「ちょっと驚いて、何が起こるのかなって見ちゃいました」
あの場面を見て、きっとあらかた事情は察していたのに、ジゼラの口から吐き出させてくれたのだ。
いい子だなと、ジゼラはほんわかする。
どれだけ理不尽な目に遭っても、この職場で誰かに話を聞いてもらえると心が軽くなる。常に味方ではない、時に厳しく意見を改めるよう忠告もされるが、納得できる理由がついている。お互いの話と思考が噛み合うならば、意見の対立は状況改善のための何よりの肥料だ。
だが、聖女はダメだ。ジゼラにとっては、初めて出会う類の人間で、半年の間逃げずに向き合ってきた今も、分かり合える予感は微塵も持てない。
今回も、ジゼラからは言わないし、聖女府の誰も言及しなかったが、三ヶ月前にジゼラから聖女に、聖歌隊との協調を文書で提案したのに返事ももらえなかったのは、何だったのだろう。
はあ、とまたため息をついたジゼラを、ヴィットールが長身を屈めて覗き込んだ。紫の目が、労わりを示すように優しく細められている。
「今日はお疲れだろうと思って、煮込み料理の美味しかったあの店を予約してあるんですよ。行って温かいもの食べましょう」
宰相閣下にも連絡済みです、と言われて、用意周到さにジゼラはまた笑ってしまった。
「子供じゃあるまいし、いちいち許可とかいらないわよ」
「はい、そうですね。子供じゃないからお父君の許可を取るんですけど、そんなことはお腹が空いている今は後でいいので、行きましょう」
食べ盛りの若者がお腹が空いたと騒ぐので、ジゼラは終始笑いながら、帰り支度を急いだのだった。




