表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女も過ぎれば毒となる  作者: 日室千種


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

3. 深呼吸はため息に似て


「来年も……聖女様が指揮を? いえ、わかりました。では聖歌隊との練習の予定を入れてもらうよう、聖女府の担当者と聖歌隊で」

「やだ、おおげさよ。時間を取れなくもないけど、合わせるのなんて、直前に一回くらいでいいでしょ? 私の指揮を拾ってもらえればいいのだから、聖歌隊の皆さんには、決して難しくないと思うわ」


 ここでジゼラが深呼吸を入れたのは、不可抗力だ。少しでも穏やかに、考えを纏めたかった。


「大きなため息。ごめんなさいね、無理を言って」

「指揮をされたいなら、練習を」

「ジゼラさんたら、完璧主義なのね。でも大丈夫よお。今回だって、私の指揮に最初は戸惑ってたみたいだけど、結局うまくできたじゃない? 改善点がちょこーっとあるだけ。ね、ピリピリしないで」


 ジゼラが思わず視線を向けた先で、聖女をエスコートした青年が、僅かに気まずそうに視線を逸らした。本当の指揮を執ったのが副指揮者の令嬢だと、伝えていないということだろうか。

 それにしたって、うまくできたとは。


「今回は失敗ってほどじゃないから、聖歌隊の皆さんにも優しく伝えてね。ジゼラさんもお疲れ様」


 これほど、がっくりと疲弊するお疲れ様の言葉があるだろうか。

 座り込みたいのを耐えて聖女を見送ると、ジゼラはその場に残っていた副指揮者の令嬢に向き直った。

 協力への礼を述べて、それで終わりでよかったのだが。

 あまりに青褪めた固い顔をしていたので、人の少ない一角で、椅子にかけてもらった。

 しばらく、静かに時間を共有する。

 令嬢は、やがて小さく息をつき、ぎこちなく頬を緩めた。


「私、聖女様をエスコートした彼と、婚約の話が出ていたんです」

「えっ」


 開口一番に不穏な話題が飛び出てきた。よほど、胸に渦巻いていたのだろう。唇が震えを隠せていない。

 それでも、声はしっかりと制御されているのは、さすがだと思う。


「でも、断ります。私が聖歌隊で何を大切にしていたかも理解せず、私の令嬢としての立場も蔑ろにする人だと、よくわかりました」


 きっと、婚約者候補の青年に頼られて、張り切る気持ちもあったはずだ。だが蓋を開けてみれば、晴れの舞台で一人、役をおざなりに振られ、エスコートもフォローもなく、役目を果たした労いも、青年からの反省も示されないとなれば、こんなに冷めた目になるのも仕方ないだろう。

 青年を庇う言葉は、思い浮かばない。

 令嬢の判断することだ。ジゼラは婚約については触れず、せめて少しでも気持ちの明るくなる話題を、と補足した。


「実は、聖歌隊の指揮者アデニー様には何とか連絡をとって、あなたが断りきれない状況なこと、事態が行き当たりばったりなことは説明してあります。それを受けて、アデニー様があの鉄鈴をご用意下さったのです。あなたにも、お疲れ様ですと。明日慰労のお茶会を開くので、公爵家のお屋敷においでくださいとおっしゃっていましたよ」


 はっと、令嬢は顔を上げた。真っ赤に染まった顔は、泣き出すのを必死に我慢していたことを物語っている。


「本当ですか? 私、お立場を奪うようなこと……本当は、アデニー様の最後の舞台、私の初めての舞台として、二曲目で指揮を交代しようと言われていたのに、そのご配慮まで無駄に」

「その予定だったということも伺っています。それについては、別の良い機会を見つけるまで、アデニー様も予定を変えて、聖歌隊に残られると」

「まあ! まあ本当に?」


 ほろほろと涙をこぼして、令嬢は立ち上がって喜んだ。


「まだアデニー様とご一緒できるなんて。嬉しい。ありがとうございます、ジゼラ様。ありがとうございます」


 これほど純粋に感謝をされることなど滅多にない。これから待っている後始末や、来年の懸案事項を思い浮かべるだけで息が詰まりそうだったのが、少し心が洗われた。

 だが。


「ふふ、でもこうなると、さすがはと申しますか、聖女様の無茶振りも案外と幸福を導くのでしょうか」


 その瞬間、ジゼラは自分がどんな顔をしたか、よくわからない。

 令嬢が驚いて、そんなつもりは、軽口を申しました、と気を遣ってくれるのが申し訳なく、ジゼラは首を振った。


「何事にも良い面と悪い面があります。良い面を活かしていけるように、お支えするだけです」

「ジゼラ様……。私、あなたのご配慮を忘れません。尊敬いたします」


 誠実な言葉だったと思う。けれど、もうジゼラの心に清々しさは何も湧き起こらなかった。

 令嬢を見送り、その後も各方面の担当者のもとに顔を出し、後処理をしていたら、もう花祭りの1日目は終わっていたというわけだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ