2. 聖歌隊
「ジゼラさん……そうね、確かに大変かもしれないけど、やってみません? 次は一年後で遠すぎるし、聖歌隊も入れ替わるでしょう? せっかくの今年の舞台が、今これからなのだもの。私ができることは、なんでもするわ! ね、それならいいんじゃない?」
両手をぱちりと合わせ、輝くような笑顔で言われると、まるでジゼラが面倒ごとを嫌って拒否しているように聞こえるのは、気のせいだろうか。
だが実際、聖女の周りに集う聖女府の者たちは、老いも若きも蔑んだような目をジゼラに向けてくる。
「聖女様、打ち合わせなしの本番は、無理です。国の行事ですよ? どの部署のどの担当者も、分刻みで担当作業を叩き込んで動きます。聖歌隊の行動だけ変えればよいというわけでは」
「大丈夫よ。私、村の聖歌隊の指揮をとったこともあるわ。聖歌隊の皆さんが優秀なら、指揮者なんて誰でもいいのかもしれないし、きっと問題ないわ。私が指揮をとっても、きっと大丈夫。そういうのは、なんとなくわかるの」
「いや……」
「聖歌隊の指揮者は公爵家のご令嬢ですが、副指揮者は私の幼馴染ですよ。機転も融通もきく心優しい女性ですから、なんとかしてくれるかもしれません」
聖女のそば近くに立っていた青年が自信ありげに発言した。チラチラとジゼルに視線を向けるのは、「ジゼラと違って」と言いたいのだろう。
聖女府に勤める人間は、何故か周囲を敵のように扱う。特にジゼラを。
それは素敵ね、お願い。と聖女に言われた青年が張り切って駆け出して行ったので、事態はなし崩しに決定となった。
国王は打ち合わせには参加しない。宰相も然り。となると、結局のところこの場の誰も、聖女の決定には逆らえないのだ。
青年が宣言通り副指揮者の令嬢を連れて来て、最終的に、聖女と共に副指揮者の彼女が聖女の背後に立ち、聖歌隊への聖女の指揮を文字通り背後からサポートすることとなった。
聖女の周囲は晴れやかな顔で、祭りへの意欲を高めている。
その周りで、ジゼラが聖歌隊本体との調整や、進行担当、会場担当への通達にと奔走していたことも、副指揮者の令嬢が顔を青褪めさせていたことも、気づかないまま。
時間は飛ぶように過ぎる。
国王が祭りのはじまりを宣言した後、聖女は見目麗しい若者に丁寧にエスコートをされ、舞台に上がった。エスコート役は、副指揮者を連れて来た青年だ。
聖女は華やかな笑顔で観客に向かって平和を寿ぐと、おもむろに手を振り上げ、振り下ろした。手刀で何かを断ち割るかのように。
聖女に大注目していた会場は、しんと静まった。隣にいた青年でさえ、二度見をした。
「……あら? んもう、見逃したの? 仕方ないわね」
聖女がもう一度、手刀を振り下ろした。
副指揮者の令嬢は、紹介もなく、説明もないままひっそりと舞台の影となるところにいたが、そこでようやく自分の出番であることに気がついた。
こそこそと、体を小さくして数歩、舞台の中央に歩み寄る。そして、挙げた掌で宙に柔らかに音を描いた。
聖歌隊は、それをきちんと捉えた。
美しい旋律が空へと舞い上がる。その中で、聖女が青年と共に退場した。
副指揮者の令嬢は、舞台に取り残されかけ、賢明にも音を掌に仕舞って曲を終わらせてから、二人を追ったのだった。
ふつりと途切れた音に、ほうり出された観衆が、ざわめき始める。
そこへ、澄んだ高い音が響いた。
リン——リン、リン——。
絶妙な間隔で鳴る音に引き寄せられた観衆の目が、聖歌隊の中央に集まる。そこには正指揮者である令嬢が姿勢良く立ち、大きな鈍色の鈴を手に美しい礼をとった。
余韻を、しばし。
注目を十分に引いてから、ようやく、正指揮者の手が上がる。
彼女たちの歌は例年以上に素晴らしく。ジゼラの心も僅かに慰撫されたのだが。
「んー、思ってたのとはちょっと違ったわね」
花祭りの舞台を全て終えた後、聖女は首をかしげてそう言った。
「もっと流れるように始められるとよかったし、退場の時も余韻が欲しかったかな。ジゼラさん、来年は練習お願いねって、よく伝えてくれる?」




