上席事務官ジゼラの悩み
晴天に恵まれた花祭りの初日が暮れようとしている。自席から窓の外に一番星を見つけて、ジゼラは長いため息をついた。
宰相執務室の隣室に並ぶ机の一つがジゼラの席。
真珠色の髪をひとつにまとめて結い上げ、芽吹きの緑の瞳を強く煌めかせ、宰相府事務官の黒の制服を身にまとうのが、ジゼラの容姿。
人の国の中では強国のケイルード国。その国王に次ぐ権力者である宰相の直属部隊のひとり、宰相府上席事務官ジゼラ・プレジュというのが、ジゼラの立場だ。
出自や身分に関わりなく能力だけで選出される宰相府事務官に、十七の年に選ばれ、二年で上席に抜擢された。
客観的に見れば、エリートに分類されるだろう。
だがジゼラ自身は、自分が人より優れているとすればそれは、納得するまで齧り付く粘り強さと、それを支える健康と体力だけだと思っている。
その、根性だけは誰にも負けないと自負するジゼラが、最近はほとほと参っていた。
「あー、ジゼラさん大丈夫ですか? もしかして、また?」
花祭りなど関係なく、ここにはいつもの面々が揃っていた。居心地がいい。ずっとこの部屋にいたいくらいだ。
根が生えそうになっているのを見かねたのか、隣席の後輩に労られて、ジゼラはうっと鳩尾を押さえた。
「うん、また。また……」
「あの聖女、今度は何したんです? 僕、ずっとここで書類仕事してたんで何も知らないんですよね。あ、こっちに、わかる範囲で決済した書類まとめたんで、確認してください」
サラサラの黒の髪と紫の瞳。明るく人当たりがよいこの後輩は、仕事もできる。
「あああ、ありがとう、ヴィットールくん。助かるよ……。や、何をしたかといえば、改善案を出した、と言えるんけど。ねえ、ヴィットールくん、私どうしても聖女様が理解できない。聖女様担当とか、興味ない? 代わらない?」
「ははっ、いやですよ」
「即答! ならせめて、話を聞いてよー」
ケイルード国には「聖女」がいる。
決まった日に生まれた聖属性の女児の中から選ばれれ、国の平和の象徴として大切にされる存在だ。王族の妃となることも多い。
六代目聖女マールは、ジゼラと同じ十九歳。独り身の王族がいないため、聖女認定以降、数多の高貴な子息から縁談が降り注いでいるという。
だが本人は、結婚よりも人助けに大変熱心だ。
今日の花祭りの初日。王宮の前庭を国民に開放して、国王が祭りの開催を宣言、聖女が世の平和を寿ぐという大切な儀式があった。
早朝、最後の打ち合わせの段になり、聖女は、寿ぎの際に歌を添えて欲しいと言い出した。
「歌って人の心に訴えかけるでしょう? 儀式には、絶対に必要よ。——それでね、私考えてみたの! 元々、私の出番の後に聖歌隊の斉唱があるでしょう? その聖歌隊が、私の合図に合わせていい感じに歌ってくれればいいのだけど」
百年続いた儀式の内容を変えることに、誰もが慎重だった。はじめのうちは。
「神に祈るのではなく、民と共に平和を喜ぶ祭りでしょう? 民が喜ぶ形に変えるのは、本来の意義に合ってるのではないかしら?」
「聖歌隊の歌は文句なしに素晴らしいもの。より注目して欲しいと、前から思っていたのよ。本当は、聖女と同じ壇上から歌って欲しいくらいよ」
「初代聖女様も歌がお好きだったと聞くし、お喜びいただけるんじゃないかしら」
徐々に、その場の雰囲気が変わる。多方面から良い所を言い重ねられて、それぞれの関係者が心を揺らしているのが、よくわかった。
特に聖歌隊は、貴族の令嬢たちで構成されている。我が娘や婚約者たちを引き立てたいと聖女に言われて、悪い気はしないようだった。
こんな雰囲気の中で、こんなことを言いたくはないのだが。
「聖女様。聖歌をより活かしたいというお考えは良いと思いますが、今回は無理です。あと数時間で本番です。今から細かい変更には対応できません」
ジゼラが言うと、会場は夢から覚めたような、白けた空気になった。




