第7話 揺り戻される現実
「へえ〜、揚げパンなんかも作っていらっしゃるんですねぇ。」
「はい!焼きたてパンや、お客様の注文が入ってから作るコッペパンのサンドなどと一緒に、みんな懸命に働いていますよ!」
「前々から話題になっていたので、是非お話聞かせて頂きたいと思っていたんですよね。元々、こちらの園は……。」
今日子は午前中から、元々アポイントを取っていた、横須賀市の衣笠山近くにある、社会福祉法人が運営するパン工房へと取材に足を運んでいる。
以前は衣服のクリーニングなどをやっていたのだが、大規模なリニューアルをかけてパンの販売をメインの業務へと転換し、最近はたまにテレビなどでも取り上げられているので、今日子も遅まきながら街の話題の場所として訪れているのである。
直売をしている建物の2階では、様々な種類の惣菜パンやバゲット、動物の形をした菓子パンなどが所狭しと並んでいる。
「うわぁ、目移りしちゃいますね!」
今日子が写真をスマホで撮っている間にも、車で訪れた客が結構訪れ、それぞれ好きな物を手に取って、レジへと並んでいた。
「……私も無くならない内に、レジに持ってこ!」
園の成り立ちやこれからの展望について、いくつかの質問を終えた今日子は、ノートPCを入れたバッグと少し多めのパンを手に持ったまま園の広報の方と別れ、大通りに出た所でふと考える。
「せっかく天気も良いことだし……行ってみますか!」
今日子は自宅方向とは逆のバス停へと歩き、4つ程離れた衣笠城址へと向かう。
軽いピクニック気分といった所だろうか。
鎌倉幕府などがあった時代、三浦半島の一帯を治めていた三浦氏。
その三浦一族の居城の一つ、衣笠城があった衣笠山。
今も城址跡がその山には残されている。
途中の自動販売機で温かな缶コーヒーを買った今日子は、山の中腹辺りの見晴らしの良いベンチに腰掛け、焼きたてのパンを一つ、袋から取り出して口にほおばる。
「……んっ!このアンパンの優しい甘み!生地もふわふわだし、パン自体に……バターなのかな?風味が濃いし、柔らかっ!これ、プライベートでもリピ確定ね。もっと早く行ければ良かったわ!歩いてでも、家から無理すれば……いや、素直にバスか車が正解かな?」
独り言を言いながら、アンパンとコーヒーを交互に口に運び、そこそこの大きさのパンをぺろりと平らげた今日子。
「もう1個は……我慢我慢。お母さん、お昼ご飯用意してるし。残りは家にお土産!」
欲望に何とか打ち勝った今日子は、改めて目の前に開けた眺望をぼうっと見つめる。
「何度も来てるから、別に目新しくも無いけど、たまにはこういう時間も必要よね。……大体あの朝の件だって、今になって思えば、本当かどうかも疑わしくなってきたわよ!……私、そこまで疲れてるとは思わなかったんだけど、やっぱり旅行とか行って、リフレッシュした方がいいのかしらね?あ〜あ!」
周りに人がいないのをいいことに、今日子は好き勝手な事を口にする。
しばらく風景を見ていた今日子だったが、ふと右目の端に、何やら得体の知れない物体が動いている事に気付く。
(やだつ!虫?)
思わずそちらに目を向けると……。
「なんじゃ!またお主か!その日に2度も会うとは、こりゃ奇縁と言うべきかの?」
疲れによる幻覚なのだと、今日子が今さっき納得しかけた事が、再び目の前で繰り広げられる。
ふわふわと浮かぶ物体。
疲れた薄毛のサラリーマン……の姿をした小人のおっさんが、今日子の前に現れたのだった。




