第3話 夜と朝の狭間で
(うちのバナナと違って……めちゃ怖い見た目っ!絶対噛まれるだけじゃ済まないわよね?やだっ!帰りたいっ!)
バクバクと鳴る心臓の鼓動に改めて戦慄するも、何故か実家で飼っているメス犬のパグの姿を思い浮かべ、それでも何とか生還する気力を奮い立たせる今日子。
「ヌュワ〜〜〜ウ……。」
「よだれを垂らすとは、えげつないというかわかりやすいというのか。……娘子よ。念話はもう通じておる。……しばしの刻を稼げ。」
少し離れた位置で舌なめずりをする謎の生き物を観察し、いつの間にか今日子の右の耳元で、ふわふわと浮かびながら話しかける小人のおっさん。
「ねん……わ?誰かとお話を……?」
「彼奴は、直接我には攻撃出来ぬゆえ、お主が狙われるのは必定。気を抜くでない。この地にしつらえられておる童の遊具を盾にして、上手く立ち回るのじゃっ!」
力強い言葉に、今日子は弾かれた様にして滑り台を支える柱へと身を隠す。
(そんな事言われてもっ!身体、隠し切れてないし!……やっぱり、こっち見てるじゃない……。)
柱につけた背中越しに、そっと謎の生き物へと目線を送る今日子に対して、謎の生き物の目は、赤く染まったその瞳で今日子の姿を違わずに捉えている。
「ヌュヒャッ……。」
謎の生き物が、一歩ずつ、ゆっくりと今日子の方へと歩みを寄せる。
(来ないで来ないで来ないで来ないでっ!)
滑り台から身体を離し、同じ様に一歩ずつ、今日子が後ずさる。
(右?左?どっち?)
滑り台を支える柱を挟んで、相対する今日子と謎の生き物。
謎の生き物の荒くなってゆく息遣いが、今日子の耳にも届く。
今日子の視界からは、ほんの少しではあるが、右手に駆け出す方がまだ距離が稼げる様に思える。
(もう少し、近付いて来たら……!)
謎の生き物が、滑り台の柱の左側から、その身体をこちらに向かって進めて来るのを見た瞬間、今日子は右手の方へダッシュする!
「ギミャッ!」
振り返ると、謎の生き物が、さっきまで今日子の居た空間に向かって、右前足の爪を振り下ろす姿が確認出来た。
「無理無理無理っ!死んじゃうっ!死ななくても大怪我っ!何で?私、あなたに何もしてないでしょっ!」
理不尽な状況に、今日子も思わず叫ぶ。
「止まるなっ!あと少しっ!パパさんたちが間もなくこの地に現れるっ!それまで何とかしのぐのじゃっ!」
空中を漂いながらも、今日子の近くで声を掛けてくる小人のおっさん。
「パ、パパさんっ?もう、意味不明っ!って、きゃあっ!」
後ろにいたはずの謎の生き物が、考えられない跳躍力で、今日子の数歩前へと姿を見せる。
慌てて止まる今日子。
(何か、武器!石とかっ!……子供遊ぶとこにはないかぁ〜〜〜っ!)
周囲を見渡すが、そう都合の良い物など見当たらず、何を思ったのか今日子は、着ていたジャージの上着を脱いで、その上着をぐるぐると左腕に巻き付けてゆく。
(攻撃する手段無いなら、少しでも怪我しない様に……。この前、警察犬の訓練学校、取材してて良かったかも……。)
犯人役のトレーナーに対して、警察犬が飛びかかる訓練の時、トレーナーが手に装着していた専用の防具を思い出して、今日子は気休め程度だが、その装具に似た物を連想したのである。
「ニュンッ!」
今日子のその動きに誘われるかの様に、謎の生き物が今日子へと突進してくる。
「ぐっ!うぷっ……。」
そのまま後ろに倒され、今日子はその両手を、謎の生き物の両前足に抑えつけられてしまう。
「う、うそっ!……わ、私、美味しくないからね?いきなり知らないの食べたら、ばっちいよ?ね?やめよ?あなたも、本当はいい子よね?」
願いにも似た言葉で、謎の生き物をなだめようとする今日子であったが、謎の生き物は、自らの口から今日子の顔にポタポタと落ちるよだれにもかまう様子を見せない。
今日子の目に涙が浮かぶ。
(お母さんっ!お父さんっ……。)
両親の笑顔が脳裏によぎる。
「バナナ〜〜〜ッ!」
最愛の飼い犬に対しての絶叫が、狭い公園内に響き渡る。
「ニュエ〜ッ。……ヌュワ〜〜〜ッ!」
「!」
その謎の生き物の口が大きく開かれ、2本の牙が今日子の顔面を捉える刹那。
「ニュワブッ!」
急に今日子にかかっていた重みがとりのぞかれる。
仰向けになっていた今日子が、頭だけを上げてみると、謎の生き物が公園の入り口ほどまで吹っ飛ばされている様に見える。
そして自分の右横には、緑のトレーナーに青いデニムを履いた、腰までの長い黒髪をたたえた人物と、全身を茶色の毛で覆った謎の生き物がたたずんでいる。
「オネェさん……誰?」
「はあっ……はあっ……誰って……言われましても……。」
「またトッチーがやらかしてくれたのかよ?……まぁ、話してる場面でもねぇかっ!取り敢えずそっち!公園の隅にでも避難しときなっ!……さて、行くかね?ジョロッ!」
「オンッ!」
目の前の二人組は、そう言い残し、謎の生き物へとゆっくり歩き出していった……。




