第2話 日常に隠れていた異変
今日子の目の前に映る生き物(?)は、確かに言葉を発した。
「あ……あの……。」
「…………。」
明らかに縮尺のおかしい、スーツ姿の小人のおじさんが、今日子の呼び掛けにゆっくりと目線を逸らす。
どこからどう見ても、動揺しているのが感じ取れる不自然極まり無い仕草。
「……聞こえてますよね?」
普通ならどう考えてもおかしいシチュエーションなのだが、今日子の性格なのか、好奇心が先に立っているのか、目の前の謎の生き物(?)に恐怖心を感じる間もなく、再度確認してしまう。
「……やはり聞こえておるよな。……何故この様な最悪の刻に。」
仕方無いとでもいうようなため息と共に、スーツ姿の小人のおっさんが、葉っぱの上で、改めて今日子の方へと座り直す。
「お主……このまま、何も見なかった事にして、この地から立ち去っては貰えぬじゃろうか?」
「!」
小人のおっさんからのいきなりの発言に、今日子はどうして良いのか、その場で逡巡してしまう。
「!……間に合わなんだかっ!……ほれ!そこの娘子!こちらの方に身を隠せっ!」
小人のおっさんの強い口調に、今日子は驚きながらも、素直に木々の奥へと身体を入り込ませ、小人のおっさんが自らの左隣に来る体勢となる様にしゃがみ込む。
「主には可哀想じゃが、刻は待つ事を我らに許してくれぬ。」
「あのっ!聞きたい事が色々あるんで……。」
「娘子よ。その眼でしかと見よ。」
今日子の疑問を遮る様に、小人のおっさんが目の前を指差し答える。
今日子がその小さな指の指し示す方へと視線を動かすと……。
「グォウ……アゥゥ……。」
公園の中央の滑り台より先、右手に見えるブランコよりも少し手前位の場所に、何やらぽっかりと浮かんでいる様に今日子には見える。
その浮かんでいる何かから、得体の知れない生き物が、這い出す様に、その全容を表しつつある。
「あれはっ!」
「声を立てるなっ!……あぁ、目を付けられてしもぅたか……。
……いや、主がここに来た時点で、もう遅かったか。」
荒げた声にビックリして、思わず左に目を向けた今日子だったが、小人のおっさんは予想に反して、今日子に意気消沈した様な素振りを見せている。
「少しは息を殺してやり過ごそうと思うたが、それもままならぬな。……娘子よ。しばしの刻、この地の中で、あの、悲哀者から、その身をどうにか逃げおおせるのじゃっ!」
「はぁっ?何をおっしゃってるのか、私には意味が理解出来かねるのですが……。」
「説明してる暇が無いっ!彼奴は、もうお主を餌だと認識しておるっ!」
小人のおっさんの言葉に、改めてブランコの方へと目線を移す今日子。
(何?……でっかい……アライ……グマ?角?)
見る人が見れば、アライグマと言うよりも、最近、様々な場所で色々と問題になっている外来生物、ハクビシンの方が見た目は似ていると思ったのだろうが、今日子にはそこまでの知識は無い。
「すまぬが、この地を我が結界の中に封じ込めさせてもらうぞっ!封っ!」
言葉を終えると小人のおっさんは、いつの間にか両手を組んで、目をつぶっている。
「娘子っ!申し訳無いのじゃが、我の結界にてこの狭い域を封じ込めさせてもろぅた。周りの家々に迷惑もかけれぬでのぅ。」
「は?」
小人のおっさんの話す内容に、今日子はまったく対応出来ない。
「とにかくっ!このままこの地の中で、とにかく逃げ回れっ!時間を稼げれば、その分お主の寿命が永らえる。……それ、向こうはもう、現身をこの世に出し終えようとしておる。とにかく走れっ!さあっ早くっ!」
鋭い声に、訳も分からず木々の間から飛び出た今日子。
「逃げたペット……とかじゃ無いのよね?寿命がって言ってたけど……とにかく逃げなきゃっ!」
今日子は慌てて公園の外へと走る。
が、自分の通って来た公園の入り口から、見えない壁の様なものに身体を弾かれ、思わず尻餅をついてしまう。
「いった〜〜〜い!何これ?鼻つぶれちゃうからっ!」
「言ったじゃろうがっ!この地から外には、我の結界が施されておるっ!」
「えっ?じゃあ私、この公園に閉じ込められた……?」
「何を呆けておるっ!さぁ、刻を稼ぐのじゃっ!」
小人のおっさんの叱咤に、今日子は改めて謎の生き物に目をやると、四足歩行の生き物には見えるが、立ち上がったならば今日子に覆いかぶさる位の体長。全身が灰色っぽい毛で覆われ、額にはねじれた1本の角。口の上部からは2本の牙。前足からは長い爪が数本ずつ伸びているのが確認出来る。
「ニィャ〜〜〜イ……。」
今日子はここで、命の危機に瀕している事を自覚する。
「ジョギング終わった所なのに……。」
かくして、今日子にしてみればまったく予想外の、命懸けの鬼ごっこが、ここに開幕となる。




