エピローグ 水野 遥
翌朝。
いつもの野辺山の空気は、澄んでいて静かなはずなのに、私の胸の中では昨夜の熱気がまだ消えていなかった。昨日の配信の後は、玲奈さんや美佳さんと一緒にそのまま打ち上げになってしまった。美和ちゃんは私の部屋に泊まっている。
――あの臨時配信。
ヤツミとレタにゃんとしての私たち、そして、急遽飛び入りしてくれた水無瀬玲奈さん。美佳さんの裏方サポート。
画面の中でみんなが自然に笑い合い、泣きそうになりながら声を交わした時間。
数字のカウントが跳ね上がっていくのを横目に見ながら、私の胸はずっとドキドキしていた。
「……夢じゃないよね」
思わずそう呟くと、布団の上で寝返りを打った美和ちゃんが「うるせー」と寝ぼけ声で返してきた。
その声さえ、なんだか嬉しくて、私は笑ってしまった。
テレビをつけると、朝のニュース番組で見慣れないテロップが流れていた。
《野辺山発! 新人V-Tuberチャンネルが世界的トレンド入り》
スタジオのアナウンサーが、興奮気味に解説している。
「昨夜、突如として配信された“野辺山V-Tuberチャンネル”の臨時生配信は、同時視聴数五十万人を突破。さらに、水無瀬玲奈さんが復帰を果たしたことが大きな話題となり、SNSの世界トレンドを席巻しました!」
画面には切り抜き映像。
ヤツミ――私が震える声で話した「ここから野辺山から元気を届けたい」という言葉。
レタにゃん――美和ちゃんがふてぶてしい笑顔で「おう、見とけよ」って胸を張ったシーン。
そして、玲奈さんが「私も一緒にやりたい」と言った瞬間。
思わず顔が熱くなる。
「……これ、全国で流れてるんだ」
自分の声が少し震えた。
さらに別の局では経済ニュースが取り上げていた。
「株価が下落を続けていたバーチャルステージが、本日急騰しています。今回の復帰配信と、野辺山チャンネルとの提携が市場に安心感を与えたと見られます」
株価チャートが急角度で跳ね上がっている。
美和ちゃんが目をこすりながら画面を見て、「……すげぇな。私ら、株まで動かしてんのか」と呆れたように言った。
――そうだ。
私たちが昨日やったことは、ただ楽しく声を出して笑っていただけだった。
でも、その「楽しい」の先に、社会全体を揺らすようなインパクトが生まれている。
直樹さんがいつも言っていた。
「数字のために無理をさせるんじゃない。人が楽しくあることが結果として数字になるんだ」
昨日の臨時配信は、その証明だった。
私は拳を握った。
これまで「どうせ自分なんて」と思っていた。
でも今、全国のニュースで自分の声が流れている。
世界の人たちが「面白い」と言ってくれている。
胸の奥から、熱いものが溢れそうになった。
「……よし」
私は布団を跳ねのけ、美和ちゃんを揺さぶった。
「起きて、美和ちゃん! 今日からまた練習だよ!」
「うわ、やめろ揺らすな……まだ眠い……」
「ダメ! 昨日の続き、ちゃんとやらなきゃ!」
美和ちゃんはしぶしぶ起き上がり、髪をぐしゃぐしゃにかき回しながら笑った。
「遥さぁ……ほんと変わったよね」
その言葉に、私の胸がじんわり熱くなった。
――変わったのはきっと、直樹さんのおかげだ。
そして、この野辺山で過ごす日々があったから。
外を見ると、八ヶ岳の稜線が朝日に照らされて光っていた。
ここから、私たちの「本当の挑戦」が始まるのだ。




