第33話 田原 直樹
昼の共同記者会見が終わると、世間は一気にざわついた。
「野辺山V-Tuberチャンネル」と「バーチャルステージ」の共同宣言。
大手と地方発の新興チームがタッグを組んで、業界全体の課題に正面から切り込む――。
そのインパクトは想定以上で、SNSには記事のスクショと「#野辺山V」「#レイナ復帰?」といったタグが飛び交っていた。
そして夜。
既に臨時生配信予告のサムネは野辺山発V-Tuberチャンネルに立っている。
「……よし、行こう」
オレは母屋のスタジオに座る遥と美和に声をかけた。
今日の記者会見で注目が集まっている今だからこそ、すぐに臨時の生配信をぶつける。
視聴者の熱が冷めないうちに「ヤツミ」と「レタにゃん」が顔を出せば、そのまま勢いになる。
数秒後――配信が始まった。
画面に映ったのは、狐耳を揺らす凛とした少女「ヤツミ」と、緑の髪をふわりとなびかせる猫耳の少女「レタにゃん」。
《きた!》
《今夜やるってほんとだった!》
《会見見た人~?》
コメント欄が一気に流れ始める。
ヤツミが緊張した声で挨拶する。
「こんばんは……八ヶ岳きつねのヤツミです。今日は記者会見を見てくださった方もいると思います。ありがとうございます」
レタにゃんが勢いよく続ける。
「高原レタにゃんでーす! 改めて、私たちが“野辺山から発信するV-Tuber”です!」
《かわいい!》
《レタにゃん元気すぎw》
《もう新人じゃないな、堂々としてる》
二人は、昼の会見で発表した内容を、自分たちなりの言葉でかみ砕いて伝え始めた。
「V-Tuberは華やかに見えるけど、その裏で大変なこともいっぱいあるって知りました」
「だから私たちは、無理なく続けられる活動をしていきたい! 勉強もするし、地域のことも紹介して、楽しく活動する。……それが“野辺山スタイル”です!」
オレはモニター越しに二人を見ながら、胸が熱くなった。
緊張で声が震えている。でも、その拙さこそがリアルさを伝えている。
数か月前は人前に出るのすらためらっていた二人が、今は堂々と「未来」を口にしている。
――その時だった。
裏方をしていた美佳が、オレに小声で告げる。
「……玲奈ちゃんが、“出たい”って」
「……今、ここに?」
振り返ると、控室で玲奈がキャプチャスーツに袖を通していた。
「無理はするな」
オレが声をかけると、彼女は首を振った。
「違うんです。……やりたいんです。私も、ここに立ちたい」
オレの背筋に電流が走った。
トップV-Tuber――水無瀬玲奈。
長期休養に入っていた彼女が、自ら「戻りたい」と言うなんて。
数分後。
配信画面に、長い髪を揺らす少女アバターが現れた。
――Reina。
そのシルエットが映った瞬間、コメント欄が爆発した。
《えっ……!?》
《ちょ、まじでレイナ!?》
《トップVが急に出てきたんだけど!?》
《野辺山とコラボとか神展開!》
ヤツミとレタにゃんが同時に声を上げる。
「れ、玲奈さん!?」
「ほんとに出てきちゃった!?」
画面の中で、Reinaが微笑んだ。
「こんばんは。……少しだけ混ぜてもらってもいいですか?」
同時視聴数が跳ね上がり、数字が桁違いのスピードで伸びていく。
《ガチでレイナだ!》
《復帰ってマジ?泣きそう》
《野辺山とレイナのコラボ、誰が想像した?》
《同接ヤバいぞこれ!》
更に数字が加速度的に跳ねる。
開始からわずか十五分で五万人を突破し、二十万、三十万と加速度的に伸びていく。
オレは背筋が冷たくなるような感覚に襲われた。――これは、世界規模の注目を集めている。
「……少しだけ、お話させてください」
玲奈――Reinaが、画面の中で小さく会釈する。
長い沈黙を破るように、落ち着いた声が流れた。
「私は……長い間、休んでいました。心も体も、もう限界だと思ったからです」
コメント欄が一瞬止まり、そして一斉に流れ始めた。
《休養してたの本人の口から聞けるなんて》
《泣ける……》
《よく戻ってきてくれた》
玲奈は続ける。
「でも今日、野辺山の二人の姿を見て……すごく楽しそうで、胸が熱くなって。気づいたんです。私も、やっぱり“声を出したい”って」
横で遥と美和が小さく息を呑む。
画面の中のヤツミとレタにゃんも、驚いた顔で彼女を見ていた。
「だから、今日だけ……一緒に混ぜてもらえますか?」
その一言に、コメント欄が爆発する。
《神回確定w》
《伝説の瞬間見てる》
《ありがとう直樹P!》
……やっぱり。
この場にいる誰もが、玲奈の復帰を待ち望んでいたんだ。
そのとき、美佳がすっと前に出た。
サブのPCを操作し、音声やカメラの調整を瞬時にこなしていく。
「大丈夫、繋げる。――レイナ、マイク入った」
「ありがとう、美佳」
短いやり取り。だが、それだけで二人の信頼関係が垣間見えた。
玲奈が軽く手を振ると、レタにゃんが勢いよく応える。
「わー! ほんとに来てくれたんですね!」
ヤツミも、やや照れた声で続ける。
「すごく……光栄です」
玲奈が微笑む。
「二人とも、堂々としててすごいな。私がデビューした頃なんて、緊張で声が裏返ってばかりだったのに」
その言葉にコメントがどっと沸いた。
《レイナが新人褒めてる!》
《尊い会話すぎる》
《師弟感あるなぁ》
オレは腕を組みながら、胸の奥で深く息を吐いた。
この構図――トップVと新人二人の掛け合い。しかも自然体で、力みのないやり取り。
これこそが、今のV-Tuber業界が失いかけていた「本当の楽しさ」だ。
玲奈がふと、真剣な声を出す。
「……でも、無理しないことが一番大事。楽しんでる二人を見て、私もそう思えたから」
ヤツミとレタにゃんが同時に「はい!」と頷いた。
コメントはさらに加速する。
《この三人最高すぎ》
《涙腺崩壊する回》
《野辺山とバーチャルステージの奇跡コラボ!》
美佳は裏方で徹底的に支え、玲奈は復帰の第一声を自ら刻み、遥と美和は全力で応えている。
視聴者数はついに五十万を突破し、グローバルランキングに一気に浮上した。
オレは画面の隅に映る数字を見つめながら、心の奥で呟いた。
――これは奇跡じゃない。
みんなが勇気を出して「やりたい」と言ったからこそ、起きた必然だ。
今夜、この瞬間から。
野辺山とバーチャルステージ、そしてV-Tuber業界全体が、新しいフェーズに入ったのだ。




