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第18話 水野 遥

 直樹さんが「東京に行ってくる」と言った朝から、私はずっと落ち着かなかった。

 ただでさえ都会にいた頃の人間関係を全部断ち切って、野辺山に来たと聞いていたのに。

 ――もしかしたら、そのまま戻ってこないんじゃないか。

 そんな不安が頭をよぎり、夕方になっても庭先で落ち着かずにいた。


 でも翌日、軽トラックのエンジン音が響いたとき、胸の奥にたまっていた氷が一気に溶けるようだった。

 「……あ、帰ってきた」

 玄関に姿を現した直樹さんは、少し疲れているようにも見えたけど、目には迷いのない光が宿っていた。


 「ただいま。明日、ちょっと大事な話をするから――皆に集まってもらおうと思う」

 その言葉に、私は思わず息をのんだ。


 翌日。

 水野家の両親、美和ちゃんとそのご両親、青年団の団長・田島さん、それにメンバーたちが、直樹さんの母屋に集まった。

 古い座敷に座布団を並べ、皆で円を描くように腰を下ろす。畳の匂い、外から差し込む高原の光、そして少しの緊張感が、部屋を満たしていた。


 やがて座敷の前に立った直樹さんが、深く頭を下げる。

 「今日は、お時間をいただきありがとうございます。……これから始めたいことを、皆さんに説明させてください」


 静かだけれど力のある声。父も母も、背筋を正して耳を傾けた。


【野辺山V-Tuber計画・方針】

1.織絵による立ち絵デザイン → 3Dアバター制作発注(費用は直樹負担)

 「キャラクターのデザインは、東京から来てくれた一ノ瀬織絵さんが担当します。彼女は業界でも信頼の厚いイラストレーターです。立ち絵をベースに3Dアバターを制作会社に発注します。費用はすべて、オレが負担します」


 「直樹さん、そこまで……?」母が思わず声を上げた。

 「はい。これは“地域のプロジェクト”です。お金のことは心配しないでください。最後まで責任を持ちます」

2.隼人による演技・企画レッスン(オンサイト+リモート)

 「声を担当する二人が安心できるように、演技や企画作りを指導してくれる人を用意しました。高村隼人――かつての仲間で、今は広告代理店の顧問です。野辺山にも来てもらい、普段はリモートで指導してもらいます」


 「レッスンって、大げさじゃない?」美和ちゃんが首を傾げる。

 「大げさじゃないよ。声のトーンや間の取り方で印象は全然変わるんだ。隼人はその道のプロだから、安心していい」

3.慣らし運用として「野辺山DIYチャンネル」に出演ファイスマスキング

 「まずは慣れるために、『野辺山DIYチャンネル』に出てもらいます。顔はアバターフェースでマスキングして、素顔は出ません。DIY作業を撮影しながら自然な会話をしてもらい、配信の感覚を身につけてもらいます」


 「……素顔は出ないんですね?」父が慎重に尋ねる。

 「はい。個人が特定されることはありません」即答に、母の表情が少し和らいだ。

4.3Dアバター完成後に「ヤツミ」「レタにゃん」として本格始動

 「アバターが完成したら、『八ヶ岳きつね・ヤツミ』と『レタにゃん』として活動します。二人の掛け合いそのものが魅力になるんです」


 「……本当に私たちでいいの?」私が小さく呟くと、直樹さんは真剣にこちらを見た。

 「遥ちゃんと美和ちゃんだからこそ、です。自然なやり取りが一番の強みになる」

5.リアルとバーチャルを並行展開(地域紹介・DIY・ゲーム配信)

 「バーチャルだけでなく、リアルと並行させます。村のお祭りや名産を紹介する動画。地元のお店の取材。DIYの様子。そして女の子二人でのゲーム配信や雑談。大手にはできない“地に足のついたコンテンツ”を発信していきます」


 団長の田島さんが「なるほど」と深くうなずいた。

 父も「……さすが元役員だな」と小さく呟き、皆の視線が直樹さんに集まった。


【収益分配モデル】


 直樹さんは新しい紙を広げ、指で示した。

 【野辺山V-Tuber計画・収益分配】と大きく書かれている。


 「第一段階――『野辺山DIYチャンネル』出演中は練習と体験の場として分配は行いません。ただし、YouTubeの収益化条件(登録者1,000人・年間再生時間4,000時間)を達成し、広告収入やスーパーチャット、企業案件が発生したら、必ず分配します」


 父母や美和ちゃんの両親が顔を見合わせる。


 「基本のモデルはこうです。

 ①直樹:40%(制作・運営コスト負担)

 ②演者二人:40%(等配)

 ③地域:20%(青年団を通してお祭りや観光振興に還元)」


 「……そんなに?」美和ちゃんが呟いた。母も驚いたように私を見た。


 直樹さんはさらに続けた。

 「将来的に拡張フェーズ――グッズ制作やコラボイベントが始まったら、演者比重を厚くします。例として、グッズ収益は直樹30%/演者40%/地域30%。努力がそのまま還元される仕組みにしたい」


 母が不安げに口を開いた。

 「でも、遥はまだ未成年です。報酬をどう管理すれば……」


 「はい。必ず親御さん名義の口座に振り込み、成人後に全額移管します。これを契約書に明記します」

 直樹さんの声は迷いがなかった。


 「契約書……」父が低く繰り返す。


 「ええ。ご両親、青年団、オレ、そして織絵さん。全員が署名・捺印し、責任を明確にします。――お金の流れを最初から透明にする。それが信頼につながるからです」


 田島団長が手を打ち鳴らした。

 「ここまで筋を通すなら安心できる!」


 次の瞬間、座敷に大きな拍手が広がった。

 ぱちぱちと響く音に包まれて、私は胸の奥がじんわり熱くなった。


 ――直樹さんはやっぱり本気だ。

 未来のことまで考えて、私たちを守ろうとしてくれている。


 横で美和ちゃんが小声で笑った。

 「マジで逃げられないやつだね」

 「……うん」

 私も照れくさく笑ってうなずいた。胸の中で、小さな炎が確かに灯っていた。


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