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目指せ、大神官!〜公爵令息の聖水作り〜

作者: 三川 雅 

【注意事項】

本作には津波(冒頭)や溺れるシーン(中盤)など、災害に関する描写が含まれています。実際の防災や行動の参考にはなりませんのでご注意ください。また、残酷な描写はありませんが、心理描写が強く、恐怖やパニックを伴う場面があります。そうした描写に弱い方は、無理に読まないことをおすすめします。

「津波が来るぞ〜!」

 

 同僚の大声を聞いた俺は、すぐに机の下から這い出て、気付いたら放送室にいた。


「津波が来ます! 津波が来ます! すぐに高台へ避難して下さい」

 

 防災無線のスイッチをオンにして、大音量で叫ぶ。


「訓練ではありません! 地震の影響です! テンデンコ、テンデンコ! すぐに避難を! これは訓練ではありません⋯⋯」

 

(何分叫んだんだろう? 役所のみんなは、もう避難したかな?)


「お前も逃げるんだ!」

 

 そう言って、放送室に入って来たのは、隣の席の早じいこと、早川さんだった。


「何言ってんすか? 早じいも逃げて下さい」


「バカ、お前のが、この先の人生長いんだぞ! とにかく逃げろ! 放送なら俺が代わりにやってやる!」

 

 普段温和な早じいが、怒鳴る。


「マジで言ってんの? クソじじい、孫が生まれたばっかりだろ? 俺、独り身なんだからさ」

 

(逃げたい気持ちもあるけど、この放送で、できる限りの命が助かるといい。それに俺の家族も助かってほしい)


「ヤベッ、早じい、拡声器持って、屋上へ行くぞ!」

 

 早じいと話してる間に、津波はもう窓のすぐ下まで到達していた。防災無線を拡声器に持ち替えて、屋上に走る。


「キーンッ!」

 

 拡声器のスイッチを入れて、叫ぼうとすると、嫌な音が響いた。スイッチを切って、もう一度入れなおすと、足元が揺れた。


「うっ!」

 

(建物が崩れるのか?)


 そう思った時には、俺はもう津波に飲まれていた。


「助けて⋯⋯たすけ⋯⋯」

 

 少年の弱々しい声で目が覚める。


(あれ? 助かったのか?)


 真っ白な布団の上で、俺は辺りを見回した。

 

「誰か? 誰かいないのか?」

 

 頭が割れるみたいに痛いけど、何とか助かったようだ。何人かの足音が、近づいて来る気配がした。


「ヒロ、良かった〜」

 

 そう言って、近づいてきた女が、俺を抱きしめた。


(あれ? この人誰だ? 俺の事ヒロって呼んだけど、俺の街には、こんな金髪美人いなかったよな?)


「ヒーロム、目が覚めたんだな? どこか痛い所はないか?」

 

 続いて、ヒゲのダンディーなおっさんが、声をかけてきた。


(ん? ヒーロム? 俺、大夢ヒロムだけど?)


「もう、1人で川に入ってはいけないって言ったじゃない! 何か言う事ないの?」


「ご、ごめん⋯⋯」

 

 女の圧力に負けて、仕方なしに謝る。


「ぐぅ〜」

 

 大混乱の頭の中を無視して、俺の腹の虫が鳴った。


「まあ、お腹が空いたのね? すぐ持ってこさせるわ」

 

 そう言って、女が部屋を出た。


「さ、どうぞ!」

 

 満面の笑みで出された食事は、すごく少ない。


「少なっ!!」

 

 思わず口に出たけど、災害時じゃ、パン一切れとスープでも仕方ないよな。


「何言ってるの? 5歳児には充分な量でしょ?」


「う、ぶふっ」

 

 思わずむせた。

 

(5歳児? 何言ってんだよこの女? えっ? 5歳ってまさか俺、転生したのか?)


 よく見ると、俺の手は、思っていたより小さくて、試しに引っこ抜いた髪の毛は、目の前の女と同じ金髪だった。


「母さん、で合ってます?」

「ヒロ、何言ってるの? 私が母親じゃなかったら、何なのよ⋯⋯寝ぼけてるの?」


(だよな? 目の前の息子の中身が、まさか別人だなんて思わないよな?)


「申し訳ありません。もう少し寝てもいいでしょうか?」

 

 違和感を与えないように、出来るだけ子どもっぽい口調を選んだつもりだったけど、微妙な空気が流れた。


(この身体の持ち主は、死んだのか? こいつの記憶が戻ることはあるんだろうか? この状況、両親達に正直に話すべきか? それとも黙って、彼らの子どもとして過ごす方が幸せか?)


 いくら考えても答えは出ない。


(そういえば、俺が5歳の時って⋯⋯? 公園の滑り台が好きで、ひたすら滑ってたっけか? ヤベッ、それ以外、記憶が無い。そうか、って事は、人間5歳までの記憶が無くても、何とかなるのか?)



◇翌日◇

 

「うわ〜!!」

 

 俺は、朝から悲鳴を上げた。母親だと名乗る女が、俺に抱きついて寝ていた。


「母さん! 何で⋯⋯、何で、隣で寝てるんだよ?」

「だって、具合が悪いのに1人で寝るなんて、心細いでしょ?」

 

 満面の笑みで、俺を見てくるけど、心臓に悪い。何せ俺の中身は、30歳、赤の他人の男だ。それなのに、構わず、もう一度胸に抱き寄せて「照れちゃって、可愛い」なんて呟いてる。


「母さん、俺は大丈夫ですから、添い寝はやめて下さい!」

 

 慌てて、母さんを跳ね除けて告げた。


「朝食が終わったら、先生の診察よ? 気になる所があれば、何でも答えてくれるから、聞いてね?」


 母さんの言った通り、食後に医者がやってきた。白髪の柔和なじいちゃん先生の笑顔にホッとする。

 

「坊ちゃま、どこか痛みはございませんか?」

「(俺、坊ちゃまって、呼ばれてんの?)少し頭痛がしている⋯⋯んだ、まるでモヤがかかったみたいでさ、これまでの記憶が曖昧なんだよ」

 

「それは困りましたなぁ? それでは、ご自身の力のことも、記憶には無いのではありませんか? 少し手をお借りしますぞ?」

 

(手? 手で何かわかるのか?)


 俺は、黙って先生を見つめた。

 

「少し痛みますぞ?」

「構わない」

 

 俺が同意すると、電気が走ったみたいに、手がピリピリしだして、それが身体中を駆け巡った。そんなに痛くはなかったはずなのに、驚いて手を離してしまう。


「診察中にすまない」 

「いえ、お持ちの魔力と流した魔力で同質であれば、弾かれないはずなのですが、坊ちゃまが持っていたはずの聖神力が弾かれたとなると⋯⋯、奥様、他の力も試してみますか?」

 

 母さんが、神妙な顔で頷く。 

 

(なんだ、なんだ? 妹の持ってた漫画じゃ、転生者は転生前のスキルを持ったままのチートだったぞ!)


「あの? あといくつあるんでしたっけ?」

 

 惚けて聞いたけれど、この問いに先生が答えることはなかった。結局、先程の聖神力に加えて火風土水月の5つを試され、何れの魔力も弾いてしまった。

 

(ところで、6つの魔力って、実際にはどんな力なんだ?)



◇1週間後◇

 

「母さん、僕そろそろベッドから出て、何かしたいんだけど」

「そうね。それじゃ、まずは本を読んであげるわ」

 

 そう言って、母さんが持ってきたのは、子ども向けの絵本だった。


「やったね!」

 

 俺は子どもらしく、大袈裟に喜んで見せた。


「あら? もうお兄さん口調は止めたの? 「ありがとうございます」とか言いそうなのに」

 

 母さんに突っ込まれた。


「⋯⋯」


(ヤベッ、俺の口調が以前と違うって、バレてる。かなり子どもっぽく喋ってたつもりだけど、前世で自分に子どもがいたわけじゃない。不自然なんだろうな?)

 

「この本、事故の前にも散々読んであげてたんだけど、覚えてるかしら?」

 

(母さんごめん。覚えてるわけがない。下手したら文字も⋯⋯)


「⋯⋯というわけで、私たちは神様の子孫なの。だから、ご先祖様のルーツに従って、それぞれが魔力を持って生まれるのよ。何か、覚えていたことはある?」

 

 俺は首を横に振った。でも、収穫はあった。この世界のほとんどの人が魔力を使えて、魔物もいる。それから、何故か絵本に書いてある文字が読めた。


「母さん、僕の力って、どんなだったの?」

「そうねぇ。そのまま成長すれば、行きたい所にひとっ飛びで行けたり、予知夢を見たり、人の気持ちが見えたり、きっと特別な力が使えたはずよ?」

「僕、力持ちとか、すぐに教わったことが出来たりとか、もっと人の役に立ちそうな力が良かったな」

 

 漸く絞り出した俺の返答に、母さんは苦笑いした。



◇1年後◇


 俺は少し焦っていた。1年間、本をたくさん読んだし、周りを観察してこの世界の生活にはだいぶ慣れた。でも、記憶や魔力は戻らなかった。

 

 俺が転生したヒーロム・クローバー少年は、公爵家の嫡男。産まれた時から、高い魔力を持っているって、有名人だったそうだ。この世界では魔力なしは、先祖から力を引き継げなかった罪人だって蔑まれているらしい。


(バレたら、俺の人生詰みだ⋯⋯)

 

 記憶の方は、猛スピードで学んでるから何とか誤魔化せそうだけど、魔力だけはどうにもなりそうにない。


「コン、コン! 坊ちゃま、診察に参りました」

「ねぇ先生、僕の魔力、やっぱり戻らないのかな?」

 

 診察を受けながら、聞いてみた。診察方法は、以前から何も変わらない。6つの魔力を俺の身体に流して、その反応を見るだけだ。


「坊ちゃまのオーラが見えたら、治療の手掛かりになるかもしれませんが⋯⋯」

「オーラ? どんな風に見えるんだ?」

「病人であれば、患部が黒ずんで見えます」


 実はこのじいちゃん、ど偉い経歴の持ち主で、過去には、王宮の筆頭医師を務めていたらしい。この世界に存在する6つ全ての魔力(本人曰く、微量らしいけど)が使えて、更に人のオーラが見える。所謂、偉人だ。


「やっぱり見えない?」

 

「――えぇ。久しぶりに王宮の禁書庫に赴いて、調査をしてみたのですが⋯⋯。症例の記録も無く、八方塞がりです。禁書庫、わかりますかな?」


「⋯⋯」


(この世界では、『魔力なし=罪人』だ。わざわざ罪人を治療することなんてないだろうし、治療しても記録なんて残さないんだろうな。公爵家の嫡男が罪人だなんてなったらまずい⋯⋯)


「まあ、禁書庫とは、重要な本や機密文書がしまってある部屋のことです。儂が調べていないのは、あと、神殿の禁書庫くらいですな」


「え? 神殿にも禁書庫があるの?」


「えぇ、ですが、神殿の禁書に触れられるのは、大神官のみです。今の大神官様は、堅物で有名な方ですから、いくら金を積んでも見せていただけることはないでしょうな」

 

(先生は、八方塞がりだって言ったけど、なんだ、まだ方法が残ってるんじゃないか!)


「先生、僕、大神官になる!」


 頭の中では、大神官になるにはどうしたらいいか、フル回転で逆算を始めていた。


 

◇2年後◇

 

 俺は更に焦っていた。相変わらず、記憶も魔力も戻らない。自分でも、公爵家にある本を片っ端から読みあさっているけど、幼い身体では体力にも、1日に読める量にも限界があった。それに⋯⋯


「お兄ちゃま、今日もご本読んで!」

 

 毎日のように、妹のディレイナが元気に絡んでくる。母さんが4人目を出産したばかり。赤ん坊にかかりきりだから仕方ない。


(前世の妹達は、元気にやってるのか⋯⋯)


「どうだ、面白かったか?」

 

 今日読んでやった本は、『女神の泉』という本だった。木こりが、手を滑らせて、泉に斧を落としてしまう。途方に暮れていると、泉の中から女神が現れ、「あなたの落とした斧はこの金の斧ですか」と聞く。正直に違うと答えた木こりは、女神から落とした鉄の斧の代わりに、金の斧を貰うという内容だった。


「うん! でもね、女神様の泉に、人が落ちちゃったらどうなっちゃうの?」


「え?」


「例えばね、お兄ちゃまが落ちて、別の人になっちゃったら、レイは嫌なの」


(ん? なんだそれ? 別人て? あれ? それ、俺の事じゃないか!?)


「レイ、ありがとう!」

 

 子どもの想像力って、スゴイ。


(常識に囚われた俺みたいなおっさんじゃ、こんな発想出て来ないよな)


 俺は次の日、先生を言いくるめて、自分が溺れたという川に向かった。


「先生、付いてきてくれてありがとう! 僕、ここに来たら、何か思い出せそうな気がしたんだ」

 

 俺が溺れたっていう川は、想像以上に川幅があって、5歳のガキが、何でこの川に入ろうと思ったのか、全く理解できなかった。ただ、この川で溺れた事は事実だ。


(もう一度同じ状況を作れば、俺は記憶も魔力も取り戻せる可能性がある)


「橋の上から見てもいい?」

 

 そう言って、俺は走り出し、欄干を乗り越えた。


(先生がいれば大丈夫だ。きっと、この身体が死なないように、最善を尽くしてくれる)


 そんな確信めいた気持ちがあった。それに、俺の人格が消える可能性はあるけど、少年に、この身体を返せるなら、それでもいいと思えた。


(だって俺、本当の息子じゃないし。この子と歩むはずの人生を、今の家族に返せるなら返してやりたい⋯⋯。俺の人生、本当はあの津波で幕引きだったんだから)


「ぐほっ、うぐ、おぇ⋯⋯」

 

 思い切り水を飲んで、俺は気を失った。



◇10年後◇


 15歳になった俺は、神殿で大神官の補佐見習いになった。6 年前のあの日、思った通り溺れた俺は、先生に助けられた。そして、記憶は取り戻せなかったけど、聖神力を取り戻した。その時点で、神殿の禁書庫にあるかもしれない書物の閲覧は、不要になってしまった。

 

 大神官を目指すのは止めようかと悩んだけど、少しだけ、神官の役割自体は、天職かもしれないって思っている。

 

 だって、俺の聖神力は、仕事の役に立たないけど、前世の知識は役立ちそうだからだ。


 1つ目の力は、ワープ。ただし、自分の部屋のベッドにしか出来ない。だって、ワープした先に、人や馬車がいたら事故るんだ。転移先の空間認識までできないのが難点。

 2つ目の力は、テレパシー。これも力が強すぎて、周りの人全ての感情が一気に流れ込んでくるから、乗り物酔いしたみたいに気持ち悪くなる。


(ないものねだりをしたって仕方ないよな。大夢ヒロムの頃は、役所で色んな住人の相談に乗ってきたんだから、あの経験は活かせてるさ)


そんなことを考えながら歩いていると、


「はぁ⋯⋯」

 

 今日も、大神官を務めるリプライ様が、溜息をついて俺の前を通り過ぎようとしていた。心配事か悩みでもあるのか、最近頻繁に溜息をついている。

  

「リプライ様、溜息つくと幸せ逃げますよ?」

 

 堅物だって噂の大神官は、会ってみたら、思いの外表情豊かで、人間臭い人だった。前世の俺と年齢が近いせいか、ついつい絡んでしまう。 

 

「溜息をつくと幸せが逃げるか?では、どうしたら幸せが集まるんだ?」


(こういう切り返し、可愛いんだよな、舐められないように必死か?)


「笑う門には福来る。笑うだけですよ!」  

「そんなことで福が来るなら、神殿など不要だな」


(その発言、何だか死亡フラグが立った悪徳神官ぽいっすよ)


「前向き!前向き!前向き!前向き⋯⋯」

 

 俺が前世でよく聞いていた歌を口遊んでやった。俺のテーマソングだ。


(これで、少しでも気持ちが明るくなればいいけど) 


 悩んで解決するなら悩む。でも、人生、悩んでも解決しないことの方が多いんだ。



◇12年後◇


 今日も、懺悔室で信者達の悩み相談に乗る。俺は、17歳になった。17歳の若造でも、神官は神官なようで、多くの信者達が頼りにしてくれる。


(やっぱり、やりがいがあるな)


「はぁ⋯⋯」

 

 せっかく楽しい気分でいたのに、リプライ様の溜息がまた聞こえてきた。

 

「リプライ様、そろそろ俺に大神官を譲りません?」

 

 リプライ様に、少しでも元気になってほしくて、冗談を言った。


「な、何?」

 

 すると、リプライ様の声が、裏返った。


「いや〜。だって、リプライ様が大神官続けてるのって、何とな〜く、何となくですよ? 嫌いな俺に譲りたくないからかなって?

そしたら、何だか老体に鞭打って続けてもらうの、申し訳ないなぁってさ」

 

「お前如きが⋯⋯

アッシャー、こいつにテストを受けさせ、資格がないことを突きつけてやれ!」

 

「こいつ、テストだけは合格ですよ?」


(テスト? なんだそりゃ? そんなの受けたっけ?)


「な、何で僕の推薦なく、テストを?」

 

 リプライ様が怒ってる。


(リプライ様って、怒ったり慌てると、時々自分のことを「僕」って言ってて、すごく可愛いんだよな)


「あぁ、しつこいし煩いんで、黙らせるために受けさせたんですよ。リプライ様、結局、誰も推薦なさらないですし⋯⋯。彼のは、無許可のテストなんで、合格でも資格はありません。まあ、それでもあなたが認めさえすれば、その資格も得られますが」


「なっ!?」

 

 リプライ様は、言葉を詰まらせた。


(そりゃそうか。俺を嫌ってたら、大神官にさせたい訳がない。俺もなりたくないし、そもそも大神官を譲れなんて、冗談なのにな)


「何だかよくわかりませんけど、嫁さんさえ見つければ、いつでも引退できそうですね?」


 冗談で言ったことをわかってほしくて、更におどけて握手を求めた。

 

「バンッ」

 

 リプライ様が、俺の手を叩き落とす。

 

(ヤベッ。冗談、通じなかった⋯⋯。マジで怒らせたか?)


「出かけてくる」

 

 リプライ様が、ぶっきらぼうに言い放つと、アッシャー様が「ご機嫌ナナメですね」と肩を竦めた。


「もう。アッシャー様、俺テストなんて、受けた覚えないっすよ? リプライ様、マジで怒ってたじゃないっすか」

「おかしいですね。説明しましたよ? リプライ様の代わりに、聖水が作れるか検査するって?」

 

「――あ、あれですか? あの気色悪い、神官の出汁入り水⋯⋯」

「そうそう、出汁入り⋯⋯って、コラ! 神聖な職務をお前!」

 

 俺がやった検査は、祈りの泉(俺が浸かったのは検査用で、本物の泉じゃないらしいけど)に浸かって、ひたすら力を放ち、聖水を作る事だった。


 仕組みは簡単なんだけど、半日近く同質の聖神力を放出し続ける事が必要で、膨大な力と集中力が必要だから、誰でも出来ることじゃないらしい。

 

 聖水は、病人の体力回復や魔物の退治とか色々なものに使われる。この世界で、とても重要なものだ。普通は、他人の魔力を吸収するなんてできないけど、大神官の作った聖水は、万人が魔力として吸収する事が出来て、特に病気で弱って、魔力枯渇を引き起こしている人間には有効らしい。


(まさか、おっさんが裸で浸かった水が、聖水だったなんてな⋯⋯。川で溺れた時に飲まされた薬、マジで全部吐き出したい。二度と聖水由来の薬は飲みたくないぜ)


「俺、自分が浸かった水を飲まれるだなんて、スゲー気持ち悪くて⋯⋯、大神官になるくらいなら、神官辞めますから!!」

 

 気がつくと、アッシャー様に宣言していた。


「不純物を混ぜないための仕組みですし、私が浄化魔法かけてますからね、キレイですよ? それに、リプライ様が急死でもしない限り、あなたは単なる繋ぎのスペア。あのお方の嫁さん探しが、うまくいくとも思えませんしね」


(うわ〜。こいつ、さりげなく上司をディスったよ。まあ、リプライ様じゃ、よっぽど積極的なご令嬢でなきゃ、相手にもしてもらえないだろうけどな)

 

 そう思ってたのに――。


 俺は自分の耳を疑った。

 

「僕、結婚することにしたから、君、次の大神官ね? ちなみに拒否権ないから」

「はぁ? 何冗談言ってんすか?」

「冗談じゃなくて、本気だよ! だって大神官譲れって、言ったじゃないか」

「む、昔の話だろ?」

「まさか、嫌なの? でも、もう王様にも言っちゃったし、拒否権はないよ?」 

 

「――なんでそこで王様が出てくるんだよ?」

「えっと、兄さんだから?」

「はぁ?」

「だって、家族に結婚の報告くらいするだろ? ついでに次の大神官の話もしてきたんだ」


「い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ〜!」


 俺は、リプライ様から告げられた言葉に、この世の終わりかっていう位の大声で叫ぶ事しかできなかった。 


「おい、無視するな!」  

「えっ? だって、嫌でもやってくれるでしょ? 大人は嫌なことでもやらなきゃいけない時があるって、アッシャーがよく言ってるよ?」


(悩んでいても仕方ない。とりあえず、聖水作りだ! 手を浸けるだけで作れるように変えてやる! 明日は禁書庫だ)

 

 俺は、聖水の作り方を変えるために、大神官しか読めない、神殿の禁書を読み漁ることに決めた。新たな目標に向かって、俺は歩き出したのだ。 

注:テンデンコとは、防災用語で、「自分の命は自分で守れ!」という意味です。


最後までお読みいただきありがとうございました。

ヒーロムの恋やより深いエピソード、大神官になった後日譚が気になったら、ぜひ連載版もよろしくお願いします。

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