タクシー
「いらっしゃい、どちらまで乗せていけばよいでしょう?」
「―――〇〇山の麓まで」
「分かりました」
「・・・」
「・・・」
「・・・あなたは何も聞かないのですね?」
「何がですか?」
「分かっているでしょう?
―――このような夜更けに思い詰めた様子の若い女が独りきり。しかも大した荷物も持たずに・・・
おまけに向かう先は自殺者が多いことで有名なあの〇〇山・・・
今日、私が乗ったタクシーには
『まだ若いんだから、命を粗末にするな!』
と怒鳴る人か
『悪いけど、厄介事に巻き込まれたくないから』
と途中で降ろす人しか居ませんでした。
―――ロクに話も聞いてくれないくせに、オカシイですよね?
だから、あなたの様な反応をする人は初めてです」
「誰かに話を聞いて欲しいのですか?」
「話・・・そうですね。私は誰かに話を聞いて欲しいから、こんな事をしているのかも知れません。
あなたは、私の話を聞いてくれますか?」
「あなたが話したいのなら」
「そうですか―――私って、バカなんです。タチの悪い男に引っかかって、お金を貢いで、子どもが出来たから結婚を迫ったら、アッサリと捨てられて・・・笑っちゃいますよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・さっきお客さんは、私のような反応は初めてだと言いましたね。
でもそれは当たり前なんです。私は死にたいと思っている人間を止める気力を無くしてしまった人間なんですから」
「わけを聞いてもよろしいですか?」
「・・・良いでしょう。お客さんが話してくれたのに、私が話さないのは不公平だ。私はね、お客さん
―――実は人殺しなんですよ」
「!ッ」
「私は32の時に結婚しました。相手は職場の同僚で、それまでに8年の付き合いがありましたから、収まるべきところに収まったという感じです。子どもはいませんでしたが、私は十分幸せでしたし、あれもそうだったと信じています。
―――でも10年前、妻は病にかかりました。
その病は原因も治療方法も不明で、私には病院で日々やせ衰えていく妻を見ていることしかできませんでした。食事もだんだんとのどを通らなくなっていった妻は、ついには病院のベッドに寝たきりになり、自分で体を起こすことも出来なくなりました。
―――そしてそんなある日、もはや骨と皮だけになった妻は、既にほとんど動かなくなっていた唇を精一杯動かして、私にこう言ったのです
『ころしてくれ』
と」
「・・・」
「―――その言葉を聞いた私は、妻の首を絞めて殺しました。
それから後のことは、よく覚えていません。警察に捕まって裁判を受けて・・・重い刑にはならず、執行猶予が認められましたが、会社は当然クビになりました。そこで私は、何とか雇ってもらえたタクシー会社で日々の生活の糧を得ているというわけです。
どうです?私には、自ら命を断とうとする人間を止めようという意志がないのが、これで分かったでしょう?」
「・・・すいません。駅まで戻ってもらえますか?」
「おや、〇〇山へは行かなくてよいのですか?」
「ええ―――このまま私が死んでしまったら、あなたが傷つくと思いますから・・・」
「傷つく?私がですか?私はあなたが死んでも、特に傷つくことはないと思いますが・・・」
「そうですか?
―――でもあなた
泣いていますよ?」




