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2-2 同棲生活とか言ったって勉強するだけだよな

 パートナー寮の部屋は所謂3DKという造りになっている。玄関から正面にダイニングキッチン、その手前に洗面所と風呂の扉があって、玄関近く左右に部屋が一つずつ。そちら二つを個人部屋にしろってことだろう。実際備え付けの家具からもそれはハッキリわかる。まあ同棲してもいいと言えど、流石に同衾しろとまでは言うわけないよなあ。


 数刻前に鍵をもらったときに二人で決めた通り、俺は右の部屋へ入る。俺がこれから暮らす、いわば俺の城だ。

 入ってすぐベッドが目に留まり、あとはクローゼットと勉強用の机があるだけ。男子寮のときの個人スペースほどではないが、狭い。まあ十分だろう。片付けは後でするとして、とりあえず荷物をベッドの近くに下ろして倒れる。


 しばらくぼんやりしてしまったが、お腹がなって我に返る。そういえばもう夕食の時間か。俺は体を起こすと、皺が付きそうな衣類だけバッグから取り出し、クローゼットに仕舞ってから、キッチンへ向かう。


 ダイニングのドアを開き、キッチンを覗くと、そこには既にエヴェリンがいた。制服姿のまま料理をしている。思った以上に手際がいいようで、既に具材は綺麗に切りそろえられていたし、魔道具の火を使ってフライパンで肉を炒めている最中だ。菜箸を使って肉を炒める姿は思った以上に様になっていた。


「もう作ってたんだ。なにか手伝えることは……もうないか」

 俺の言葉に、エヴェリンは料理から目を離さず、声だけで返してきた。

「私、こう見えても実家でいろいろ教えられたんだからね。任せて」

「料理の腕なら俺も少しは覚えがあるんだけどな」

「知ってるよ。でもサバイバル知識程度でしょ? 迷宮で疲れているんだし、今日はもう少し休んでていいよ。明日からもいろいろ面倒なことはありそうだし、なんなら今日だってこの後頭使って疲れるんだろうから」

 言われてみればその通りだ。今日破れた分の制服の替えを買ってないし、拾ったものは持ち帰れたが換金はまだだ。何よりこの生活で何か必要な物が出て、それを買いに行くってこともあるかもしれない。

 それに、学生の本分たる勉強もある。エヴェリンと一緒にできると思えば、少し気持ちが軽くはあるが。


「さて、もうすぐできますよ」

「あれ、米も炊けてるの?」

「今日のところは時間が遅かったから、炊いてあるのが渡されたよ。炊飯器はあるみたいだけど」

 エヴェリンはそう言うとなにやら鍋のようなものを指差す。あまり見たことないが、調理用の魔道具だろうか。

「へー。そんなものまで備え付けてあるんだ」

「そうだね。でも代わりに、自分達でなんとかしろってことだからね?」

「生活力が試されるな。大丈夫か?」

「私は別に平気だけど。あ、ひょっとして自信ないんだ?」

 エヴェリンはこちらを見つめて少し笑う。その言葉に俺は慌てて取り繕う。

「いや、別に問題ないよ。ただいろんな家事が二人分ってのが勝手がわからないだけで」

「どうかなー? 朝起きられる自信がない、とかだったり? まあご飯を食べたら、家事の分担決めよ? 私一人に全部押し付けたりしないでよ?」

「そっちこそ、俺に全部押し付けたりするなよ? ひどい目にあったりするかもしれないぞ」

「そのときは練習できてよかったねって思うからいいよ」

 エヴェリンはそう言いながら、作っていた生姜焼きをお皿によそい始めた。いい香りがする。背後の食器棚から御椀を取り出すと、隣の鍋からお味噌汁を注ぎ始める。

「とりあえず、夕飯の後の食器の片付けはお願いしよっかな」

「そのくらいは、すすんでやるよ」

 俺はそう返しながら、生姜焼きの載ったお皿を持ってテーブルへ向かった。



 レシピ通りだったんだろうとは思うが、エヴェリンの作った料理は美味しかった。そもそもレシピ通りに作れるというだけでも褒められることだ。俺も経験があるが、何度か失敗していないと分量を適当にしたり余計なオリジナリティを発揮したりしてしまうもんだ。実家でいろいろ教えられたってのも嘘じゃないんだろう。

 ただその感想を伝えるより先に、家事分担の話になってしまう。基本的に料理はエヴェリン、掃除等の片付けの類は俺が担当。洗濯は交互。週に一回くらい料理と掃除の役割交代をしようかって案も出したが、中間試験まで近いのでそれが終わるまでは保留ってことになった。


「それで、今日のご飯はどうだった?」

 俺が食器を洗っているとエヴェリンが声をかけてきた。まあ食後でゆっくりする時間だとはいえ、暇なんだろう。

「どうって、どういうどうなんだ?」

 なんのやりとりもなく美味しかったとか伝えるようなキザな好意などできない。そもそも俺は人を褒めるなどしたことがない。面と向かって答えるのは恥ずかしいので、ついついはぐらかしてみる。

「お粗末様でした、とは一応は言っておくけど、あなたからしたら美味しくなかった?」

 ああやっぱり、感想を求めてたのか。恥ずかしいとはいえそんなに引っ張るほど伝えたいことが一杯あるわけでもないので、あっさり折れることにする。

「美味しかったよ」

「……それだけ? もうちょっとこう、労ったりとか、今後の期待とか、そういうのないの? 折角今日は頑張ったのに」

「何を欲しがってるんだか。まあ今日のはおいしかったから、毎日おいしいものが食べられるのかなーって思ったかな。まあレシピ通りだったんだろうし、今後に期待しておるぞ」

「なんで偉そうなの……」

「恥ずかしいから以外ないだろ!」


 我ながら小っ恥ずかしいやり取り。なんでこんなことになってしまったのかさっぱりわからない。エヴェリンはといえば、なんだか納得できないかのようにむくれていた。こういうのは他人から見たらイチャイチャしてるとしか思われないんだろうけれど、俺からしたら今後の関係に繋がる死活問題でしかない。照れを克服しないとならんのかと思えば、パートナー契約なんて早まったような気がしてならなくなってきた。


「さて、皿洗いも終わったぞ」

 最後の一枚もふきんで拭いてから水切りに並べ、俺はテーブルへ戻った。エヴェリンは俺にまっすぐ向き直り、見つめてくる。


「それじゃ、しましょうか」

 その言葉に俺はドキッとする。なんでこう、男子を刺激するような言葉を使うかね。自覚がないのは恐ろしい。


「何を……? 俺今日は体が疲れてしまって付き合えないかも」

「試験勉強だよ! 中間試験近いんだよ!? このためにパートナー契約したようなもんだし」


 まあそうだよな。わかってたが、多少面倒くさくもある。エヴェリンはいつの間にか教科書類を机の上に並べていて、計算用紙のような紙の束を俺にずずいっと押し付けてくる。


「まずは今の学力チェックをしておきたいかな。その結果を見て、何にどれだけ時間をかけていくか決めよ。そのための問題を見繕ってあるんだけど……」

「よくそんな暇があったな……」

「昨日頑張ったんだよ」

「……俺が断ってたらこれ無駄になってたんだよね?」

「いいのよ、まとめるので此方の勉強にはなったから。さあ、解いて解いて!」

 エヴェリンに圧されて、しぶしぶ俺は紙を手に取り、そこに書かれた問題を解き始める。まずは計算問題から、か……。



 問題は全教科分あった。これを一日でまとめたんだとしたら大したもんだ。教師に向いてるんじゃないか? なんて皮肉を言ってもいられず、ただただ必死に全部を解く。実際は数日前から準備してたりしたんだろうなあ。それを考えると無下にもできなかった。


 エヴェリン本人はといえば、俺の解いてる様子をチラチラ見ながらも自分の勉強をしていた。どうにも俺がそんな詰まることがなかったから拍子抜けしている感はあった。まあこう見えても授業だけは真面目に聞いてるからな。

 とはいえ練習が足りなかったり使い道がわかっていなかったりするものがあるのは確かだ。全部の問題が何の間違いもなく解けたわけでもない。全て解き終えて提出すると、エヴェリンは採点を始める。なんとなくホッとしているのが見て取れた。


「赤点だったか?」

 俺の言葉にエヴェリンはゆっくり首を横に振った。

「流石にそこまでじゃなかったよ。でも応用とか、授業で習ったはずの特殊な使い方とか、そういうのはいまいちね。練習が足りないのかな。あと魔法関連の単語記憶とかは壊滅的。そのわりに魔道具の使用方法とかは問題ないのね。基礎ができてないってわけじゃないから、救いはある、かな?」


「そりゃどうも。えらく褒められたもんだ」

「褒めてない。記憶するだけの問題については、私から教えるとかできないんだから、自分で何回も繰り返すなりして頑張って覚えて貰うしかないんだよ? むしろ基礎ができてない方が教え甲斐があったかなぁ」

「人の頭をどれだけ悪く見積もってたんだ……。失礼すぎる」

「ものごとは最悪を考慮しておかないと。でも失礼だったか。ごめんね。ああ、そういえば魔法陣構図がいまいちだったから、その辺りを重点的に、かなあ」


 構図と聞いて俺は自分でもわかるくらいに嫌な顔をする。


「苦手なんだよ。構図なんてわかんなくても魔法陣描けるじゃないか。感覚でなんとかなるってのに小難しい理屈を捏ねさせないでくれ」

「じゃあどうやってその感覚が正しいって他の人に訴えるの?」

「そこはその、なんやかんやで、雰囲気でわかるだろう、みたいな」

「その雰囲気を言語化して共有するのに使うんだよ。あとはどうしても上手くいかなくなったときに思い出せればそれでいいんだよ。それこそ初手から使ってたら、何するにも遅くなって仕方ないんじゃないかな」


 エヴェリンの言うことはもっともだ。それはわかっているんだが、苦手なものは苦手なんだよ。流石にもうそれを口にはしないが。


「しかしちゃんと物を考えて勉強してるんだな。見直したよ。勉強できる奴ってもっと何でも無抵抗に受け入れるんだと思ってた」


 俺の小言にエヴェリンはちょっとムッとした顔をする。


「意趣返し? 勉強できないって自覚はあるよ。私もあまり勉強好きじゃないから、いろいろやらなきゃいけない理由を探しちゃってるだけだよ」

「褒めたんだよ。無批判で詰め込むだけだったり、考えずに理解していて説明できないよりはよっぽど好感が持てるし、少なくとも俺は教えて貰うのに信用できるなと思う。教えてもらう側の心持ちってのも大事だろ? だから安心して任せられるっていうか。これからよろしくな!」

「教えて貰う側なのに偉そうなのはおいといてあげる。やる気になってくれるっていうなら、ちゃんと頑張ってよね?」


「まあ、やれるだけやってみるよ」


 俺の言葉にエヴェリンは軽く頷き、それから互いに少し勉強の方針を話し合った。実技の訓練もしないといけないから、明日以降の時間配分を決める。俺の苦手科目の補強が重点的に、それからテスト日程に合わせて大体の時間配分を決めていく。


 気がつけば結構夜も遅くなってしまっていた。そのときになってやっと、目を逸らしてきた別の問題に直面する。


「さて、そろそろシャワーでも浴びて、寝るか」

「そうね。じゃあ先に入ってきたら?」

「先にってことは、後から入ってくるつもりだな! 恥ずかしいからやめてくれよ!」

「……そんなことするわけないでしょ」


 エヴェリンのツッコミを聞きながら、俺はシャワーを浴びる準備を始めた。


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