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2-1 パートナー寮

 セントルディア学園学務課事務局は、学園の南部、入口近くにある。生徒からの通称は役所。各種手続きを行う施設だ。履修届や外部活動届なんかを出しに行くところではあるんだが、まさかパートナー契約の届けにくるとは思ってもいなかった。まあそろそろ夕食の時間だし、生徒の大半は寮へ帰ってる。他の生徒から好奇の視線を浴びずに済む時間帯ではある。


 手続きは淡々と進んだ。パートナー契約など滅多にされるものでもないから待ち時間もほぼない。


 中に入り、パートナー契約をしたいと受付に伝えたら別室へ通され、担当のお姉さんが出てくる。おめでとうございますと言われてから、パートナー契約の重要事項をあれこれ説明を受ける。受けられる特典、解約についてとその社会的デメリットについてまで。

 二人の学生証を提出させられ、その間に書類に自筆で氏名を書かせられる。それから特典としての寮をどうするか聞かれた。


「パートナー契約者には専用の学生寮が利用できますが、利用なさいますか?」

「お願いします」


 係のお姉さんに、エヴェリンが食い気味で返す。まあ彼女が先導して選んでる道なんだし、彼女が選んでいていいだろう。俺も二言はない。


「わかりました。部屋の割当はこちらで決定しますのでご了承ください。最速で本日から利用が可能ですけれど、何日後から利用しますか?」

「今日からでお願いします」


 俺はびっくりしてエヴェリンの顔を見る。何の躊躇もしていない。何を考えてるんだ。俺がびっくりしてるのに気付いたか、エヴェリンは俺を見つめ返す。


「中間試験が近いんだし、早いほうがいいでしょ。それに引っ越しだってどうせ荷物少ないからすぐでしょ?」

「まあそう言われればそうなんだが……。ああもうわかった。今日からでいいよ」


 性急すぎる展開に俺は戸惑ったが、別に明日以降にしたからといって何かが準備できるわけでもないし、引っ越しと呼べるほど荷物があるわけでもない。迷宮探索に必要なものはロッカーに預けてるしなあ。


「それでは、今日からのご利用ということで、こちらから各寮に通知させていただきます。パートナー寮の受付で、お二人で学生証を提示いただきましたら各種説明を貰えますので、あとはそちらの説明を受けた後に引越作業を行ってください。元の部屋からの退寮の完了は一週間先に設定させていただきますが、よろしいですか?」


 役所のお姉さんが淡々と事務的に説明する。頭に入り切らないが、まあ新しい部屋の鍵を貰ってから荷物をまとめて引越してこいってことだろう。エヴェリンが頷いているので、俺も遅れて頷く。忘れたりわからなかったら、あとでエヴェリンに聞けばいいだろう。


 手続きとして最終確認をされた後、提出した書類に受付完了の判子が押され、二人の学生証にパートナー情報が書き込まれて返却された。俺も学生証を確認するが、裏面に金色でエヴェリンの名前が記載されている。これで契約成立ということらしい。なんだか呆気なくて、感慨も何もない。もっと何かが変わったり、感情の高ぶりがあったりとかするもんなんだろうなとか淡く期待していたが、そんなことは何も起こらなかった。まあいきなりの話だったし当然ではあるんだが、一度書類提出を経験したのなら今後はただの事務作業にしか思えないんだろうし、恋愛とかして実際の結婚手続きとかするときだろうと高揚したりはしないんだろうな、と思うと少し勿体なくも感じた。



 時間がないからと、二人それぞれ引越荷物をかき集めてからパートナー寮で集合することになった。


 セントルディア学園は全寮制だが、男子と女子で寮は別々の建物になっている。

 男子寮は学園から東南、女子寮は西南とそれぞれは離れた所にある。これは一応男女別々に生活させるという建前の元に、生活圏を別にさせるための施策だ。実際のところは街の区画整理も関係していて、女子寮のある西には商業地域、男子寮のある東側は工業地域が多く配置されている。もちろん男子寮の近くにも店はあるが、生活用品や魔法道具といった実務的な商品が殆どだ。


 一方パートナー寮はといえば、学園の北部、元魔王城である国会近くにある、高級住宅街に近い。学園の勇者科の施設には近いものの、買い物をしに行くには学園を抜けて南側まで行かねばならず、些か生活しづらい不便な位置だ。

 そんな場所にあるのは、やはり学園としてもあまりカップル達を人目に晒したくない、というのがあるのだろう。


 実際それほどパートナー寮の生徒と出会ったことはない。勇者科のパーティー制との都合で作られている制度なので、どちらも勇者科でないとパートナー契約できないってのもあるし。とにかく一般の生徒からも社会からも隔絶された建物としてそれは存在している。


 学務課のある南から行くなら、確かに各自の寮を経由して行った方がロスは少ない。俺はいそいで部屋に戻ると、引越荷物をまとめる。

 男子寮の部屋は狭い。二人一部屋なんだが、左右対称に配置されたベッドのせいで部屋が埋まってしまっている。因みにベッドは二階建てで、下が机とクローゼットのスペースになっている。ベッド間の隙間は上り梯子がぎりぎり登れる程度だ。

 この狭苦しい部屋とお別れかと思うと少し感慨深く……なんてなるはずもなく、せいせいするくらいだ。まあルームメイトは悪いやつではなかったんだが。


 確かにエヴェリンの言った通り、引っ越し荷物はそんな大量ではなかった。服用にバッグが一つと、教科書類等の勉強道具でもう一つで収まってしまい、呆然としている。まあ狭い男子寮の部屋で収まる程度の荷物しかなかったんだから、当然といえば当然か。

 まあ忘れ物とか思い出せば、後日やってきて手で運べばいいだろう。ルームメイトへの挨拶も、後でで構わないだろう。メモを一枚残してやり、バッグ二つを抱えるとさっさと男子寮を後にする。


 学園の中を通り抜けるのが一番近いので、大きな荷物を抱えて慣れた通学路を歩いていき、学園を通り抜けて別な出口から出る。


 パートナー寮の周囲、高級住宅街は男子寮周辺の喧騒とは全く異なった趣になっていて、静かで各家も広く、人通りも少ない。やがて目的地に近づくと、高い鉄柵に囲まれて、大きな庭が見えてきた。周囲の豪邸に負けず劣らずと言った外観だ。煉瓦造りの大きな建物が木々の向こうに見える。

 学園からは一番目立つ位置に建っており、通学路も入り組んではいない。その入口には門番が立っていて、入る人をチェックしている。生徒のプライバシーに配慮されているんだろうか? まあ学生なら身元確認せずスルーして入れてくれたんだが。


 門から建物まではそう遠くない。正面に見えてはいるが、ここも学校なんじゃないかという程度の距離はある。


 寮玄関の両開きの扉前に、既にエヴェリンが待っていた。パンパンになった大きなバッグ一つだけを抱えて所在なさげに立っている。俺を見つけると険しかった表情が少し緩んだ。


「よかった。すっぽかされるんじゃないかと思ってドキドキしたよ」

「またそれだ。ほったらかしたりしないって」

「わかってても不安になるもんなの。じゃ、入ろう?」


 俺が頷くと、エヴェリンが扉を開け、中へ入る。俺も後を追って入った。一瞬外で待ってみようかという悪戯心も浮かんだが、かわいそうなのでやめておく。


 玄関ホールは吹き抜けで天井が高く、正面には階段があった。右手に管理人室のカウンターがあり、エヴェリンは迷わずそちらへ向かっていく。管理人を呼び出していくつかやり取りをすると、管理人室から向かいの部屋へ誘導され、パートナー寮の案内を受けることになった。


 そこには大きな机とそれに添えられた椅子が六脚ほど。それから壁沿いにソファーが設置してあり、共用のレクレーションルームとして使われているらしい。片面の壁だけ大きな窓があって、反対側の壁には魔道具の冷蔵庫が並んでいた。


 学生証を提示して身元確認をしてから、パートナー寮の約束事をいくつか説明される。

 トイレと風呂は各自の部屋にあるらしい。共用だった男子寮とはすごい扱いの差だな。利用していい時間は自由だが、他の入寮者に迷惑なので深夜はなるべく避けてほしいとのこと。洗濯用の魔道具もあるそうだ。つまりは、まとめて寮母がやるシステムはないから自分たちでなんとかしろってことだ。


 パートナー寮には食堂というものがない。朝夕は自炊しろってことになっている。食材とレシピの配給はされるし、献立を選択する権利すらあった。俺は特に希望はなかったのでエヴェリンが慣れたものを指定しろと言ったが、エヴェリンは俺の田舎に近いものにと拘って、予約のできる一週間分、コロボックル文化の強い献立を選択していっていた。なんだか気を遣わせているようでよくないと思うんだが、何も言えなかった。

 食材自体は一階の共用部屋の冷蔵庫、ようはさっき見たやつに入れられるので、各自取りに行く必要がある。いきなりの話だったはずなのに今日の分も用意してもらえるらしかった。ただ選択の余地はなかったんだが、贅沢は言えない。他寮から融通されるとかなんとか。因みに外食も許可されているので、いらないと言っておけば何日か分停止することも可能だそうだ。男子寮で食べてから来るって選択もあったんだなあ……もう遅いが、今日から作るしかない。


 パートナー寮自体はそれほど広くはないようだ。三階建てで、東棟と西棟に分かれている。各棟各階に五部屋ずつの合計二十部屋。うち共有の部屋が二部屋。学年ごとに高々二組程度しかいたことはないらしいから、部屋は余りまくりだ。俺達の部屋はその三階西側の角部屋になった。


 引越荷物を持って部屋についたときには、もう辺りは暗くなっていた。

 部屋の鍵を開け中へ入ると、コロボックル文化を参考にしてるのか、靴を脱ぐタイプの玄関が見える。


「ただいま」


 俺がなんとはなしにそう言いながら玄関で靴を脱ぐと、遅れてエヴェリンも声をあげる。


「おかえりなさい」


 不意を打たれて俺は思わず吹き出す。そんな俺を見てから、エヴェリンはムッとして顔をそらした。


「ちょっと言ってあげてみたかっただけなのに。そんな笑わなくていいでしょ」

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