1-3 エリアボスとの戦い 1
部屋の中は広く、学内の武道場くらいだろうか。何より天井が高くて三階分程度はある。天井から魔法の灯りで煌々と照らされ、すぐに部屋の中央に鎮座した黄白色の山に気づく。小高いその山は俺の身長くらいはあるし、幅は手を広げて三人分くらいだろうか。
骨の山だ。この距離ではその本数とか形までは判別できないが、一本ずつは人のそれより多少大きく見える。
おかしい。この階層のエリアボスは骨の鎧だったはずだ。それが、なんで骨の山だけになっているんだ?
「なんだありゃ。休んでるのか? それにしては量がとんでもないが……」
俺はそう呟き、後ろ三人に留まるようハンドサインを出してから、その骨の山に近づく。俺が以前戦った時は、あんな状態ではなかった。
倒された後だとか、行動不能状態にされているというなら問題ない。もっとも、倒されたら骨も消えるはずだが。
近づいてみると、ただ骨の山があるだけだ。色と形といい、この階層に住まう奴らと違いはないだろう。とりあえず一本踏んでみる。乾いた音がして普通に砕ける。一見骨に見えるが、陶器のようなものでできているため、細い部分なら容易に割れる、といったところまでスケルトンの奴と同じだ。
「なあ、どうする? これ」
俺は振り向いて三人の判断を仰ぐ。と、みるみるうちに三人が戦闘態勢をとって展開し始める。なんだ?
「うしろ! うしろ!!」
ルナが叫んだことではっと気づき、俺は飛び退いてから確認する。
そこには骨が立ち上がってきていた。
いや、この表現じゃまるで骨格模型がいたかのように聞こえる。でもそうじゃない。
骨が寄り集まって、大きな人の形を成している! それは人体の骨格を無視していて、まるで土の代わりに骨を寄せ集めてできたゴーレムだ。
振り返ったときにはまだ上半身が作られていく途中だったのに、まるでせり上がるように、着々と脚が作られていく。俺が一撃を加えようとするより早く、全身が出来上がってしまった。ただ全身といっても、その体に頭部はついていなかった。
その背丈は五メートルくらいあるだろうか。天井に付きそうだ。腕や足は太く、それだけで人一人分はある。
考えてみれば思った以上のサイズになることに不思議はない。成人男性がバッグに収まって運ばれるという芸を聞いたことがある。元々あった骨の量はバッグ一つどころじゃない。そりゃでかいよなあ。
「おいおい、なんだこれ! 前はこんなやつじゃなかったぞ!」
俺が抗議の声をあげる中、後ろから光の帯がそのゴーレムの腕を薙ぎ払う。だが表面を削るに過ぎず、ゴーレムの動きは変わることなく、俺に向かって右腕を振り上げてくる。
ああ、当たったら絶対まずいやつだ。
俺は相手の攻撃が当たらないように、ゴーレムの左足に向かって駆け出す。こういうでかい人型のやつは近距離と後ろが苦手だと相場が決まってる。
近づいてみれば骨の間がスカスカなことに気づく。あちこちの隙間から向こう側が見えている。骨じゃあ土や石ころみたいに粒子が細かいわけじゃないから仕方ないよなあと思う。なんとか奴が腕を振り下ろすより先に、その足元に辿り着く。
左脚の横を通り抜ける際に、その脚を掴んで旋回する。これで体勢を崩せればよし、だめなら後ろが取れると思ってやったが、まあ思った通り、ゴーレム自体はびくともしなかった。
後ろを取ったと思って見上げるが、振り上げた腕が逆関節に折りたたまれて行くのが見える。
まさかこいつ、正面を入れ替えるのか? みるみる内に右腕だったものが左腕になって、背中側だと思ったものが正面に変わっていく。
そりゃ素材からすれば関節とか正面とか存在しないのは事実だ。ひょっとしたらこのスカスカの構造も、おそらく鎖帷子のようにその隙間のお陰で柔軟性と軽量さと堅牢性を兼ね備えているんだろう。さっきのエヴェリンの魔法で斬りきれなかったわけだ。
なんて関心している場合じゃない。すぐに射程外に移動しなくては!
しかしスピードのついた体をすぐに他方向に動かすのは無理だ。俺はゴーレムの脚に触れなおし、股下をスライディングしてくぐり抜ける。パラパラと上から小骨が降ってくるが、もはや気にしている余裕はない。俺は立ち上がって振り向く動作で小太刀をその脚に叩きつける。表面の骨だけを砕くが、それでゴーレムの体勢が崩れるわけでもない。ただ飛び退くだけになってしまう。
そこでやっと三人から魔法が飛び交っていることに気づいた。炎や光が俺の頭上を飛び交っている。骨が降ってきたのも魔法によるダメージの影響だったんだろう。
しかし別にゴーレムの形が変わってはいないし、なにか有効打になっている感じはない。
「どうする!? エリアボスはこんな、ゴーレムなんかじゃないはずだぞ!」
「暫く援護する! 逃げるかどうかお前が決めろ!」
ハルディスがそう叫んで、魔法を詠唱するのが見える。確かに俺が危険なのは変わりないが、距離を離す隙があるかいまいち掴めない。おそらくゴーレムの射程はもう少し遠くで、逃げるならそこを通らなければならない。そのタイミングが一番危険だ。今の位置はむしろ安全だといえる。
と、エヴェリンの詠唱が終わったのか、彼女の周りに光の玉が八個ほど浮き上がる。するとすぐにそれぞれの玉からまっすぐに光の筋がゴーレムに向かって伸びる。
ゴーレムの右腕にその八本の光が収束して、そこが一瞬で溶けていく。あまりの熱量に俺のところまで熱さが伝わる。
ほどなくしてゴーレムの腕が落ちてきた。断面は熱で溶解して固まっているし、切られた腕自体は地面に着くまでに形を保てずただの骨に戻って、接地し次第あたりへ散らばっていく。
腕を落とした段階でエヴェリンはレーザーの出力を止めた。
するとゴーレムは体が欠損したことを検知したのか、動きが一瞬止まる。
「っくそ! やるか!」
俺はその隙を逃さないように、ゴーレムの真下へ駆け込む。もはや経験点云々とか言ってる場合ではないだろう。最初から使える技は使っていく。狙うは胴体の中央。どうせこのタイプは形を形成するためのコアがあるんだろうし、俺が近いせいで皆からは魔法で狙えない。それなら俺が狙うしかない。
ゴーレムが動くまでに間に合い、俺は下から上に切り上げる。両手で小太刀の刃の近くと柄頭を持ち、柄頭を押し下げ、刃を梃子の原理で押し上げる。ずぶずぶとゴーレムの股下から刃が入っていくが、得物が短いからそう距離は稼げない。胸の辺りで手応えがあり、ガキンと音がなる。やはりコアがあった! だが斬ることができなかったことが感触からわかる。
俺が振り抜くよりも早く、骨が頭上から降り注いでくる。両手で振り払ったものの、コアの位置を見失うし、足元が骨で覆われて俺も動けなくなる。あっという間にゴーレムはただの骨の山に戻った。
俺は急いで移動しようと思い、脚を抜こうとする。だが、動かない。
「っくそっ! 脚挟まれた!」
とりあえず、味方の攻撃巻き添えを喰らわないために叫ぶ。
あれ、これひょっとしてまずい状況では?
そんなことを考える間もなく、足元の骨の山が固まっていくのを感じる。ああ、マジでまずいやつだ。
あっという間に俺の体が持ち上げられていく。足元でゴーレムがもう一度実体化しはじめたんだ。俺は膝下からまるでゴーレムの肩に取り込まれたようになってしまう。尻もちをつこうにも空中でつけないし、攻撃のしようがない。
おそらくゴーレムは失った腕を再生させるために、一度自ら分解し、再構成したのだろう。となれば腕になっていた箇所の分、使われる骨の数が減って、若干小さくなっているはずだ。実際体が持ち上がるのが止まった今でも、俺の頭が天井に届くことはない。
そのままずしずしと歩かれ、姿勢を維持するのでやっとになる。変に体勢を崩してしまったら攻撃することもままならなくなる。明らかに入口へ向かっているので、ゴーレムの狙いは中央にいるエヴェリンだろう。下方向はゴーレムの体に隠れてよく見えないのだが。
自分の近くの腕が振り上げられ、俺の姿勢が傾く。仕方なく小太刀をその肩、というか腕の近くに突き立てて、小太刀を通じて魔法を流す。コアの破壊より、皆の安全を優先するためだ。腕でエヴェリンが怪我を負えば、最早全員の命の危険すらある。
「脚を狙って!」
エヴェリンが叫び、光の筋が俺の眼下に伸びているのが見えた。足元から熱を感じる。それから遅れて、ルナとハルディスが魔法の火の玉を投げるのが見える。
俺は小太刀に魔法を込める。内部から直接魔法をかければ、この腕を破壊することくらいできるかもしれない。
しかしそれも間に合わず、ゴーレムの腕がエヴェリンに向かって振り下ろされる。とても腕が届くような距離ではないと思っていたものの、腕が途中で切り離されて骨の塊が飛んでいくのが見える。
ゴーレムの腕だった塊は、何かにぶつかったのか、骨が撒き散らされる音が響き渡った。くそっ! この位置からでは見えない!
「エヴェリン! 大丈夫か!?」
「大丈夫!」
すぐに声が返ってきて、俺はひとまず安堵する。
俺は遅ればせながらも小太刀に込めた魔法を発動させ、やがてゴーレムの肩が破裂する。辺りに骨が撒き散らされる。
それに反応してか、ゴーレムの体が傾き、ゆっくり俺は地面に降ろされていく。また分解して再構築するつもりらしい。そうはさせるか。
俺は小太刀を振り上げる。魔法のせいで刃の先端が欠けて短くなってしまっているのが見えたが、気にせずそのままコアのありそうな部分に突き立てる。魔法詠唱の準備だけしてまだ発動はさせない。
程なくゴーレムが分解され、俺も地面に下ろされる。俺はタイミングを見計らってもう一度風の魔法を発動させた。もう一度分解されるより先に、辺りの骨を散らしてやる。
骨同士がぶつかり合う乾いた轟音を立て、爆発するかのように辺りに骨が散らばる。俺にも何個もぶつかるが、学生証のバリアやルナにかけてもらった身体強化魔法で防げてるようで、特に衝撃はこない。
少なくなった骨から脚を引き抜き、俺は急いで骨の山から距離を取る。
エヴェリンの方を振り返って確認する。どうやら本当に無事だったようで、小さな骨の山が彼女の手前にできていた。ガードするための何かをしたのか、境界線すらある。
俺は胸をなでおろし、ゴーレムの方へ振り向く。少しずつ骨が集められて人型が形成されていくのが見える。
「風の魔法で集合を阻害できないか!? 質量を減らせればコアを狙えるかも知れない!」
俺は取り敢えず思いついた作戦を叫ぶ。
「やってみるよ!」
最初に反応したのはルナだった。彼女は短く詠唱すると、突風を巻き起こして、カラカラと音を立てながら骨が均されていく。
まあ一年生が使える魔法の強さではこんなもんか。
「離れて! 爆発させる!」
エヴェリンが叫ぶので、俺はゴーレムの方を向いたまま後ろ向きに走る。足元の骨で転ばないようにすり足気味にはなるが。
俺がちらっとそちらを見ると、距離を取ったのを確認したからか、エヴェリンが杖を振り下ろすのが見えた。それと同時に骨の山に爆発が巻き起こる!
「うおっ!」
「きゃあ!」
爆発の衝撃波で俺はすっ転んでしまう。いくつもの骨がこちらに向かって飛んでくる。それはルナやハルディスも一緒だったようで、ハルディスの高い叫び声が聞こえた。普段と違った声にびっくりもしたが、そんなことに関心している場合じゃない。
骨が飛んでくるのが収まってから、俺は飛び起きてゴーレムの方を確認する。
そこには既に人型のゴーレムの姿があった。身長は大して変わっていない。ただしその太さは変わっていた。ヒョロヒョロだ。コアもその胸部に露出していて形状がはっきりわかる。それは円筒状で、俺の腕の長さくらいだろうか。胸骨の代わりのようになっている。
というか円筒状とは言ったが、明らかにそれは鞘に収まった刀にしか見えない。分割線もあるし、鍔はないものの白木の刀だと思えばそんなもんだろう。柄の端にはなにやら宝石のようなものがはめ込まれている。鞘に描かれている装飾のように見える模様は魔法陣の一種だろうか。柄が上にあり、剣先は地面に向いている、かのようだ。
コアと一言で言ってはいたものの、大体のゴーレムのコアの形状はそう変わらない。天地がわかるような棒状、あるいは人型が多いはずだ。しかしそれが刀って、作った奴はどういう脳味噌してるんだ。そういえば柄の先を頭とか呼ぶよな、とか考えつくも、あまりのアホらしさに頭を振ってその考えを追い出す。
しかしこれだとコアの破壊は難しい可能性がある。こんなおかしなゴーレムなら、簡単に壊せるような武器で作られてるなんて甘い発想は捨てるべきだ。
コアに直接アクセスして動作を止めるべきだろう。うまく魔封じできるかわからないが。
まだゴーレムの辺りから熱を感じるので攻撃には行けない。とりあえずチラチラと皆の状態を確認する。
ルナは丸まったままだが、辺りに骨は少ないから、おそらく大丈夫だろう。直前まで風で骨を散らばせていた影響だろうか。
ハルディスは体の周りの骨を払っているのが見えた。動けているが腕から血が出ているのが見える。足元が大丈夫かもわからない。
エヴェリンは無事そのもので、ハルディスの方へ駆けていくのが見えた。妥当な判断だ。
「ここまでやったんだ、倒すぞ! コアを直接止めるから援護を頼む!」
俺はルナに叫んでから、ゴーレムに向かって走る。さっきの爆発のせいでまだ空気が熱いが、このままゴーレムが動き出して他の人を狙う方が厄介だ。
ゴーレムが動くのが見え、俺は側面に回ろうと軌道を変える。
途端に視界が滅茶苦茶になり、体のあちこちが何かに何度も叩きつけられた。