1-2 臨時パーティ
ここ、セントルディアは学園都市国家だ。そもそもは人類が魔王を追い払った土地に、各国共有の国として建国されたことが始まりらしい。国の中央には、対魔族の研究及びそれに役立つ人物、勇者候補の教育の要となる機関として学園が設立された。
学園の建物の多くは魔王城を改築したものだと言われている。その内でも異彩を放っているのは、地下迷宮の存在だ。魔王城ができる以前からそこに在った、なんて説もあるようだ。
地下迷宮には魔物がいる。いや、いるなんて言葉で表してはよくないだろう。絶えることなく発生してくるのだ。だからこそ、街を維持するためにも定期的に魔物の退治が必要だ。ここに対魔王のための学校が作られたのは、そういった状況があるのも理由の一つなんだろう。
ただ何度も生まれてくるのは魔物ばかりではない。有用な魔法道具も何故か何度も発掘される。迷宮が何らかの意図を持って生産しているのだろうと言われている。
学園の勇者科の生徒はそんな迷宮に潜るのが日課だ。それは学園システムとして成績評価に含まれているからでもある。
迷宮で魔物を倒したり、魔法道具を拾って鑑定に出すと、経験点と呼ばれる内申点を稼ぐことが出来る。
その経験点が一定数貯まるごとに、冒険者レベルと呼ばれる内部評価があがり、レベルに応じて魔法や武器防具、魔法道具の使用許可が下りる。成績のためだけでなく、新しい能力を得るためにも経験点を稼ぐことがとても大事ってわけだ。
さらに経験点を稼ぐことは、学園内で出される「勇者ランク」というランキングに載ることにも繋がる。
勇者科では、授業の成績や経験点、他人を手助けした内申点、武術大会の順位や迷宮踏破階層数などあらゆるものを点数化し、勇者科の全生徒三百人強を対象に、その月に取得した点の多い者を番付として毎月発表している。それが「勇者ランク」だ。ただし発表されるのは、上位二十位まで。
当然ランキング入りした実績があれば卒業後の進路にも多大に影響するのだから、皆がこぞってランク入りを狙っているのだ。
かくいう俺も、全力を出せばすぐに迷宮の踏破もできて、勇者ランクだって一位になれると思っていた。入学するまでは。
俺は勇者の血筋だと聞いて育ってきた。日々苦しい修行をするのも、勇者として誰かを助けるためだと思って耐えてきた。それが俺の運命で、勇者の家系に生まれたものの責務だと。
ただ、勇者の血筋というものは誇れるものではない。ヒューマンの中にはそれを穢れた血筋だと嫌うものもいる。そんな理由から、俺は勇者の魔法を使うところを周囲に気付かれまいと必死になり、いつの間にか孤立した。
そもそも習っただけの魔法には慣れず、うまく戦えない。それでいて元々知っている方法で戦えば、経験点が得られない。
俺は早々に経験点を諦めて、低レベルで他の人と組まないまま階層を下ることを選択した。
孤立して低レベルのままでいてしまうと、俺から搾取しようとするやつまで現れる。勇者候補を集めているとは言ったところで、人格までは判断されていないし、教育することもできないらしい。
そんなわけで、今日も独りで迷宮に潜り、あまり人のいない八階層を回っていた。まだ同学年じゃ近い層のボスを倒した話もそうそう聞かないし、上級生は大体十階層以降にいる。
そう鷹を括っていたんだが。
魔物相手に苦戦しているグループを見つけ、つい助けようと手を出してしまったのが、俺の運命を狂わせるきっかけになってしまったんだろう。
俺の想像に反して、パーティーを組むのは悪くはなかった。
パーティーを組んだら早々に苛められるのではないか、なんて思っていたのは被害妄想が育ちすぎてしまっていたんだなと反省すらさせられる。三人は俺の意図をしっかり汲んで動いてくれた。
接敵すれば、俺は遠距離攻撃のできそうなやつに石を投げたりして、注意を引き付ける。それから射線上に他の敵が入るように動いてすぐに撃たれないようにすると、注意を引いておいた遠距離のやつをエヴェリンが魔法の光の帯で焼き払う。流石優等生といった感じでその反応はとても早い。
残った相手とハルディスが切り結び、ルナはハルディスか俺のどちらか危険な方に加勢しに来る形だ。まあ大抵は俺は相手を倒し終えていて、ハルディスの方へ加勢していたが。
何戦かして問題ないことを確認すると、俺達はそのままエリアボスの部屋を目指した。
迷宮には二の倍数と五の倍数の階に強敵がいるとされている。生徒の間ではエリアボスと呼ばれている。下の階層に生息している普通の魔物より強いからボス、だろうか。エリアボスは階段前の大部屋に籠もっている。理由は不明だが、まるで階段を守るかのようだ。何から守っているのかはわからないが。
大抵の場合は誰かに既に倒されていて、出会えないことが多い。ただ他の魔物同様に、二、三日に一度復活する。その瞬間を見た人いわく、突然現れて転送されてくるかのよう、らしい。
ここ八階層は二の倍数なので、エリアボスがいる。不人気階層だからきっと復活しているだろう。
エリアボスの部屋付近での戦闘が終わったとき、俺が腰鎧にぶら下げていた学生証からメロディが流れ、レベルアップが告知された。
「レベルあがったね。おめでとー!」
ルナが能天気に祝福してくれる。俺にでも明るく接してくれるのかと少し驚き、反応が遅れる。
「あ、ありがとう」
「今いくつだ……? レベル五って、マジか」
「えー、まだ五? こんな戦えるのに?」
ハルディスとルナに学生証をジロジロ見られる。女の子に近づかれることに慣れてなくてちょっと恥ずかしい。
さっき二人の学生証を確認したときにレベルも見ておいたが、確かルナはレベル十六、ハルディスは十四と書いてあったはずだ。
レベルは階層の二倍あれば余裕とされている。生徒の多くが到達する中層階程度までは、使える魔法や必要な経験点などを教師たちが調整したそうだ。
「そういえばお前、モーリスとかに絡まれてた奴か。こんだけ動けるならあんな奴ら相手にならないはずだろ?」
「ま、まあ、そうなんだけどね」
ハルディスから疑うような視線を向けられる。つい目を逸らしてしまう。あまり探られたい話ではないし。
「ハッキリ差を見せつけてやらないと、ああいう奴らは付け上がるだけだぞ」
「わかってはいるんだけどね。それに、なかなか経験点を稼げないってのは本当だし」
「それ、詳しく教えてくれない? 経験点を稼げないってなに?」
俺の言葉に、エヴェリンが興味深そうに尋ねてくる。流石にこのまま全部隠すのも変だと思うので、俺は伝えられそうな部分だけをかいつまんで答えることにする。
「あー……。俺が親から教わってた魔法とか剣技とかがあって、それらを使うとどうにも経験点が入らないみたいでさ」
「ああ。あるよね。私も家で教わった魔法の多くはここじゃ使っちゃいけないみたいで」
エヴェリンが相槌を打ってくる。ハルディスが興味深そうに聞いていた。
なんだそれ。考え難いが、そう稀な話ではないのか?
「へー。そういうこともあるんだ?」
「ほら、魔法ってレベルで使用が制限されてるでしょ? なのに制限なく強力なものを使われちゃうと、ズルしてるみたいじゃない? そのせいなんじゃないかな?」
エヴェリンの言う通り、学園ではわざわざ冒険者レベルとやらで使える魔法を制限している。学生証が魔道具で、そういう魔法が書き込まれているとか。
言われてみれば制限について考えたことがなかった。例えば新しく開発された魔法はこの冒険者レベルのシステム上で、どういう扱いになるんだろうか。制限されていない強力な魔法をガンガン使われては、冒険者レベルでいちいち制限している意味がなくなる。案外エヴェリンの話もなくはないかもしれない。
そんな考えを巡らせていたが、エヴェリンに振り向かれて話を振られる。
「私みたいに魔法だけで戦ってるわけじゃないなら、慣れた技を使えないのって、すごくやりづらいでしょ?」
「まあそうだな。威力調整すれば誤魔化せるみたいなんだけど、そんなことしてる余裕がある戦闘ばかりじゃないしなあ」
「だよね。だったら経験点、稼ぎたいでしょ? それじゃあどうする? エリアボス行ってみる? ここ不人気だからどうせ居るだろうし」
エヴェリンはそう言って、巨大な両開きの扉を指さしながら、俺の顔を見てくる。
石壁でできた迷宮の中に、金属装飾のある木製の両開きの大扉が存在感を主張していた。エリアボスの部屋の扉はどの階層でも目立つように出来ている。わざわざご丁寧にも、危険さをアピールしてくれているってわけだ。
俺は決められず、他二人を見るが、どちらも俺の方を見ているのでどこを見ていいかわからなくなる。仕方なく目を閉じて考えるフリをする。
「いや、なんで俺に聞くんだ……。俺はただのゲスト参加なんだから、決定に従うだけだよ」
「ゲストだから聞いてるんだよ。一番危険な場所を担ってもらってるんだし、皆の安全があなたにかかってるんだよ?」
エヴェリンに返されて納得する。ああそうか。俺は今は魔物からの注目を惹きつける、一番危険な係だったっけか。
「ああそうだったか。悪い、自覚がなかった。そういう意味なら、平気じゃないか? 俺も一度は倒してるし。骨の鎧だろ?」
「へー。独りで?」
ハルディスが疑うように聞いてくる。もちろん俺はこんなところで嘘をつくわけもない。黙って頷いた。
「独りじゃなかったらレベル上がってるっての。言った通り、慣れた技を使えば倒すだけなら問題なかった。ダメそうなら経験点なんて度外視して技を使えばいいだろ」
「おっけー。ルナもハルも、別に構わない?」
「わたしはこの階層がスキップできるようになった方がいいから、倒しておきたいかなー」
「異存はないよ」
ルナとハルディスが順番に答えた。俺はその言葉を受けて、装備状態を確認する。元より小太刀は抜き身のままだし、予備の短刀も腰に下げておく。
ルナが少し詠唱する。抱えた短い杖の先から出た魔法の光が、皆の体にまとわりついてくる。なんだか少し体が軽くなった気がする。身体強化の魔法だろう。
「じゃあ、準備はいい? 開けるよ」
エヴェリンの言葉に皆が頷く。それを確認してから、彼女は両開きの扉を押し開いた。