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序章

「よかった。来てくれないんじゃないかと思ってた」


 そう言って彼女が俺に振り向く。長い黒髪が揺れ、隙間から意思の強そうな碧い瞳が覗く。口元は少し微笑んでいた。正直に言って可愛い。雰囲気に飲まれて恋に落ちてしまいそうな感覚に襲われる。

 そもそも女子から校舎裏に呼び出されるなんて、俺なんかに訪れていい類いのイベントじゃない。どうせこんなのただのいたずらだろう。そう考えられてるおかげで、俺はんとか平静を保てていた。


 周囲には他に誰もいない。ここはメインの通りから離れているし、木々や校舎が影を作ってくれているおかげで人目につきづらい。それにこの棟は特殊教室ばかりだし、授業時間外なら中から見られることもそうそうないだろう。こんなところよく見つけたもんだと関心すらしてしまう。


 彼女、エヴェリン・グランヴィルはさっきまで一緒にいたときと同じ、制服姿のままだ。白い半袖ブラウスの上に紺のポンチョに同じ色のジャンパースカート。スカート丈は膝下だけど、戦闘を考慮しているから中にスパッツを履いていたと思う。俺自身の名誉のために言っておくと、断じて意識して覗いたわけじゃない。動いていた時にチラッと見えただけだ。


 身長は俺と同じくらい。大概の場合同じくらいだと思っている相手は自分より高いものだというのは置いておこう。仮に俺より高かったとしても、体格は全然違う。その手足は俺に比べてとても細くて少し力を入れて掴めば壊してしまいそうだった。日々の授業で俺と同じような運動をしているはずなのに、なんでそんなに華奢なんだろう。黒くて長いさらさらの髪も、砂や土埃に塗れる日々だっていうのによく維持できているもんだ。俺なんかとはいろいろと出来が違うんだ。


 なんだか自分が惨めな存在に思えて、顔をまっすぐ見る度胸がなくなってくる。だいたいエヴェリンみたいな優秀で才気溢れる人間が、俺みたいな底辺で沼に沈みかけている塵芥なんかに真面目に関わってくるはずもない。告白イベントだのなんだのと勝手に勘違いするのは烏滸がましいってもんだ。

 彼女の表情を確認できないまま、俺は極力平静を装って目を合わせず話しかける。


「さっきまで一緒にいたんだし、放置なんかするわけないだろ。それにしたって、なんでこんな回りくどい呼び方したんだ?」

「ちょっと人に聞かれたくなくてね」


 彼女、エヴェリンが俯き加減になる。その仕草に思わずドキリとしてしまう。自分の女性経験の無さが憎らしい。


「あのね……」


 エヴェリンは意を決したようにこちらを向いてくる。俺もつられエヴェリンを見つめる。その瞳が少し潤んでるのに気づく。自分の思考に反してひょっとしたらという雑念が生まれるが、必死にそれを抑え込む。


「率直に言うね。私とパートナー契約してほしいの」


「はあっ!?」


 突然の提案に俺は素っ頓狂な声を挙げてしまった。照れなんてどうでもよくなり、まっすぐにエヴェリンの目を見つめ返して全力で否定する。


「パートナー契約って…!? ちょ、本気で? なんで俺に!? そうか、なんかの罰ゲームか! ルナがどこかにいるんだよな!?」


 俺はどうせ、あのちんまいかしまし娘の策略だろうと思い、辺りを見回す。だが誰かが覗いている気配なんかないし、当然何も見つけることはできない。しかしこんなことはドッキリ以外ありえない。あるわけがないんだ。


「ち、違うよ! からかってなんかいないから! 私は本気だよ!」


 エヴェリンの顔を見れば、真剣そのものといった表情でまっすぐに俺を見つめていた。


「入学前からずっと、あなたのことを見てた。ううん、監視してたって言った方が正しいかな。それで、あなたしかいないと思った」


 エヴェリンはそう言うと少し俺に近づいてくる。いや、待て待て、今なんか変なこと言わなかったか!?


「入学前からって……。いや、ちがう! なんだ! その正々堂々としたストーキング発言は!?」

「あなたは勇者の血筋なんだから、調べてて当然だよ!」


 エヴェリンの言葉に俺は頭を抱えた。俺のことを知ってたのか。それなら納得ができる。納得したくもないけれど。


 俺が何も返せないでいると、エヴェリンは詰め寄ってくる。寄られれば顔を見ないわけにもいかない。その目は真剣で、何か嘘をついているような感じでもない。まっすぐに見つめられ、目を離しては失礼な気持ちが俺の照れを打ち破り、そのまま俺も見つめ返す。挙動不審に目が泳いでしまうけれど。


「見てたってなら、俺は落ちこぼれだって知ってるだろ? 中間テスト次第では、落第だってありうるんだ。そんな奴とパートナー契約して、どうするつもりだよ」


「そう。理由はそれなんだよね。あなたに落第されたら、ここまで来た私の計画が水の泡になっちゃう。だからもう、私には一緒に暮らしてあなたを教育するしか対策が思いつかなかったの」


 エヴェリンはそう言うと、より俺にずずっと近寄ってくる。もう知り合いと会話するなんて距離じゃない。


「もし他の方法であなたが真剣になって、勇者になってくれるっていうなら、その案を出してくれればいいよ」

 俺はその言葉に絶句する。どういうことだ。どうしてそんなに、俺を勇者にしたいっていうんだ……。

 俺が黙っていると、エヴェリンは俺に案がないと思ったのか、言葉を続け始める。


「お願い! 私を助けるために、勇者になって! そのために一緒に暮らそう!」


 そういうことか。俺はやっと理解してきた。彼女が俺の何に価値を見出していたのか。

 そりゃあ俺だって、勇者になれるならなりたいし、そのためにこの学園に進学してきた。だがそれを彼女のためにしてやるとなれば、話は変わってくる。それは財産を狙われてるのと同じようなもんじゃないのか?


 でも財産を貰うために、財産を獲得できるように私が育てます、なんて話を聞いたことはない。それは最早自分で稼いでるのと何が違うんだ?

 何よりも、助けるために、って一体どういうことなんだよ。

 彼女が何を考えてるのか理解できない。そんなの考えたって無駄だろうし、とりあえずこの状況をなんとかしなくては。


 天を仰ぐと、木々の隙間から夕焼けが見える。辺りはもうすぐ暗くなってしまうだろう。そういえば今日のエヴェリンとの接触も、このくらいの暗さの場所でのことだったっけ。

 ただそれはこんな場所じゃない。地下の迷宮でのことだった。

2024/10/18 改行修正

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