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百人百彩 〜短編集〜  作者: 三屋城 衣智子


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7▷ 山田太郎の挑戦〜太郎はデートを成功させたい〜 (2919文字)[高校生×シックスパック×デエト]

 山田太郎は困っていた。


 今彼は映画館でもよおしている。

 目の前のスクリーンでは、きっと今一番映画のキモであるストーリーが進行している。

 だのにトイレに立とうものなら、この後の彼女――清水花乃(はなの)――との映画感想戦に支障が出てしまう。


 画面上にいる俳優が一際大声で叫んだ。

 悲鳴が聞こえる、画面とこちらと両方から。

 そう、今太郎達はコメディホラーの超大作を観に来ていた。

 魚に足の生えたグロテスクな生き物が尻尾をビタンビタン地面に擦りながら、一生懸命走って俳優を追いかける。

 現在スクリーンに映る俳優の顔は真っ青だ。

 太郎の顔も真っ青だ。

 額に冷や汗も浮かんでいた。


 なぜこうなった。

 太郎は真っ青な頭の中で思い返していた。


 ことの始まりは、イケメンシックスパックから映画のチケットを手渡されたことだ。

 それもご丁寧に太郎と花乃を呼び出した上でのことだった。

 どうやら浜辺での救出へのお礼に、太郎に花乃とのデエトをくれてやろうとでも考えたらしいことが、シックスパックの得意げな表情から見てとれた。


 太郎は正直、余計なことをしやがってと思っていた。

 何せ、人生初めて、そう初恋だったものだから、自分の気持ちさえ、座りが悪く感じていた。

 ソワソワ、ふわふわ、おおよそ経験したことのない心地だった。


 目の前のシックスパックは、まるで我が子を見つめるおかんのような面持ちで太郎を見つめている。


 太郎はなんだか訳がわからなくなって、つい、


「……一緒に、行く?」


 と、ぶっきらぼうに花乃に告げてしまっていた。


 そうして今日、事前に打ち合わせして朝の回にインターネットから座席予約をかけ、ショッピングモール内の案内所で待ち合わせをし、館内併設の映画館へと足を運んだのである。


 あの時、反射で返事さえしなければ。


 太郎は後悔していた。

 何せシックスパックの選んだ映画のジャンルがまずかった。

 ホラーは苦手なのだ。

 ぽっちゃりで、そこそこ背の高く五分刈りなさまで相撲部にでも所属してそうな外見をしていながら。

 いや、昨今の多様性社会からすれば至極真っ当だろう、だがそれで兄弟から揶揄われていた身としては、なんとも情けなさを感じていた。


 映画のジャンルを除けば、待ち合わせし終わるまではうまくいっていた。

 花乃はストラップ付きで肩の出た、袖がパフスリーブの爽やかな水色のワンピースを着て来ていて、それはもう可愛らしかったし。

 太郎も長兄のアドバイスで、デザイン性のあるカットソーに細身のチノパンを合わせて少しは格好をつけていた。

 二十分前には待ち合わせ場所に着いたし、花乃も十五分前にはやってきて、服装を褒め合うなんていう当たり障りない会話にも成功していた。

 だのに。

 太郎は見つけてしまったのだ。

 円柱のショッピングモールの柱の影にある、シックスパックを。

 実際には、それは簡素な服装からでも体格の良さを感じさせるガタイが見せる、マボロシだったわけだけれど。


 太郎は慌てた。

 不本意ながらも初恋の、しかも初デートとあって色々プランは練ってきていたのだ。

 けれどそれが吹っ飛ぶほどに、シックスパックは生温かい視線を惜しげもなく太郎達に向けていた。

 イケメンのそんな視線に晒されていたのでは、さすがの太郎も居た居た堪(たま)れぬ。

 冷静を装いつつもついついと花乃を促し、彼女のトイレなどの準備を済ませてから開場と同時に座席へと足早に済ませてしまった。

 それが不味かったのだ。


 後ろから未だに筋肉のあのにったりとした視線は来ているようだし。

 太郎はトイレへと行くのを忘れてしまっていた。

 だから訪れたピンチ。

 しかし、イイ場面はまだ眼前で続いている。

 筋肉からの視線も続いている。


 もしや、太郎と花乃が一緒に出かけたことでシックスパックは自分も花乃のことを……と自覚したのではあるまいか。


 太郎は疑念を持った。

 もよおしはもたなかった。


 小声で花乃に断りを入れ、映画館内にあるトイレへとヒタヒタと小走りした。

 小便を出し切って人心地付き、席へと帰る頃には、映画はもうラストノートの様相だった。

 それでもと、太郎は他の人の邪魔にならぬよう巨躯を小さくして自身の席へと進んだ。

 座って少しすると、エンドロールへと入ってそれも終わり、シアターの電気がつく。

 ゾロゾロと人が出口へと向かい、そこまで多く無かった鑑賞者がほぼゼロになった。

 花乃が立ち上がった時、太郎は意を決した。


「ちょっと待っててくれる?」


 そう言うと、つかつかと後ろの席にいたシックスパックへ近づいた。

 最後にこっそり出ていこうとでも思っていたのだろう、席からずり落ちたように座り頭を低くしていたシックスパックは、太郎が来たのに驚いたようだった。

 完璧な尾行をしていたつもりだったらしい。


 太郎は不満だった。

 これでも同級生としてイケメン田中とは色々と遊んだ仲である。

 包み隠さないで欲しかった。


「俺は清水が好きだ。お前もなんじゃないのか? それなら堂々と俺たち二人で当たって砕けたいんだけど」

「一体なんの話なんだ?」

「え?」

「へ?」


 二人は顔を見合わせた。


「尾行なんてするもんだから、てっきり俺はが清水を好きなんだと思ったんだが」

「いや、俺は自分が言い出しっぺのようなものだから責任持ってアシストしてやろうと思ってただけなんだが」

「……」

「……」


 シックスパックの瞳がまるで菩薩のようになる。

 太郎は今こそ俺が代わりにあの浜辺で埋まって仕舞えばよかったのだと思う程に真っ赤になった。

 後ろには、花乃の気配。


 ギギギギギ、と音がしているのかと錯覚する位太郎がぎこちなく振り向くと、花乃は花乃で、頬が朝露を纏ったような薔薇色に染まっていた。


 太郎の時が止まる。


 どれほどそうしていただろう。


「……あのーお客様?」


 という劇場スタッフの声がして二人、我に返って慌ててシアターを後にした。

 気づけば、シックスパックの気配は完全に消えていたのだった。


 太郎は決意した。

 とはいえ、まだモゴモゴしていたものだから、まずは映画館の売店へと二人、足を踏み入れた。

 観た映画のグッズも取り扱っているらしい。

 あの、ビタンビタンと尻尾を地面に擦りながら走る魚に足の生えた生き物の、ぬいぐるみストラップが売られていた。

 手に取ろうとすると、丁度花乃も気になったらしく、手がゆっくりとぬいぐるみに伸び太郎の手と触れた。

 パッと手を遠くへとやりギクシャクと動き出した花乃に、太郎は声をかけた。

 一世一代の大勝負である。


「清水……好きだ。付き合って」


 しかし太郎は花乃の顔は見ることができなかった。

 初恋は実らない、だなんていう格言だか迷信だかも気になった太郎の気持ちは少し(しぼ)んでいた。


「わ……私も、…………すき、です。」

「え? ほんと?」

「……うん」


 じわじわと、嬉しさが込み上げてくる。

 太郎の顔は溶けた。

 文字通り、締まりが一切なくなった。


 そしてデレデレのままお揃いでグッズを買い、お昼ご飯を食べ、ゲーセンで遊び、暗くなってはいけないと割と早い段階で帰る方向を聞き出し同じ方向の途中まで一緒に帰って二人は別れた。


 きちんとLINEの交換は済ませた。

 明日から、いや、正確には今日から彼氏と彼女である。

 初めての、太郎の彼女。


 その響きに、鼻の下までデロンデロンのまま、その日の夜太郎は心地よい眠りについたのだった。

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