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4▷ 山田太郎の疾走〜太郎はどうしても誤解を解きたい〜 (2082文字)[高校生×初詣×初キス]

 山田太郎は困っていた。


 雪だるま柄がでん! と中央に配置されたオフホワイトのセーター、ダークブラウンのカラージーンズ、ダークグレーのダッフルコートといった()で立ちで。今太郎は神社の鳥居(とりい)前でソワソワうろうろしつつも待ち人を、なんてことない顔して待ち望んでいた。


 今日は、初めての彼女との初めての初詣(はつもうで)である。

 待ち合わせより三十分以上も前に来て、どころか、一時間以上前に来て、太郎はずっと待っていた。

 そこへ、だ。

 いきなり声をかけられてもう三十分は経っただろうか。

 振袖姿の女性がずっと、太郎へと声をかける……というよりかは、ずっとしゃべり倒していた。


「……それでですね、私言ってやったんですよぉ。ってちょっとタロウさん、聞いてますか?」

「あ、はい、聞いてます!」


 待ち合わせの時間までは後二十分はある。

 けれど相手だって、予定の時刻より早めに来るかもしれないのだ。

 だから太郎は非常に困っていた。


 どんよりとした寒空の下なのに、額にじわりと汗さえ(にじ)んでいた。

 これは一体、誰なんだろう、と。


 そんな太郎の困惑はお構いなしに、長身の太郎より少しだけ背の低いその女性は、身振り手振りを交えながら、自分の身の周りに最近起こった出来事を、それは熱心に語って聞かせていた。

 シックな紺の色合いが美しい着物の袖が、右に左にと揺れている。


 と、そこへ遥か前方豆粒ほどのサイズで彼女が見えた。

 普通、人はそのサイズで誰かなどとは判別が不可能だろう。

 しかし太郎にはその一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)全てに愛らしさを感じすぐさま彼女であるとピンときた。

 ただ一人だけ、輝いて見える。


 太郎の頬が桃色に染まる。

 しかし困った。

 女性と、しかも振袖姿の人と一緒となれば、誤解をされても仕方がないかもしれない。

 最悪、これにて今生(こんじょう)の別れ……とばかりに交際解消を告げられることも考えられる。


 しかし、誰なのかもわからず、話す速度に口を挟む余地すらない。

 どうすればいいのか。

 段々と彼女の姿が近づいてくる。

 桃色の綺麗な色の振袖姿の彼女に、今すぐにでも駆け寄りたい気持ちの太郎は、一瞬彼女に見惚(みと)れて、見惚れすぎて(ほう)けてしまった。


「ねぇ、ちょっと、本当に聞いてるんですか?」


 そのほんのちょっとの隙に、目の前の振袖が、太郎のコートの肘あたりを掴んだ。


 見惚れていた彼女の足がぎゅっと止まる。


「あ、ミケネコさんですか?」


 と同時に背後から振袖の女性へと声がかかった。

 太郎が振り返って見てみると、オフホワイトで中央にでん! と雪だるまの柄の入った、ブラウンのチノパンを穿き、グレーのロングコートを着た坊主頭の男性が立っていた。


 パッと女性が太郎の腕から手を離すと、「……チッ、今どき珍しいセーター着てんじゃねぇよ、ハゲ」とすれ違いざまにボソリと言い。

 さささと移動しながら「タロウさんですかぁ? リアルでは初めましてっ」と相手の坊主頭の男性へと挨拶をした。

 太郎は慌てて彼女の方へと視線を戻す。

 しかし、彼女はもう(きびす)を返していて、その背中がちょうど遠ざかっていくところだった。


 太郎は駆け出す。

 その背後では、先ほどの二人が、挨拶が終わると神社の敷地内へと(そろ)って遠ざかっていく。

 走る太郎にギリギリ聞こえる距離で。

「え? あ、なんかぁ、ナンパがしつこくって一生懸命断ってたんです」

 という女性の声とそれに何某(なにがし)か返事をする男の声がしたが、太郎の耳にはもう届いていないようだった。


 太郎は走る。

 汗(ほとばし)るのも構わずに。

 全速力で一陣(いちじん)の風となった太郎は、丁度(ちょうど)先ほど彼女を目で捕捉(ほそく)したあたりでその腕を掴むことに成功した。

 彼女は片手で目を隠す。


 ふわふわの白いファーの上には、泣いたのだろう、涙の粒がきらりと光った。


 太郎は人生で一番、たくさんしゃべった。

 何時に鳥居に着いたのか、あの振袖の女性が誰なのか。

 どうやらオフで会うのが初めての人と待ち合わせをして、人間違(まちが)いをされたこと。

 無事当人同士が出会えて、すぐに離れていったこと。

 去り際に「ハゲ」と罵倒(ばとう)されたが、自身のそれはただの坊主なのに……確かにツルツルに母親に剃られているけど。

 と、なんとか笑ってもらえないかと自虐を交えて。


 お陰で。

 少しは誤解が解けたらしい。

 彼女はふっと笑って、それから、冬休み前には確かにあった太郎の髪の毛について聞いてきた。


 太郎は母親の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりについて話しながら、彼女のファーを肩からとり、自身のマフラーをいっときの代わりとばかり巻きつけた後。

 濡れたファーをハンカチで拭った。


 しかし、その太郎の努力も虚しく。

 ふわりはらり。

 くっついた氷の結晶がファーを静かに濡らしてゆく。


「あ、雪」

「本当だ」


 もういいよ。さっきはごめんね、ありがとう……と彼女が言ったため、太郎はファーを彼女の肩へと返そうとした。

 けれど、もう少し貸して欲しいと愛しの彼女が言うものだから。


 太郎が首に堂々ファーを巻き。

 彼女にくすくすと笑われつつも、二人。

 境内へと、お参りをしに歩を進めるのだった。


 ――自分のおみくじを木の枝のなるべく高い場所へと、くくりつけようとしてくれる背後の太郎に、彼女が振り向きざま背伸びし。二度目のキスを彼女からプレゼントをするまで。

 後、もうちょっと。

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ふふふ! もうちょっとですか( *´艸`)
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