2▷ 電子にはためく布十色 (1000文字)[裁縫×遺品×うさぎ]
祖母が死んだ。
遺品整理に駆り出され、叔父叔母が金品に血眼になっているのを横目に、私は現実味のないまま。
彼女が大事にしていた裁縫道具と布地を、譲り受けた。
何かを形にしようと思った、育ての親といえる祖母の、証。
けれど、私の家庭科の成績はいつもアヒルが優雅に泳いでいたから。
縫い上げる前に沢山指へと針が突撃した。
点々と茶色く酸化した染みがつく作品を、誰が迎え入れてくれるだろう。
私は嘆息しつつ自力を諦めた。
そうして結局、襦袢だか着物用の絹の布地は、今流行りのフリーマーケットアプリで売却することにした。
ワンチャン、作品作りをしフリマアプリで売っている人に買ってもらえるかもしれない。
その可能性を夢見て。
その後は購入者をフォローし、作品になって売り出されるのでは、と出品チェックをし続けた。
私は大学を卒業し社会人に。
残念ながら布地は作品にならず、岡山の人の手に渡ったようだった。
一年が過ぎた。
私は残業代の出ない職場改善を諦め、ホワイト企業へと転職をはたした。
布地は岡山から北海道へと海を越えたらしい。
ポーチになったそれはすぐ売切になってしまった。
また一年過ぎた。
充実した仕事の日々が続き、彼と出会い、結婚を決めた。
正社員から時短の契約社員となり、働き方を変える。
祖母の布端切れは国境を越え、ベトナムの方に買われたようだった。
同時期に息子が産まれ、その人は出品をしていなかったから、やがて日常生活から出品チェック自体はみ出しこぼれていった。
月日が経ち。
活発な息子は新築の一軒家で、今日も元気に障子を破っている。
気付けば三年経っていた。
ふとアプリを立ち上げ、休止中の自分のページを見る。
そうして、最後に布を購入した人のページを何気なく覗いてみた。
そこには――鮮やかな色布に、直接ビーズで模様が織り込まれた布とあの絹地とが縫い合わされた、ウサギのぬいぐるみ。
思わず購入ボタンをクリックした。
届いたその子には、カトゥー織という伝統織物が使われていた。
素朴な風合いとつるりと白いそれは、とてもしっくりと手に馴染んだ。
「あ、うさぎ!」
「裕翔」
祖母から一字取った名前を呼ぶ。
「ウッサー、ぼくのおとうとね!」
「いいわよ」
「いくぞウッサー!」
『はいはい、行きましょうかね裕翔ちゃん』
「……え?」
今、ウサギがウインクした?
後にも先にもそれっきりだったけど。
両目が丸い刺繍だったはずのものは、以降、片目がウインクしたままになった。
お読みいただきありがとうございました(*^^*)
この作品は、『第二回ひなた短編文学賞』応募作品です。
連載エッセイの方には、実話を二篇ほど投稿しています。
テーマが「生まれ変わる」「ちいさな幸せ」ということで、優しい風合いの作品にできたと思っています。
ほんのひと時、ほっこりしていただけたら幸いです。