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百人百彩 〜短編集〜  作者: 三屋城 衣智子


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14/14

14▷ クシム種 ―ハーニィと緑鉱石の瞳―(コバルト短編新人賞用文字増幅版)(8937文字)[SF×寿命×恋愛]R15

 乱雑に物が積まれ、長命であるクシム種を短命にする研究のための機材だけが規則正しく存在する室内。そのさらに奥にある、研究に必要な薬品や備品の保管室。

 薄暗く、鍵のかかるその部屋のソファに、蠢く影があった。


「……ん。くっ……」


 濃密な空気を漂わせ、一つになっていた陰影が二つに分かれる。衣擦れの音の後に、少し掠れた声が響いた。


「彼女とはうまくいってるか?」


 ズボンを穿きながら、エテルネがたずねた。


「……うまく、いってる、かな」


 まだ気怠げなクシム種が、一糸纏わぬ姿のままソファに寝転がりながら、こたえる。


「かな、ってどういうことだよ。ちゃんと朝に夕にと構ってやっているのか?」


 ギシリ。寝転ぶクシム種の足側のソファに座ったエテルネは、少し呆れ声だ。


「しょうがない、だろ。僕はまだ、多く眠る、ふりをしなきゃ、ならないし」

「確かに、用心は大事だ。……気づかれてないだろうな」

「大丈夫……しっかり、魅了体液の効果は、出てる」


 言いながら、寝そべっていたクシム種が真緑の鉱石のような瞳を向けながら彼女の脇腹をなぞる。


「脇腹はよしてくれ、忌々しい」

「なんで。これは、勲章だよ」

「そういってくれるのはロンジェだけだよ」


 泣きそうな顔をして、か細い声で言うものだから。

 ロンジェ、と呼ばれたクシム種はエテルネの手首を握ると自分の方へと引き倒し、その顔にキスの雨を降らせた。


「ふふ、くすぐったい。……ありがとう」

「お礼を言われる、ようなことは、何も。ただ、僕が、したいだけ、だよ」


 ロンジェの胸板に頬をすりよせ、安堵のため息を吐いたエテルネは、気になっていたことを口にした。


「あの計画は、順調か?」


 不安を帯びた声に、安心させるかのように髪を梳くロンジェは、脳裏に自分が行ったことを思い浮かべた。

 借り腹へと、相手が気を失うように眠っている間に種を蒔いた――受精卵を注入する行為。


「ああ、ちゃんと埋め込んだ、よ。多分じき、芽吹く」

「そうか……!」


 思わず上体を起こしたエテルネの瞳が、歓喜と共に少し潤んだ。

 視線を下に流すと、自身の腹が霞ごしに見える。


「こんなもののせいで……、忌々しい!」


 どん、どん! と自身の腹を殴るエテルネ。

 その腕をロンジェがとると、今度は唇を奪いにいく。

 いっときをおいて唾液を吊るしながら、熱のこもった甘い声をエテルネにかける。


「あまり、いじめてほしくない、な。君の体は、君のものだけれど、僕の、ものでもあるん、だから」

「ボクが子を成せなくても?」

「関係ない。君は、君だから……それに、僕らの種は、きっと芽吹く。今回がダメでも、次が、また」


 言うなりもう一度、ロンジェが彼女の口を塞ぐ。

 肌に彩りを与えている腹に刺された紫や青の薔薇を、新雪のように白い指がゆっくりと、なぞった。

 履いていたズボンがソファの脇に落ちる。

 命の続きの無い、情だけを交換する行為。

 薄暗い中で、緑と紫の宝石のような瞳が二対、輝き燃え続けたのだった。




 シュンシュンという、湯の沸く音がしている。

 朝。

 寝ぼけ眼のハーニィは、ベッドに寝転んだままに「やっぱり、コーヒー、スクランブルエッグに変更」と呟いた。

 サイドテーブルにある、白く四角い機械が反応し全体が緑色に光る。

 それを見ることもなく、彼女は上体を起こすとひと伸びし、前日に決めておいた服装に袖を通した。

 寝室を出ると、朝日を浴びたリビングダイニングには、ベーコンが焼ける良い匂いが漂っている。

 ダイニングそばのキッチンにコンロはなく、あるのは壁一面に食器収納から食材収納から冷蔵庫からオーブンレンジまで揃った、一体型キッチンだ。


『おはようございますハーニィ。後五分で出来上がります』


 そのキッチンから無機質な音声が響く。


「オーケー」


 欠伸をしながら気のない返事をし、ハーニィが宙にテレビをつけるよう指示を出すと、ひとりでにテレビがついた。


――千年特集〜クシム種の始まり〜


 流し見をしながら、ハーニィはテーブルに放置していた食器の乗ったトレイを横に押した。


――星暦二五二四年。先進国の中、ごく一部のコミュニティで人類への絶望感から、最低限の生命維持を謳う集団が現れました。彼らはまるで冬眠する熊のように、ユーカリの毒を解毒するコアラのように、高カロリーの食事をごくたまに摂り、エネルギーを比較的緩やかに消化することに費やしました――つまり、一日のうち平均二十二時間を寝て過ごすようになったのです。


 押されたトレイは宙を浮いたままキッチンへと向かい、食洗機へと入っていく。

 同時に、チン、という音。朝食が出来上がったらしい。

 パンとスープ、サラダ、ベーコンの上にのったスクランブルエッグ、それとタンブラーに入ったコーヒーがトレイにのせられ全自動キッチンから、また飛んできた。


――自然、元来の生活方法から逸脱した方式は合わぬ人には毒となり、その命を奪ってしまいます。しかし、群の中で偶然適応した最初の人が現れます。クシムという名のその青年は、後年同じく適応した女性と恋仲になり、やがて子を成しました。その後も緩やかに適応した人は現れ始め、千年後の現在、その最初の名を冠したクシム種は長命種として、主に研究と引き換えに先進国の中で手厚く保護されているのです。


 食事が終わる頃、テレビ端に映る時計は、七時四十五分を指していた。




「いたっ! なんなのもうっ、こんな所で!」


 出勤後、研究施設の中庭。

 カランコエの多色一株など、研究中の多種多様な植物が植えられた中でも、見栄えの為の生垣がある場所、その裏の近道にされているところを通りがかった時。

 ハーニィは何かにけつまづいた。

 あわやのところで体勢を整え振り返ると、生垣の死角になるところに、気持ちよさそうに誰かが寝ている。

 肩まである銀灰色の髪の毛、磁器のように白い肌、長いまつ毛、閉じられていてもわかる二重の大きな瞳。

 クシム種だ。


 この研究室でも数名雇っていると聞いてはいたが、ハーニィが現物を見るのは初めてだった。

 思わず見惚れて視線をやっていたが、その瞼が揺れ、彼女は慌ててその場を去ることにした。


「面倒は御免だわ」


 そうして足早に、もとより向かっていた研究室に差し掛かると、同僚が持ち込んだ衛星ラジオのスピーカーからタイムリーな話題と、それを元に無駄話をする声が飛び込んでくる。

 何度叱られても、悪癖が治らないらしい。


『……先日行われた世界クシム会議にて、日本政府は今後のクシム種への保護の切り替えに関する提言を……』


「全く、ずるいったらありゃしねぇぜ。ただ単に長く生きるってだけの生き物を税金食わして養ってやんなきゃなんねぇってんだから、俺らは働き損さ」

「でも私達のいくつかの病気への特効薬は、クシム種が開発に協力したから実用化したものでしょう?」

「けど結局、どれだけ研究しようが動きながら長命になるような発見は、されずじまいじゃないか。長命の機序もわかってなけりゃ、どの遺伝子が要因かすら未だ不明。腸内細菌の可能性も研究されてるけど道半ば。恩恵がなさすぎるよ」


 部屋から同僚たちの議論とも呼べない愚痴が聞こえてきて、もう何回目かという堂々巡りの会話に眉を顰めたくなるのを堪えると、ハーニィは虹彩認証を済ませそのドアを開けたのだった――。


 仕事終わり。

 ふと気になって昼間に通った中庭を見てから帰ることにしたハーニィは、ついついお節介にも生垣のそばを覗き込んでおくことにした。

 すると、昼と変わらぬ格好をして、寝息もろくに立てずにクシム種が眠っていた。


「そろそろこの気候じゃ、風邪をひいてしまうのではないかしら……」


 さらなるお節介虫が騒いで、ハーニィはその肩を揺すってしまう。

 「……ん」という声とともに、その長いまつ毛に縁取られた瞼を上げたクシム種は、その真緑の鉱石のような瞳をハーニィに投げた。

 彼女の頬が薔薇色に染まり咲く。


「……誰」


 声までも、透き通り向こう側が見える水晶のような声音だった。


「同じ研究所の所員よ、風邪をひくんではないかと、思って」


 ひりつく喉を振り絞って、ハーニィはこたえた。


「ああ、君が、そう」


 何もかも、見透かすような声。

 実際クシム種は寝ている間も耳は動き、百キロ先、またどの音を拾うかまで細かくより分け聞くことができるという。

 また、その記憶は出し入れ自在だ、とも。その生まれ持った特性で、恐らくはハーニィの事もあらかた知っていたのだろう。

 ぞっとしない薄ら寒さに、改めて、違う種族なのだという思いが強くなった。


「この前……」

「え?」

「失せ物は、研究室、棚と棚の隙間、だ」


 ゆっくりと起き上がりながら発せられた言葉を、ハーニィは最初、うまく飲み込めなかった。

 そのうちに、ゆらりと立ち上がって、クシム種はゆっくりと、研究棟の方へと遠ざかって見えなくなる。

 その背中を追いながら、ハーニィはそういえばと、五百円玉をなくした事を思い出していた。


 数日後。

 根白にしていると噂されている研究棟の一室の前に、ハーニィは緊張した面持ちで立っていた。

 勇気を出してノックをし中の人へと声をかけた。


「二班のハーニィ・ティナです、どなたかいらっしゃいませんか」


 返事がない。

 体感五分ほど経ってから、ドアが開いた。


「……何か、用。まぁ、立ったまま、というのも何だし……そこ、座って」


 お目当ての人物は相変わらずゆったりとした物言いで、入り口近くの椅子を指差し自身は少し奥の椅子へと腰掛けた。

 揺れる銀灰色の頭髪が、日を浴びて綺麗だ。

 椅子に座りながら、見知らぬ場所、しかもあのクシム種のテリトリーとも言える部屋とあって、ハーニィはついおどおどと視線を彷徨わせる。

 乱雑に物が積まれ、研究のための機材だけが規則正しく存在するそんな室内。

 ただ一人のためだけの部屋なのか、他に人はおらず。

 その様子に少しだけ彼女は安心した。

 他のクシム種とは鉢合わせしたくなかった。


「……ああ、そういえば君、この前の……」


 ハーニィに気づいていなかったクシム種は、気づいてさえ興味のなさそうな表情でそれだけを口にした。


「この間はありがとうございました。ご助言通りの場所を探したら、見つかりました」


 ペコリとお辞儀し、ハーニィはお礼にとその一部を使って買ったクシム種用の高カロリーお菓子を相手の眼前に突き出す。

 クシム種は一瞬キョトンとした後、ふわりと、とても嬉しそうにはにかむものだから、それだけでハーニィの心臓が早鐘を打った。


「よかった。けど、僕のところに来て、しまって……大丈夫?」


 どきりとする質問だった。

 今クシム種は微妙な立場にいる。

 六百年にわたる手厚い保護により種の人口が徐々に増えた。

 結果、生活への補助金等々が、短命種である人に税金の引き上げという形で重くのしかかりだしたのだ。

 不満は当事者であるクシム種にも向けられ、罵り、時に暴力沙汰。

 事件にもいくつかなってしまい……結果、短命種が長命種と一緒にいることは無くなった。

 労働を免除されていることも、状況悪化に拍車をかけている。

 一部の、こうして目の前にいるようなクシム種などは特性を使い仕事をしているものの、決してその数は多くはない。


「大丈夫じゃなくても、恩を仇では返したくないのよ」


 やっとのことでそれだけ言ったハーニィは、お礼を手にして悲しげに微笑むその姿に、ぎゅっと心臓を掴まれたようになる。


「もう、来ない方が、いい」


 するりと立ち上がると、ハーニィの手を取り部屋の外へと連れて行くクシム種。

 その固い意志を象徴するような、ひんやりと、けれどきちんと男の人とわかる骨張った手に目を奪われたまま。

 気づけばハーニィは廊下に立ち尽くしていたのだった。


――……政府はこの度起きたテロ事件をクシム種によるものと断定、関係各所への……


 帰宅後適当につけたテレビが、この間起きた事件の概要を滔々と流している。

 犯人は働いていてとても高い知能の持ち主だとか、いろいろと好き勝手に言っている。


「大体、クシム種は高知能じゃなければ働き口がないじゃない……」


 見るともなしに眺めながら、ハーニィは部屋の中で独りごちた。

 あれから時たま研究棟でクシム種を見かけた。

 見かけると会いに行きたくなって、つい探してしまう。

 そのうちに、クシム種に会いたくなって、ハーニィは「珍しい高カロリー食を見つけた」などと理由をつけては研究室へと足を向けるようになっていた。

 最初は難色を示していたクシム種も、何度も行くうち、態度が軟化していった。

 大抵は中庭でだったが、穏やかに話す、もしくはそのほとんどを寝て過ごすクシム種の側は喧騒が遠く居心地が良かった。

 今日も、他愛もないことを話しながら休み時間を過ごした。


「そういえば、何の研究をしているの?」


 そうたずねるハーニィに、ゆっくりと言葉を選びながら、クシム種は説明する。


「花における、改良種と、野生種の、分布の違い、とか。寄生植物の、種別とその活用について、とか、いろいろ……」

「ふぅん」


 なんとなく、一緒にいる。

 そんなことは初めてで。

 ふと、見つめ合う時間があって。どちらともなく、顔を近づけたり。

 なんてことに、なって――。

 何度か交流を繰り返して、ハーニィは初めて相手の首に下がっているIDカードを目に入れた。

 クシム種、彼はロンジェ・ケーシーというらしかった。

 思い返すだけで、ハーニィは意味もなくリビングで転げ回ってしまいそうになる。

 二十五にもなって恥ずかしい話だが、この手の経験とは縁のなかったものだから、これが正しい手順なのかが、いまいちハーニィにはわからなかった。


「お母さんが生きていれば、相談できたかしら」


 一人きりの広いリビングに、ハーニィの声だけがポツリと響いた。




「なぁ知ってるか、この前のテロ事件って実はクシムがクーデター起こそうとしてたんだって」


 出勤しての仕事中、相変わらずの同僚がお喋りを始めた。


「そんな、嘘でしょう? クシムは長時間活動できないっていうじゃない。どうやって長いこと目覚めておくのよ」


 見ると実験の合間に時間ができたようだ。

 手元の端末をいじりながら、有る事無い事噂話をしている。

 テロがクーデターだっただの、薬を使って目覚め続けるだのと、いつものことながら正誤のわからない事をよくあれだけ話せるものだ、とハーニィはため息をついた。

 上がってきた実験のデータを手早く精査し終わると、そんな煩わしさから離れたくなって、いつものように、中庭へと自然に足が向いた。

 茂み越しに見ると、今日は珍しく起きているらしい。

 声をかけようとした時――ふとロンジェが、手のひらにのせた薬のようなものを口に含むのが見えた。

 ……長命種は、高カロリーの専門食意外口にせず、その遺伝子の特異性からおおよそ短命種が開発してきた薬の類は効かないどころか毒になる――。

 大学のカリキュラムでそう教わったハーニィの脳裏に、同僚達の声がこだました。


『特殊な薬を使って目覚め続けるらしいぜ』


 その瞬間、ゆっくりと後ずさると、彼女は踵を返して研究棟へと戻ったのだった。

 まんじりともしないまま明け方眠りについたハーニィは、定刻より少し寝坊をした。

 慌てて職場に連絡を入れながら、いつもの通勤路を足早に通り過ぎる。

 雑踏の中、灰色の髪色の人などいない。

 当たり前だ、徒歩で通勤できるクシム種など存在しない。

 ハーニィの顔が歪む。

 ロンジェは、どこに住んでいたんだろう。

 それすら知らない自分が、ひどくちっぽけに思えた。


 なんとか始業ギリギリに滑り込むことに成功し、ホッと胸を撫で下ろす。

 右手をを読み取り器にかざして敷地内に入ったところ「下がってください! そこ、動画を撮らないでください!!」という誰かの声と、別の班の同僚達が発する騒つきが耳に入ってきた。

 声のする方へと視線を向けると、丁度、警察官が複数人で誰かを移送する最中のようだった。

 ハーニィは、何か嫌な予感がしてその辺にいる研究員を捕まえて尋ねた。


「何かあったんですか?」

「ああ、どうやらクシム種が逮捕されたらしい。うちから犯罪者が出るとか、来年次の研究予算がおりてくれるといいんだけど……いい迷惑だ」


 その年嵩の研究員の迷惑そうな言葉を聞いてすぐ、ハーニィはハッとしながら目を凝らした。

 警官の屈強な肉体の隙間から、ちらちらと、灰色の髪が陽の光を反射しているのが見える。

 と、顔が少しだけ窺えた。

 ――あの中庭にいた、ロンジェ……クシム種だ。

 ハーニィは、一瞬息をつめた後、細く細く息を吐き出した。

 彼女はしばし立ち尽くす。

 その後、口をぎゅっと結ぶと、その場から離れていった。


 数日は散々だった。

 彼女の仕事は精彩を欠き、ミスを連発した。

 上司にも怒られ、後輩からは冷たい目で見られ始めた。

 ハーニィは自分がなぜ不調なのかがわからない。

 いつも通りの朝、いつも通りの通勤、いつも通りの仕事。

 そのはずなのに。ちっともいつも通りにならない。

 自分で自分に苛立ちながらも仕事を進める。


 そうしてひと月。

 ついに上司から強制的に有給を取るように言われてしまう。

 ハーニィは自分が情けなかった。

 悔しくて、気づけば足が中庭へと向かってしまっていた。

 逮捕されたクシム種がいた、あの場所。


「きゃっ」


 通りがかると、またも誰かがいて、ハーニィはつまづいてしまった。

 もしかして――。

 ハーニィが期待して立ち上がり振り向くと、そこには広い範囲に長く散った銀灰色の髪、白磁のような白い腕を枕にし、見知らぬクシム種が寝転がっていた。

 けれど瞳は開いていて、緑ではなく、つやめいた紫水晶のような眼球が彼女を射抜いている。


「ご、御免なさい」


 ハーニィは思わず謝罪した。


「大丈夫、気にしてない」


 クシム種にしては、明瞭な話し方。

 彼女はどきりとした。

 まじまじと相手を見てしまう。


「何? ああ、ボクの話し方か。この研究所にクシム種が所属しているのは知ってる?」

「……はい」

「所外秘だけど、ボクらは長命種の短命化の研究をしてるんだ。これは、その成果」


 ふわりとクシム種が微笑む。


「せっかく長生きできるのに、何故……」


 ハーニィの口から思わずと言ったふうに出た言葉は、おおよそ短命の人から出る羨望の色を纏っていた。


「長生き、ね……。君は、生きるってどういう事だと思う」

「え?」

「確かにボクらは長い時を生きる。そのほとんどを眠ることによって。意識こそ短命種と同じ位には覚醒させることができているけれど……それによって、むしろ悲しむ者も多い」

「それは、どういう……」


 無遠慮に聞いてくるハーニィに、クシム種はいきなり自分の着ていた白シャツをズボンからたくしあげる。


「何を…………!!」


 ハーニィは言いかけて、自分の口を両手で塞いだ。

 思わず、叫びそうになったからだ。

 そこには、紫や青といった色使いも鮮やかな、薔薇の刺青が腰から腹の中心にかけて描かれていた。


「……これは、ボクの意志じゃあ、ない。寝ている間に玩具にされた、忌々しい烙印だよ」


 吐き捨てるようにクシム種は言った。


「保護してくれるような奇特な人もいるが、大抵はこうして、悪戯に好きなようにされてしまう。意志を持ち、けれど体が動かぬことによって簡単に人形のような扱いをされる。痛くても、何をされても、物言えぬ口はガラクタ同然だ。後に訴えるだけの稼働時間も、相手に罪の意識を持ってもらえるだけの発言時間もない」


 ハーニィの瞳が、見開かれる。


「……ごめん……なさい」


 震える唇から、声が漏れた。


「君が謝ることじゃないよ」


 クシム種は諦めたような、少しホッとしたような面持ちで、シャツを下げながら告げる。


「君がハーニィかな、確かに、よくできたお嬢さんだ」

「何故、名前を?」

「逮捕された彼が言っていた、最近、仲良くなった子がいるんだって。とても素敵な子だと、嬉しそうに」


 その言葉にハーニィの頬が真っ赤になった。

 本人は無自覚に。

 それを見てとると、クシム種は人好きのする微笑みを頬にのせ、口を開いた。


「彼は無実だ。きっと、それは君がよく知っていると思う」


 彼女は思い返す、自分が会っていた間に何を言っていたか、していたか――。


「ありがとう! 私、自分が何をすべきかがわかった気がするわ」


 言うなりハーニィは駆け出した。

 留置所へ、面会を申し込むために。


 クシム種が逮捕されてから六ヶ月後。

 ハーニィは証言台に立っていた。

 自身が志願し、裁判に証人として出廷することを決めたのだ。

 同僚であるクシム種が職場でどんな仕事をしていたか、その熱心さ、常に長い時間眠っていたことなどを証言した。

 同僚である紫の瞳のクシム種も出廷し、勤務態度や生活態度などを証言し援護した。

 結果、クシム種は冤罪ということで無罪を勝ち取った。

 それからしばらく後、手続きを踏んでクシム種はいくばくかの補償金と共に留置所から釈放された。

 何度も留置所へと面会に行き、自身の気持ちを告白していたハーニィは、二人で一緒にいるという未来をも、勝ち取ることに成功したのだった。


「ハーニィ、ありが、とう」


 クシム種が、ハーニィの肩に顎を乗せながら彼女の背に腕を回している。

 柔らかく、花開くように微笑みを浮かべながら抱擁をしてきたクシム種に、ハーニィは留置所から救い出したことを誇らしく思いつつ返事をする。


「なんてことないわ、だってあなたのためだもの」


 ハーニィの頬が桃のように熟れる。

 そこに新雪のような白い手を添えながら、クシム種は笑みを深めた。

 自然と顔が近づいていき、お互いのシルエットが重なった頃。

 二人で選んだ新居に置いた、真新しいテレビ。

 その中でキャスターが、淡々とニュースを読んでいるのが映し出された。


――……テロと思われた事件がクーデターとの認定後、一転して、短命種によるデマ及びそれを事実にするための犯行だったということが、警察の調べにより判明しました……


――……今期国会において議論の進められていた長命種保護法にかわる新法、長命種維持管理法が賛成多数で可決され、来年四月の施行に向け――


 クシム種は、口づけの終わったハーニィをまた抱き込むと、緑の眼光鋭くニュースに耳をそばだてた。


「……どうか、したの?」


 動きの止まったクシム種に、彼女が少し異変を感じ、たずねた。


「いいや、なんでも、ないよ」


 微笑みながらこたえたクシム種は、そのまま彼女を寝室へといざなったのだった。

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