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百人百彩 〜短編集〜  作者: 三屋城 衣智子


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13/14

13▷ クシム種 ―ハーニィと緑鉱石の瞳―(水平線文庫用文字圧縮版)(5004文字)[SF×寿命×恋愛?]

 西暦二五二四年。

 先進国の中、ごく一部のコミュニティで人類への絶望感から、最低限の生命維持を(うた)う集団が現れた。

 彼らはまるでコアラのように、高カロリーの食事をごくたまに()り、そのほかの時間を寝て過ごすようになった。

 自然、元来の生活方法から逸脱(いつだつ)した方式は合わぬ人には毒となり、その命を奪ってしまう。


 しかし。

 群の中で偶然適応した最初の人が現れる。クシムという名のその青年は、後年同じく適応した女性と恋仲になり、やがて子を成した。

 その後も緩やかに適応した人は現れ始め、千年後、その最初の名を(かん)したクシム種は長命種として、主に研究と引き換えに先進国の中で手厚く保護されている。


 ※※※


「いたっ! なんなのもうっ、こんな所で!」

 研究施設の中庭、カランコエの多色一株など、研究中の多種多様な植物が植えられた中、生垣がある場所を通りがかった時、ハーニィは何かにけっ(つまず)いた。

 あわやのところで体勢を整え振り返ると、生垣の死角になる所に、気持ちよさそうに誰かが寝ている。

 灰色の髪の毛、白い肌、長いまつ毛、閉じられていてもわかる二重の大きな瞳。

 クシム種だ。


 この研究室でも数名雇っていると聞いてはいたが、ハーニィが現物を見るのは初めてだった。

 思わず見惚れて視線をやっていたが、その瞼が揺れ、彼女は慌ててその場を去ることにした。


「面倒は御免だわ」


 そうして足早にもとより向かっていた研究室に差し掛かると、丁度部屋のスピーカーに流れるラジオからタイムリーな話題が飛び込んでくる。


『……先日行われた世界クシム会議にて、日本政府は今後のクシム種への保護の切り替えに関する提言を……』

「全く、狡いったらありゃしねぇぜ。ただ単に長く生きるってだけの生き物を税金食わして養ってやんなきゃなんねぇってんだから、俺らは働き損さ」

「でも私達の幾つかの病気への特効薬は、クシム種が開発に協力したから実用化したものでしょう?」

「けど結局、研究しても動きながら長命になるような発見は、されずじまいじゃないか。恩恵がなさすぎるよ」


 同時に同僚たちの何回目かの議論が聞こえてきて、眉を(しか)めたくなるのを(こら)えながらドアを開けたのだった。


 仕事帰り。

 ふと気になって昼間に通った中庭を見てから帰ることにしたハーニィは、ついついお節介にも生垣のそばを覗き込んでみた。

 すると、昼と変わらぬ格好をして、寝息もろくに立てずにクシム種が眠っていた。


「そろそろこの気候じゃ、風邪をひいてしまうのではないかしら……」


さらなるお節介虫が騒いで、ハーニィは無意識にその肩を揺すってしまう。

「……ん」という声とともに、その長いまつ毛に縁取られた瞼を上げたクシム種は、その真緑の鉱石のような瞳をハーニィに投げた。

 彼女の頬が薔薇色に染まり咲く。


「……誰」


 声までも、透き通り向こう側が見える水晶のような声音だった。


 「同じ研究所の同僚よ、風邪をひくんではないかと、思って」


 ひりつく喉を振り絞って、ハーニィはこたえた。


「ああ、君が、そう」


 何もかも、見透かすような声。

 実際クシム種は寝ている間も耳は動いているという。

 それで知っていたのだろう。

 ぞっとしない薄ら寒さに、改めて違う種族なのだという思いが強くなる。


「この前……」

「え?」

「失せ物は、研究室、棚と棚の隙間、だ」


 ゆっくりと起き上がりながら発せられた言葉を、ハーニィは最初、うまく飲み込めなかった。

 そのうちに、ゆらりと立ち上がって、クシム種はゆっくりと研究棟の方へと遠ざかって見えなくなる。

 その背中を追いながら、ハーニィはそういえばと、五百円玉をなくした事を思い出していた。


 数日後。研究棟の一室の前に、ハーニィは緊張した面持ちで立っていた。

 勇気を出してノックをしドアを開ける。


「二班のハーニィ・ティナです、入ります」


 乱雑に物が積まれ、研究のための機材だけが規則正しく存在するそんな室内の中にあって、お目当ての人物はすぐに目星がついた。

 他に人はおらず、彼女は安心して彼の近くへと足を向けた。


「……ああ、この前の……」

「この間は有難うございました。ご助言通りの場所を探したら、見つかりました」


 ペコリとお辞儀し、ハーニィはお礼にとその一部を使って買ったクシム種用の高カロリーお菓子を相手の眼前に突き出す。

 彼は一瞬キョトンとした後、ふわりと、とても嬉しそうにはにかむものだから、それだけでハーニィの心臓はバクバクしてしまった。


「よかった。けど、僕のところに来て、しまって……大丈夫?」


 それはどきりとする質問だった。

 今クシム種は微妙な立場にいる。

 長きにわたる手厚い保護によりその数を緩やかにだが増やした種への、補償金等々が、短命種である人に重くのしかかり出したのだ。

 短命種の多くは長命種を嫌っている。

 労働を免除されているのも、状況悪化に拍車をかけている。

 一部のクシム種などは特性を使い仕事をしているものの、決してその数は多くはない。


「大丈夫じゃなくても、恩を仇では返したくないのよ」


 やっとそれだけ言ったハーニィは、お礼を手にして悲しげに微笑むその姿に、ぎゅっと心臓を掴まれたようになる。


「もう、来ない方が、いい」


 するりと立ち上がると、ハーニィの手を取り部屋の外へと連れて行くクシム種。

 その固い意志を象徴するような、ひんやりと、けれどきちんと男の人とわかる骨張った手に目を奪われたまま。

 気づけばハーニィは廊下に立ち尽くしていたのだった。


『……政府はこの度起きたテロ事件をクシム種によるものと断定、関係各所への……』


 帰宅後適当につけたテレビが、この間起きた事件の概要を滔々(とうとう)と流している。

 犯人は働いていて知能が高いだとか、色々と。


「大体、クシム種は高知能じゃなければ働き口がないじゃない……」


 食事をしながらハーニィは部屋の中で独りごちた。

 あれから時たま研究棟でクシム種を見かけた。

 見かけると会いたくなって、つい探してしまう。

 最初は難色を示していた彼も、何度も会ううち、態度が軟化していく。

 大抵は中庭でだったが、穏やかに話す、もしくはそのほとんどを寝て過ごす彼の側は喧騒(けんそう)が遠く居心地が良かった。

 なんとなく、ハーニィはその時間に意味を感じはじめていた。


 ※※※


「なぁ知ってるか、この前のテロ事件って実はクシムがクーデター起こそうとしてたんだって」


 お喋り好きの同僚達が、実験の合間に有る事無い事噂話をしている。

 テロがクーデターだっただの、薬を使って目覚め続けるだのと、いつものことながら正誤のわからない事をよく話せるものだ、とハーニィはため息をついた。

 上がってきた実験のデータを手早く精査すると、そんな(わずら)わしさから離れたくなって、中庭へと自然足が向いた。

 茂み越しに見ると、今日は珍しく起きているらしい。

 声をかけようとした時――ふと彼が、手のひらにのせた薬のようなものを口に含むのが見えた。

 ……長命種は、高カロリー専門食意外口にせず、その遺伝子の特異性からおおよそ短命種が開発してきた薬の類は効かないどころか毒になる――。

 大学のカリキュラムでそう教わったハーニィの脳裏に、同僚達の声がこだました。


『薬を使って目覚め続けるらしいぜ』


 その瞬間、ゆっくりと後ずさると、彼女は踵を返して研究棟へと戻ったのだった。


 まんじりともしないまま明け方眠りについたハーニィは、定刻より少し寝坊をした。

 いつもの通勤路を足早に通り過ぎる。

 雑踏の中、灰色の髪色の人などいない。

 なんとか始業ギリギリに滑り込むことに成功し、乱れた息を整えた。

 入所カードをかざして敷地内に入ったところ、「下がってください! そこ、動画を撮らないでください!!」という誰かの声と、同僚達のざわつきが耳に入ってきた。

 声のする方へと視線を向けると、丁度、警察官が複数人で誰かを移送する最中のようだった。

 ハーニィは、何か嫌な予感がしてその辺にいる研究員を捕まえて尋ねた。


「何かあったんですか?」

「ああ、どうやらクシム種が逮捕されたらしい。うちから犯罪者が出るとか、研究の来年次予算がおりてくれるといいんだけど……いい迷惑だ」


 その言葉を聞いてすぐ、ハーニィはハッとしながら目を凝らした。

 チラチラと警官の屈強な肉体の隙間から、灰色の髪が陽の光を反射しているのが見える。

 と、顔が少しだけ(うかが)えた。

 ――彼だ。

 ハーニィは、一瞬息をつめた後、細く細く息を吐き出した。

 彼女はしばし立ち尽くす。

 その後、口をぎゅっと結ぶと、その場から離れていった。


 数日は散々だった。

 彼女の仕事は精彩を欠き、ミスを連発した。

 上司にも怒られ、後輩からは冷たい目で見られ始めた。

 ハーニィは自分がなぜ不調なのかがわからない。

 いつも通りの朝、いつも通りの仕事。

 なのに。

 ちっともいつも通りにならない。

 自分で自分に苛立ちながらも仕事を進める。


 そうしてひと月。

 ついに上司から強制的に有給を取るように言われてしまう。

 ハーニィは自分が情けなかった。

 悔しくて、気づけば足が中庭へと向かってしまっていた。

 逮捕された彼がいた、あの場所。


「きゃっ」


 通りがかると、またも誰かがいて、ハーニィは躓いてしまった。

 もしかして――。


 ハーニィが期待して立ち上がり振り向くと、そこには灰色の髪、白磁のような白い腕を枕にし、見知らぬクシム種が寝転がっていた。

 とはいえ、その瞳は開いていて、つやめいた紫水晶のような眼球が彼女を射抜いている。


「ご、御免なさい」


 ハーニィは思わず謝罪した。


「大丈夫、気にしてない」


 クシム種にしては、明瞭(めいりょう)な話し方。

 彼女はどきりとした。

 まじまじと相手を見てしまう。


「何? ああ、僕の話し方か。この研究所にクシム種が所属しているのは知ってる?」

「……はい」

所外秘(しょがいひ)だけど、僕らは長命種の短命化の研究をしてるんだ。これは、その成果」


 ふわりとクシム種が微笑む。


「せっかく長生きできるのに、何故……」


ハーニィの口から思わずと言ったふうに出た言葉は、おおよそ短命の人から出る羨望(せんぼう)の色を(まと)っていた。


「長生き、ね……。君は、生きるってどういう事だと思う」

「え?」

「確かに僕らは長い時を生きる。そのほとんどを眠ることによって。意識こそ短命種と同じ位には覚醒させることができているけれど……それによって、むしろ悲しむ者も多い」

「それは、どういう」


無遠慮に聞いてくるハーニィに、クシム種はいきなり自分の着ていた白シャツをたくしあげる。


「何を、……!!」


 ハーニィは言いかけて、自分の口を両手で塞いだ。

 思わず、叫びそうになったからだ。

 そこには、色使いも鮮やかな、薔薇の刺青が腰から腹の中心にかけて描かれていた。


「……これは、僕の意志じゃあ、ない。寝ている間に玩具にされた、忌々しい烙印(らくいん)だよ」


吐き捨てるように彼は言った。


「保護してくれるような奇特(きとく)な人もいるが、大抵簡単に人形のような扱いをされる。痛くても、何をされても、物言えぬ口はガラクタ同然だ」

「……御免、なさい」

「君が謝る事じゃないよ」


 クシム種は、少しホッとしたような面持ちで告げる。


「君がハーニィかな、確かに、よくできたお嬢さんだ」

「何故、名前を?」

「逮捕された彼が言っていた、最近、仲良くなった子がいるんだって。とても素敵な子だと、嬉しそうに」


 その言葉に彼女の頬が薔薇色に染まる。

 本人は無自覚に。

 それを見てとると、クシム種は安心して口を開いた。


「彼は無実だ。きっと、それは君がよく知っていると思う」


 ※※※


 三ヶ月後。

 ハーニィは証言台に立っていた。

 同僚であるクシム種が職場で何をどのように言っていたか、その言い方、常に長い時間眠っていたこと。

 結果、クシム種は冤罪ということで無罪を勝ち取る。


「ハーニィ、ありが、とう」


 柔らかく、花開くように微笑むクシム種に、ハーニィは自分のしたことを誇らしく思いながら返事をする。


「なんてことないわ、だってあなたのためだもの」


 ハーニィの頬が桃のように熟れる。

 そこに新雪のような白い手を添えながら、クシム種は笑みを深めた。

 そうしてお互いのシルエットが重なった頃。

 二人で選んだ新居に置いた、真新しいテレビに映るキャスターが淡々とニュースを読む声が、流れ続けていた。


『テロと思われた事件がクーデターとの認定後、一転して、短命種によるデマ及びそれを事実にするための犯行だったという事が、警察の調べにより判明しました……』

『……今期国会において議論の進められていた長命種保護法にかわる新法、長命種維持管理法が賛成多数で可決され、来年四月の施行に向け――』

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