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1▷ 黒いしっぽで結ぶ (2714文字)[猫×船旅×指輪]

 汽笛が鳴る。

 颯爽と乗り込んだはいいが、生憎、行き先がとんとわからぬ。

 ゆるりと外周を巡回し、喧嘩したり、愛を語らったり、遊びまわったりする小さき者たちの合間を縫って進む。

 歩くうち先頭へとついた。いっそう強い風が頬を打つ。

 心地よいものだ。

 黒き尻尾の先で甲板を右に左にと、叩いた。




 痛い!

 何やつだわたしの尻尾を踏んづけるのは。

 後ろを見やると、ひどく顔の青ざめた男が、立っていた。

 威嚇をすると申し訳なさそうにしつつ、慌ててのける。

 木のような色をしたズボンに、雲のような白いカッターシャツ、頭にはズボンと同じ色した帽子がのっている。

 石鹸の匂いがした。

 それからほのかに、酒の匂い。

 酔っ払いか。

 わたしはそう判断すると、もう一度船の先頭からずっと先を見据えた。

 風が心地よく吹いている。

 ひとしきり塩の匂いの混じった空気を堪能すると、場所を変えて昼寝でもするかと、歩き出した。


 すると。

 尻尾の先にひいやりとした、感触。

 確認してみると、それは硬い輪っかのようだった。

 尻尾を使い、持ち上げてみると、ちょうどの大きさだったのかすっぽり付け根へと入っていった。

 ふむ。

 触れ心地は悪くない。

 わたしは満足すると、歩を進めた。


「……っ」

 潮風受ける通路。

 泣いている女がいた。

 つばひろの帽子には海のような青いリボン。

 風にはためき揺らめきが美しい……いかん、野生で飛びかかりたくなった。

 自分を戒める。

 女性には紳士でなくちゃならん。

 たまにご飯をくれるのは女が多い、一飯の恩知らずにはなりたくない。

 これまた今乗る船の色、つまり雲の色して蝶のようなひらひらした衣服も、風に舞って楽しそうだ。

 だのに泣いている。

 わたしは鈴のようで良いと評判の声を、喉を整え発した。

「お嬢さんどうしましたか」


「みゃあお」

「あら、猫ちゃん」


 女は振り返りざま涙を拭うとこちらを見、その目をまん丸にした。


「どこから乗っているのかしら、貴方野良猫さん?」

「わたしはしがない風来坊、どこかから来て好きに行くのが仕事」


 女はスカートを膝裏にたたみながら、綺麗にそばへとしゃがみ込んできた。


「そう、そうよね。気まぐれに船に乗りたくもなる、そういう日もあるわよね」

「うにぁあ」


 片方の手でスカートを気にしながら、もう片方のほっそりとたおやかな手が、わたしの顎下をなぞった。


「私、お誘いを受けてこの船に乗ったの。きっと楽しい旅になる。そう信じていたのだけど……あの人ったら、上の空だし、しまいには青ざめているのよ。何か悪い知らせを私に告げるのかと思って、つい、はっきりしない人は大嫌いと言ってしまった」

「それは災難。けれどそれは少々決めつけでは?」

「もうずっと長いこと、そうね、四週間はそんな感じなのよ。心ここに在らず。何か言いかけてはよくやめているし。(うたぐ)るな、と言う方が無理な話よ」

「みゃ……」


「それは……そう」

 ひっくり返ったその腹を撫でてもらいながら、わたしは同意した。

 情けない雄もいるものである。

 素敵なお嬢さんをゲットするなら、ネズミの一つやスズメの二つ、用意して突撃するのが甲斐性というものだ。


 そこでふと、自分の尻尾によいものがはまり込んでいることに気づく。

 キラキラしているのだから、幾分か気分も上がるだろう。

 わたしは腹を見せることをやめ、居住まいを正した。

 女の方を見ていたが、ゆったりと向きを後ろへと変える。

 これで、あのキラキラした輪っかも女の目に入るだろうか。

 右に左にと、良い考えに満足した尻尾が揺れる。


「みやぁお」

「なあに? 猫さん。尻尾の付け根が光っているけれど……指輪?」

「指輪というのか。さっき拾ったのだ、あなたにあげよう。人はこれが好きだろう?」

「くれるというのかしら? ありがとう」


 礼を言うと、女はわたしの尻尾からその指輪とやらをゆっくりと、引き抜いた。

 すうすうとした付け根に少しの寂しさを感じながら、わたしは女の方を振り返る。


「けれど持ち主がいるはずだから、ちゃんと返し…………っ!」


 すると、女の目が驚きに見開かれた。

 みるみるうちに、また、涙が目一杯に溜まりポロポロとこぼれ出す。

 どうしたというのか、人はこれを見ると嬉しさで晴れ晴れとした顔になるのではなかったか。

 わたしは狼狽え、女の周りをぐるぐるとまわった。


「なんてこと、本当に? だけど別人かも……」


 女は、よくわからないことを言っている。


「蝶子さん、蝶子さん!」


 とそこへ、男の大きな声が聞こえてきた。


「達郎さん……!」


 女が、立ち上がる。


「あっ! それ」


 男が、声を上げた。


「達郎さんのものなの?」


 手のひらにのせていた指輪とやらのことだろう、男の方に角度をつけて見せながら、女が尋ねた。

 男は、ポリポリと頭をかいて、赤くなったり青くなったりと忙しなく表情をくるくると変えながら、やがてがっくりと肩を落とした。


「僕が君に渡すつもりだったんだ。どこでそれを?」

「この猫ちゃんが、尻尾にはめていたのよ」

「猫が? あっ!」


 男がこちらを見た。

 わたしも男を見た。

 瞬間怒りが込み上げ、フーッと威嚇する。

 こやつ、わたしの尻尾を無礼にもふんずけた奴だ!


「ご、ごめんごめん!」


 男は、後ずさりながらも謝罪を繰り返した。

 自慢の尻尾なのだ、許すわけにはいかぬ。

 だが。

 わたしはそこで思い返した。

 男に対して臨戦体制のままだと、女が気兼ねをするやも知れぬ。

 女のためには矛を収めねばならぬだろう、と自分を宥めることに決めた。

 意思表示として、ひと睨みした後その場に大人しく寝そべる。


 その様子に安心したのか、男が唾を飲み息を整える気配がした。

 頬が、紅色に染まっている。

 手には力が入っているようで、ぎゅっとしているからか節が目立ち、肌のしっとりとしている様子がわたしの目にも明らかだ。

 空気が緊張している。

 心なしか、女の表情にも真面目さが浮かんでいるようだった。


「蝶子さん」

「はい、達郎さん」


 男は、女の手を握るとその中にあったピカピカの輪っかを手に取った。


「僕と結婚してくれませんか?」


 緊張した面持ちの男。


「はい……っ!」


 今にも泣き出しそうな、女。

 悲しいのかと思ったが。

 男が喜色満面に輪っかを女の指にはめると、それはもう晴れやかに、まるで頭上に広がる青い空のような表情をした。

 何やら、良いことが起こったらしい。

 往来での出来事だから、遠巻きに通路で固唾を飲んでいたらしき観衆たちが口笛を吹いたり、拍手を送ったりと賑やかになる。

 どこかから、よっ御両人、という言葉が二人に降りそそいだ。

 男がさっきとは打って変わって華やいだ顔になり、女の腰に両手を当て抱っこをした。

 驚き、涙ぐみながらも、微笑む女が男の頬にキスをした。

 拍手喝采、大きなおめでとうの大合唱がどこからともなく始まり、やがて二人を飲み込んだのだった。

 お読みいただきありがとうございました!

 この作品は、冒頭140文字ほど『「言葉の舟」刊行記念140字小説コンテスト作品』に出したものになります。

 掲載するにあたって、文字数が足りないのもありますが、ちょっとした短編にあつらえるのも楽しいかも?と思い物語を考えました。

 そうして出来上がった短編ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

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