表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

誰かの望み

 狭山が息を吐いた。

「そこから、自分の望みより罪悪感が広がるようになった。私たちは間違ったと、思い始めた。私が行動に起こしたのは研究所が火事になった時だ」

「そこは聞きましたね。データを消したって」

 加賀の言葉に狭山は頷いた。

「あぁ。だが、それだけではない。研究所以外にも成果を保管していたし、何より。私と瓜巣の存在はデーターベースそのものと言っていい」

 狭山は一度、言葉を区切った。一息吸ってから続ける。

「私は火事の日、薬をもって逃げだした瓜巣所長を追いかけた。そして襲いかかった」

「死んだと、思っていたからなんですね」

 加賀は狭山の態度に納得がいった。

「それから私の知る限りの瓜巣所長に関連する場所に行き、残った資料を消し去った。最後に私自身、というところでトメノウに遭遇した。薬が誰かに渡ったことを疑い、銃を開発し、今に至るというわけだ」

 ペットボトルのお茶を飲んで「長々と悪かったね」と言って、狭山は話を締めくくった。

「この話を聞いた上で、改めて頼む。瓜巣所長を一緒に止めてほしい」

「いいですよ」

 頭を下げた狭山に、加賀はあっけらかんと答えた。

「む、ずいぶんすんなりと……自分でも避けられる行為を告白したと思うのだが」

「約束思い出してくださいよ。薬をばらまいている人を止める、暴走したトメノウを止める。俺がそうしたいので、やります」

「ありがとう。決戦は、水晶洞窟だ」

「そこにいるんですか?」

「黒木くんの父が水晶洞窟には何かが潜んでいると。私も、瓜巣所長がいるのであればそこだと思う。彼にとって神聖な場所だから」

 机に並ぶ地図と写真、狭山はそう考えた。

「あちらから狙われる前に、行きますか」

「あぁ。その前に新型の銃について説明させてくれ。それが済んだら向かおう」

 腰を浮かせた加賀を留まらせ、狭山は黄色い銃と赤い銃を並べた。

「そういえば、羽のトメノウがどうとかって言ってましたね」

「そうだ。貴方が銃を返しに来る、前日だったかな。ここの入り口に封筒が置かれていたんだ。中身は剣の欠片だった」

 そういわれて思い出すとあの夜、藍の剣の先が少し欠けていた。てっきり攻防の中で欠けたと思っていたが、廃病院に持ってきていたようだ。

「それで欠片を解析すると、切りつけたものを石化させることが分かった。さらに石化させたものを調べて見ると、内部の動きは健在でね。瓜巣所長が見つけた石像と近しい状態になっていた」

 狭山はぺらぺらとしゃべり続けた。トメノウの石像との関連を考察したらしいが、知識の足りない加賀には話半分に聞くことしか出来なかった。

「その性質を転用して、エネルギー砲として一気に浴びせることで全身の石化を可能にした。さらにトメノウの細胞を組み込んだお陰か、耐久もあがったぞ!」

「分かった分かりました。要するに、装甲が丈夫になって石化で戦いを終わらせられるってことですね」

 まくしたてて迫ってくる狭山を押し返して、加賀は赤い銃を手に取った。「ありがとう、藍」と呟いて立ち上がる。

「さぁ行きましょっか」

 狭山も頷き返して、黄色の銃を手に立ち上がった。

「役に立つかは分からないが、無いよりいいだろう」

 二人は連れ立って部屋を出た。廃病院を出ると、草陰にひっそりと停められているバイクの元へ。ハンドルに引っ掛けてあったヘルメットを加賀に渡し、狭山は道路にバイクを引いていった。

 加賀を後ろに乗せて狭山はハンドルを握る。エンジンをふかし、遠くに見える山を目指して走り出した。


 ふもとでバイクから降りて、山道を登る登る。狭山の先導に着いていくと、石が積み上げられた箇所で足を止めた。

「えぇ、ここですか? どうにも人が入る所には見えませんけど」

 加賀は隙間だらけで転がり落ちそうな石積みを眺めて尋ねた。

「瓜巣所長が置いたんだ。開け方を知っていれば時間はかかるがどうということは無い」

 狭山は上から一つ、石を掴んだ。すると、その下二つの石もくっついてきた。

「接着剤でいくつかのブロックに分けられている。知っている者にはパズル程度のものだが、知らない人は崩れるのを恐れて触りたがらない」

 石のブロックを一つずつ下ろしていき、人一人分の隙間ができると狭山は手を止めた。

「他の石はそもそも動かないようになっている。さぁ、中へ入ろう」

 狭山の後をついていく。入り口付近は薄暗いが、奥に進むにつれて壁にキラキラと光るものが現れた。道が広がり空間になっていくと、天井に取り付けられた照明が目に入る。電気は通っていないらしく、ろうそくの火が揺れていた。火が取り付けられている所に沿って歩くと、全面が水晶に囲まれたドーム状の場所に出た。

「ここで最初のトメノウが見つかったんだ。瓜巣所長が最も大切にしている場所だろう」

「分かっているなら勝手に入らないでもらいたいねぇ」

 声がして振り向く。立っていたのは瓜巣だった。加賀は狭山より一歩前に出る。

「ここで殺気立たれるのも好きじゃないよ」

 瓜巣はヒラヒラと手を挙げて、戦意が無いことをアピールしながら横を通り過ぎていった。ドームの中心に立つと、手を後ろで組む。

「で、何をしに来たんだ」

 瓜巣の質問に加賀は銃に手をかける。しかし、狭山がそれを制止した。

「貴方を止めに来たのです」

「何故だ? 今より優れた肉体を手に入れる、ゆくゆくはすべての人類の為になる。素晴らしいと思うが」

「トメノウの研究が人類の役に立つかどうか、それは今の私には分かりません。ですが、貴方が変わってしまったことは分かる」

 瓜巣は黙って狭山を睨んでいる。

「私を誘ってくださった頃の貴方は理解されないことを承知で、自分が予想した未来の為に尽力しようとしていた。方法はともかく、志は正しかったと今でも思います。ですが今の貴方は、自分の行動が誰かを苦しめることを微塵も考えていない。自分の正しさが人類すべての正しさだと、勘違いしている」

 水晶に瓜巣の背中が反射して映っている。加賀には背で組んだ腕が少し形を変えたように見えた。

「貴方はただ、自分の未来の為に努力をしていた聡明な人だった。人類の未来を盾にして、他人を犠牲にするのはもうやめて下さい!」

「誰も、私の危機感を理解してはくれないのだな。残念だよッ!」

 瓜巣が腕を振りぬいた。固く太い、トメノウの腕だ。加賀は手に掛けていたスイッチを押し、狭山の前に滑りこむ。

 ドガッ! 赤い腕で魚の腕を受け止める。強化されたはずなのに、前に戦った時より衝撃が大きく感じた。

「君もかわいそうだな。こんなことに巻き込まれて」

 瓜巣の目が赤く輝いた。額に増えている三つ目の瞳が光を増すごとに力が強くなっていく。加賀は瓜巣の脚へ蹴りを入れ、バランスを崩したところで懐から抜け出した。

 銃を構えて撃つ。腹に一発、瓜巣は「グゥ」と唸って身をよじった。次に腕へ二発。しかし、今度はヒレから飛び出した棘で撃ち落とされた。

 よく見ると、瓜巣の腹には抉れた傷跡が残っていた。研究所地下で藍に斬られた箇所がそのままになっている。

 弱点の腹を狙い撃つも先ほどの一発で瓜巣も自覚したようで、撃った弾はすべて弾き飛ばされた。四方に散ったエネルギー弾が一つ、壁の水晶に当たって反射した。そのまま瓜巣の背中へヒット、痛みは無かったようで本人は気にする様子が無い。

 わざと外せば狙いがばれる。加賀は頭、胸、足と撃つ場所を離して、瓜巣が様々な方向へはじいてくれることを期待した。

狙い通り何発か壁に反射したものの、そううまく腹には当たらない。繰り返しているうちに痺れを切らした瓜巣が距離を詰めてきた。パワー比べに持ち込まれたら分が悪い。加賀は詰められた分だけ回り込んで移動し、何とか距離を保ちながら銃撃を続けた。

しかし、ここは洞窟。使える広さには限度があり、距離を広げたい加賀は段々と壁際にまで下がらざるを得ない。いずれ格闘になると察した加賀は、銃を持ったまま構えた。

ザッと瓜巣が勢いよく殴り掛かってくる。加賀は銃を適当な壁に向かって発射して、残った左手でパンチを受けた。狙いを察知した瓜巣は右手の銃を掴もうと圧し掛かってくる。

「わッ!」

 そこに撃った弾が反射してきた。加賀の右手にあたり、銃が弾き飛ばされる。それを追いかけて瓜巣がさらに前のめりになった隙に、背をかがめて脚に向かってタックルをかました。

 どてんと地面に倒れた瓜巣は、ギリギリと指を立てた。力を加えられた床にひびが入っていく。加賀は左手で銃を拾い上げて、まっすぐ瓜巣の腹に向けて撃ち込んだ。

「グァァァッ!」

 弾は命中した。だが、瓜巣は痛みを意に介さずこちらに突進してきた。後ろには狭山がいて、避けるわけにはいかない。

 バキィッ! 衝撃を体全体で受け止める。装備のあちこちからピキピキと悲鳴が聞こえた。地面に押し倒されて頭を打ち、くらくらする。

「終わりだァ!」

 叫び声と共に瓜巣が腕を振り上げた。チカチカとした視界で、加賀は一人の姿を見つけていた。

「あなたの方がね」

 加賀の言葉に瓜巣は顔をあげた。視線の先では狭山が赤い銃を構えていた。銃口にはエネルギー弾がすでに充填されている。

 瓜巣は腰を上げて狭山へ飛び掛かろうとする。加賀への重圧が消え、脚が自由になった。左手に握った黄色い銃を手放し、両手で体を支えて両足を蹴り上げた。

 腹に打撃を受けた瓜巣の体は宙に浮かび上がった。狭山の目の前に、傷跡の残った弱点が晒される。

「ブースト砲ッ発射!」

 狭山の手元から放たれたエネルギー弾が瓜巣の体に広がった。直撃した腹から石化が進む。

「狭山ァ……!」

 瓜巣が声を漏らした。恨みのこもった声と視線に狭山は礼で返した。

「今まで、お世話になりました」

 瓜巣が石像となり地面に倒れると同時に、狭山も膝から崩れ落ちた。

 加賀は気を失った狭山を抱えて、水晶洞窟を後にした。


 数日後、加賀は黒木と共に車で移動していた。瓜巣の石像を廃病院に運び、次は営業中の山南病院へ向かうところだ。

「狭山さんって捕まったりとかするんですか」

 銃の所持とか変な研究で、と加賀は運転席の黒木に尋ねた。

「いや。警察はそもそも怪物の存在自体認識していないし、俺の調査はあくまでプライベートなんでね」

 黒木はそう答えてから付け足した。

「瓜巣の方なら掘り返せば法で裁ける物証が出てくるかもしれないが、捕まえろとなった時厄介だからな。現在は脅威ではないし、俺は触らないことにした」

 話していると、車が目的地に到着した。窓口で「狭山鉄の見舞いを」をと告げると、三階の部屋を教えられた。

 狭山の名札がかかった部屋に入っていくと、窓際のベッドに狭山が横たわっていた。顔だけ持ち上げてこちらを確認し、くいくいと手招きをした。

「良かったですね、意識戻って」

 加賀が話しかけると、狭山は頷いた。

「あぁ……入院費が」

「心配ですか? 貯金は?」

 加賀の質問に狭山は首を横に振った。黒木は棚の上に見舞いの花を飾っている。

「世間的に言えば、私は無職だ。生活のために馴染みの研究を手伝ってはいたが……貯金は開発費で消えた」

 銃を撃って倒れるときより悪そうな顔色で狭山は呟いた。加賀の手を掴みジッと見つめる。

「済まない、すまないが、私に紹介できそうな仕事を……あればでいいんだ。探してくれないか? 入院費を稼げればいいんだ……」

 加賀は流石にかわいそうになって頭を回した。すぐに打診できる場所が一つ思い浮かんだ。

 二週間経ち、加賀は狭山の運転するバイクの後ろに乗って、喫茶クロエにやってきた。準備中のドアを開けて狭山と共に中に入る。

「篤太郎さーん。バイト希望の人連れてきました」

 声をかけると、奥から篤太郎が出てくる。狭山の顔を見ると顔がゆがんだ。

「思ってたのと大分、違うな」

「狭山鉄と申します。接客業の経験はありませんが、手先は器用だと自負しております」

 ペコリとお辞儀をする狭山に、篤太郎は「まぁこいつの紹介だ。気張ってくれりゃあいい」と頭を上げさせた。

「しばらくは俺のシフト分もあげるんで、ガンガン稼いでくださいね。次がいつ来るか分からないんだし!」

 ポンポンと肩を叩いて加賀は笑った。それに「そうだな」と神妙な顔で狭山は答える。その様子に、篤太郎は胸をなでおろした。

「おもしれぇ連れだな。さ、何が向いてるか早速確かめるか」

 篤太郎が狭山を連れてキッチンへ行く。加賀はそれを見届けると、かぶってきたヘルメットを近くのテーブルの上に置いて店を出た。

 その足で加賀は団地へ向かい、364の部屋のインターホンを鳴らした。「今出る!」と声がしてすぐに、ドアから大樹が出てきた。

「いらっしゃい」

 リビングのソファに案内され、大樹とおそろいのカップで牛乳が出てきた。

「今日はお父さんいないんだ?」

「うん。化物のことで散々仕事貯めてたんだってさ。その処理であたふたしてる」

 大樹は朗らかに笑った。

「ま、僕として化物事件、解決してホッとしたから。また似たようなことあっても、おじさんと加賀くんがすぐ来てくれるしね!」

「そうだな。今は俺、銃持ってないけど」

「そうなんだ?」

 銃を持っていない、という加賀に大樹は疑問を浮かべた。

「狭山さんに預けてるんだ」

 加賀はその時のことを思い浮かべた。


 狭山が退院し、廃病院へ戻ってきた日。犬と魚の石像が並ぶ前で加賀は銃を狭山に差し出した。

「これを」

 狭山はすぐには受け取らず「理由を尋ねても?」と言った。

「俺にはこの力が有るべきかどうか判断が出来ないので。薬の事件が収まった今、持ち続けていいか分からない。狭山さんに、任せてしまってもいいですか……?」

「あぁ。私が作ったものだ、私が責任を持つのは当然だろう」

 狭山は銃を受け取り、加賀の肩を優しく叩いた。

「あっ、でも! またトメノウが暴れるようなことが起これば、速攻で呼んでくださいね。約束の『暴れるトメノウを止める』はまだ生きてるんで」

 そう言って狭山に会釈をし、加賀は石像の部屋を後にした。


最後までお付き合いありがとうございました。感想などマシュマロに送ってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ