遭遇
爆発音と熱。その衝撃を背に、一台の車が走って行った。ハンドルを握る男は脂汗をかき、眉を大きく歪めながら荒い呼吸に任せてアクセルを踏み込む。薄暗い道路を車のライトが照らすと、チカッと何かに反射した。男がそこを見ると、アタッシュケースを持った人と目が合った。男は一瞬の呼吸の後、ハンドルを切った。
鈍い音とともに車体が持ち上がり、それが前輪から後輪に移っていく。衰えた勢いは山肌の衝撃を受けて、完全に消えた。車が止まってサイドミラーを覗くと、人が横たわっているのが見える。男は運転席から降りて、道に転がったアタッシュケースを奪い取った。
地面に血が流れだし始める中、男はケースを開ける。透明な液体が入った小さい瓶を取り出すと、足元へ投げつけて三つすべてを割った。さらにケースからピンクのジェルが入った小瓶だけを抱えて、顔のひしゃげた車に再び乗り込んだ。
バクバクとした心臓の動きに、遠くのサイレンが連動するように鳴り響く。男はただ必死に息をして、道は海にたどり着いた。数歩先は崖で波が打ち付けている。男は首にかけたプレートをむしり取って助手席に置いた。
持っていた瓶と共に車を降り、崖の縁に立つ。握りしめていた手が左右に開いて、ポロリと瓶が滑り落ちていく。一息の後、パリーンという高い音が耳を裂き、やがて波の音に飲まれていった。
加賀和那はノートをとっていた。前方からつらつらと聞こえてくる声と板書から、いくつかのワードだけが紙に写されている。ひな壇の一番下、教授の目の前を加賀は陣取っていた。パチッと目が合うたび、小さく頷いていた。
「と、いうことでぇ……そろそろ」
教授が腕時計を確認しながらノートパソコンのカバーを徐々に下げていくと「ピロピロピィー」と、チャイムが鳴り響いた。
「終了~え~、お疲れ様でしたぁ」
パタン、とノートパソコンのカバーが降りると同時に、加賀はリュックにノートや筆記用具を押し込んだ。教授の元に降りていく人や雑談をしている人の横を登って、加賀は講義室を出た。
自転車のカゴにリュックを乗せ、ヘルメットを被り、加賀は道に出た。ビル街を背にしながら何度も止まれを繰り返して、川沿いの道にたどり着く。その通りに立つ「喫茶クロエ」脇に自転車を止めた。
扉にかかった「休憩中」の札を揺らして、加賀は店内に入る。
「こんにちはー」
「おう。先飯食って、次、皿洗いな」
カウンターに座った人物が、スッと手で挨拶を返した。こげ茶の木材を基調とした店内を抜けて、加賀はカウンター内に侵入する。柱の陰に設置された冷蔵庫から、ラップの掛けられた皿を取り出した。
「何カレーですか?」
「トマト」
「好きっすね」
電子レンジにカレーを入れてジーッと音の鳴る中、カウンターの男、三枝篤太郎が加賀に話しかけた。
「大丈夫だったか?」
「はい?」加賀はレンジから篤太郎に顔を向けた。「何がですか?」
「また化け物騒ぎだ。相変わらず、ただの騒ぎなんだが……今回のは近所でな。知り合いも地面が割れてたとかいうもんだから」
篤太郎は手元のコーヒーカップを揺らしながら、携帯の画面を加賀に差し出した。写っていたのは割れた石畳と、えぐれた地面だった。
「なんか、固いものでも振り回してたんですかね」
加賀はチンと音を立てたレンジからカレーを取り出して、篤太郎の横に座った。
「わざとにしろ偶々にしろ、物騒なもん持ち歩いてる奴がいるんだ。気をつけろよ」
「そうします」
篤太郎の警告に頷いた後、加賀は手を合わせてカレーを掬った。
時計は午後一時、篤太郎は店先の札をかけ替えた。扉に「営業中」の文字が揺れる。篤太郎が店内のカウンターに入ると同時に、白髪をきれいに撫でつけた老人がやってきた。それからポツポツと席が埋まり、いくつかの空席はあるが客が来ては出ていく循環に入った。
テーブル席の二人組が手を挙げた。カウンターでコーヒーを注ぐ篤太郎に代わり、加賀が向かう。
「はい、ご注文でよろしいでしょうか?」
「えっと、ケーキセットふたつ。どっちもブレンドで」
「かしこまりました」
加賀が礼をして席を離れると、会話が聞こえてきた。
「お昼に話聞いて、も~心配したんだから。ケガとかないみたいで良かったけど」
「見たって言ってもほら、マンションの部屋からだから離れてたの。それよりそれより、聞いてよ、凄いというか怖いというか」
加賀はこの手の話をよく耳にしていた。一日に何度も聞くこともあったが、証拠の無いうわさ話に過ぎなかった。篤太郎に「ブレンド二杯です」と伝えて、ショーケースからチーズケーキを二つ取り出す。皿に盛りベリーの赤いソースを添えると、「ブレンド」とコーヒーの注がれたカップが二つ差し出された。
銀のお盆にカップとソーサー、ケーキを二つずつ乗せて、加賀はテーブル席に到着した。
「おまたせいたしました」
加賀が声をかけると、携帯を連れに見せていた女性がテーブルから手を引いた。空いたスペースにカップを置きながら「ありがとうございます」という客に会釈を返す。
「あれぇ……撮ってるときはちゃんと映ってるって思ったんだけど」
携帯を手にしている客が呟いた。
「手元がぶれたんじゃない?」連れが返した。
「本当にいたんだよ、怪物みたいな化物?」
「噓だっていうわけじゃないよ。物が壊れてるのは映ってるし」
「大事なのは壊してる本体の方なのに~」
加賀は「ごゆっくりどうぞ」と言ってその席を離れた。チラリと目に入った携帯の画面に映っていたのは、篤太郎に見せられた「近所」と同じ場所のようだった。
時刻は十六時になった。店に残った最後の客の会計を済ませて食器を洗っていると、篤太郎が外から戻ってきた。開かれたドアの札が「休憩中」に戻っている。
「お疲れさん。あがっていいぞ」
「お疲れさまでした」
手元に残っていたカップを洗い上げ、加賀はカウンターから出た。入れ替わりになった篤太郎は冷蔵庫からアイスコーヒーを出してコップに注いでいる。
「では、失礼します」
外したエプロンをくるっと手に持って、加賀は礼をした。それに手をあげて応えた篤太郎は「早く帰れよ」といって、加賀を見送った。
加賀は自転車をこいで、広場に来ていた。特徴的な石畳の並びが唯一の特色といえる。芝生や椅子も配置されているので、走り回る子供、ヘッドホンをした人や本を持っている人なんかがいるのが見えた。
遠目からでも赤いコーンと紐で分けられたスペースは目につく。石畳が割れているので、篤太郎が持っていた画像はこの場所のものだろう。近くで大きな影を作っている柱は、客が見ていた映像に映っていた気がした。
分かりやすく分離されたそこ以外にも何かないかと加賀が周囲を回ると、柱の陰にしゃがみこんでいる人がいた。頭を抱えて、手がひどく震えている。
「あの、大丈夫ですか? 具合が悪いとか」
返事がない。荒い息だけが続いていた。
「救急車、呼びます?」
加賀がそう言って彼の目の前にまで回ると、彼は「ヒィッ!」と息を飲んで後ろに飛びのいた。
「はッはッ」
激しく大きな呼吸を繰り返して、彼は周りを見渡した。いくつかの視線が集まってきている。
「ウウッ、ウワァァァ!」
そう叫んだかと思うと、彼は立ち上がり、同時に姿がぐちゃっと歪んだ。現れたのは人の形をした、化物と呼べるものだった。
加賀は後ずさりした。頭から生えた巨大な角、こぶのように固く肥大した手、どれを見ても恐怖に押しつぶされそうになる。目をそらせば狙われる気がして、辛うじて一歩、距離を取った。しかし、細い糸を渡るような緊張感はすぐに絶たれた。
「きゃああああ!」「うわぁ、あああ!」「何、撮影?」「早く逃げろ、ばけもんだ!」
周囲の人々が彼を認識して、一斉に駆けだし始める。その声に反応したのか、彼はまた頭を抱え始めた。
「はッはッ……! あああぁあッ!」
呼吸から一転、叫び声をあげた彼は腕を地面にたたきつけた。大きくえぐれた地面に構う暇なく、彼は次に加賀へ向かっていった。加賀が体を反転させて逃げ出そうとしたとき、子供の泣き声が聞こえた気がして、反射で動きが止まってしまう。だが、加賀に迫る一撃は、鋭い銃声によって制止された。
「そこから離れるんだ!」
声のした方向を探ると、広場の左奥に人間が見えた。鮮やかなイエローの大きなハンドガンを構えている。次いで二発、銃声が響いて、加賀は化物の目の前から横に逃れることが出来た。
化物の意識は完全にハンドガンの人物に向けられている。加賀が彼から遠ざかろうとすると、また子供の泣き声が聞こえた。加賀は周囲に目を走らせた。視線の届く範囲には見当たらなかったが、声はハンドガンの人物につながる方向から聞こえるようだ。加賀は植木や日よけに身を隠しながら、そちらへ忍び寄った。
声の主はベンチの影にしゃがみこんでいた。少年の足元、その真横の地面に石の破片が突き刺さっている。化物の姿は柱で隠され辛うじて少年の目には入っていないようだが、荒ぶる影に少年は手を震わせていた。
「大丈夫か、怪我はしていない?」
加賀は化物の気を引かないよう、声を潜めて尋ねた。少年は加賀と目が合うと、ひっくひっくとしゃくり上げながらもコクリと頷いた。腰が抜けている少年の状態を見て、自分が抱えて走ったほうが速いと考えた加賀が少年に手を伸ばす。その時、轟音がして加賀はとっさに少年へ覆いかぶさった。
舞い上がった塵を払って目を開けると、加賀は異変に気が付いた。先ほどまで日陰になっていた自分の上半身に日光が当たっている。首を後ろに向けると、半分に破壊された柱の先に怪物と目が合った。すでに振り上げられ始めた化物の右腕に、加賀の息は止まった。
「くッ!」
しかし、その右腕はまたしても銃声によって留められた。声をもらした人間の手からハンドガンが零れ落ちる。彼は地面に伏せ、足元のアタッシュケースからハンドガンにつながれていたコードが外れていた。
「ガァアア!」
ブルブルと体を震わせた化物は苛立つように腕を地面に叩きつけた。衝撃で破片が舞い、加賀の元へハンドガンが転がってきていた。加賀がほんの少し手を伸ばせば、それに届く。
「それは、使ってはいけない!」
遠くからハンドガンの持ち主の声がした。一瞬ためらった加賀の手は、しかし、ハンドガンを握りしめた。涙を流す少年と化物の間に加賀は立ち上がる。
「ウッ……」
銃口を向けられた化物は動きが止まった。そのすきに引き金を探るが、指に何もかからない。代わりに持ち手の上部、安全装置と思われる場所に段差があり、押し込めそうな隙間が出来ていた。
加賀がその箇所に手のひらの骨を当てた。すると、その構えを見た化物は右足を踏み出し、左腕を振り下ろす。加賀は腕に狙いを定めて、スイッチを押した。
「規定値クリア。装甲を展開します」
無機質な声が流れる。ハンドガンが手元を離れ、周囲に熱があふれた。加賀が刺激に閉じた瞳を開けると、化物と目が合った。その腕は加賀の胸元に届いている。だが、相当な衝撃を受けたと思われる加賀の体は自然に動かすことが出来た。加賀は化物のがら空きになった胸に、自分の左パンチを打ち込んだ。
飛ぶ、飛ぶ。化物の体が後ろへ吹っ飛ぶ。思わず見つめた加賀の手は黒い皮手袋のようなものに覆われ、手の甲には銀色の金属らしき光沢を持ったカバーがついていた。視界の端に映っていた腕や脚などに視線を移しても、同じように全身が黒いスーツに覆われて、銀の装甲がついている。
加賀は知らぬ間に腰まわりにぶら下がっていたハンドガンを手に取った。黄色に輝くその銃身に、見つめる顔が映る。銀のマスクに黄色の瞳が光っていた。
「なにこれ……」
加賀が戸惑いに任せて顔をペタペタと触りながらハンドガンの持ち主に視線を向けると、彼は加賀の前方を指さした。加賀はとっさに手にしていた銃を示された方に向ける。銃口は起き上がってきた化物をとらえた。それを加賀の視線がとらえた瞬間、パキュンと弾が飛び出し、化物は再び体勢を崩した。
「押さなくていいのか、便利ッ」
スイッチから指を外して、化物に視線を向ける。銃口から追撃が加えられて、加賀は化物に向かって一歩駆けだした。だがすぐさま止まって振り返った。機械的に光る加賀の瞳と少年の目が合った。
「立てるか?」
少年は頷いた。
「よし。じゃああそこにいる人と一緒に、身を隠せる場所に移動するんだ」
加賀が這いつくばっているハンドガンの持ち主を指し示すと、少年はもう一度頷いて彼の元へ駆けていった。その隙に化物は加賀の懐に迫ってきていた。
「おッ、と!」
「ブルルゥ……!」
叩きつけられた腕を銃身でなんとか押しのける。腕をのけて空いた胴に加賀のキックが突き刺さり、化物は広場の中心へ、加賀も開けたその場所へ移った。動き出そうとする箇所を狙い撃っていくと、化物は痛そうに腕を押さえた。
「対象のエネルギー反応が低下。ブースト機能の使用を推奨します」
音声と共にスイッチが点滅する。加賀が案内に従ってそれを押すと、体を覆う装甲に光が走った。銀の装甲が剥がれ、銃に集まっていく。銃口から加賀の体までが装甲で繋がり、重量のある大砲が加賀の胸部に出来上がった。
「ウッ」
急激に崩れた重心を、空いていた左手で大砲のグリップをつかむことで辛うじて支える。銃口がぶれている隙に、化物が近づいてきていた。加賀は前後に脚を開き、大砲の底を支えていた右手もグリップに移す。
「左右の持ち手を『コ』の字に沿って動かし、左右同時に手前に引くことでブーストを起動します」
握ったグリップをコの字の溝をなぞって上に動かす。軽く引くと、抵抗を受けて動かなかった。加賀は化物を見据え、腰を落とす。振り回している腕が銃口に落ちる、その寸前。
「ウ……ッラァ!」
掛け声ととも腕を引ききると、爆音と光が目の前に飛んで行き、加賀の体は後ろにはじかれる様な衝撃を受けた。飛び出した光の弾は化物の拳を貫き辛うじて腹で受け止められたかに見えた。
「ガァッ! アぁ……」
だが、彼の足が一歩下がったとたん光弾は、その体を四散させてしまった。
「はぁ……?」
塵の余韻が舞う中、尻もちをついていた加賀はやっとため息のような疑問を漏らした。肩の力が抜けて大砲からするりと手が落ちると、加賀を覆っていた装甲はパタパタと小さく、元のハンドガンに収まる。カタンと地面に落ちたそれを拾い、すでに姿はない銃の持ち主の男がいた方に歩き出した。
広場を抜けると辺りはシンとして、人気がない。恐怖の余韻を感じながら、加賀はより広い通りを選んで進んだ。少し行くと、草木に囲まれた小さな公園が見えて来た。ブランコしか遊具のない場所だが、その端に設置されたベンチに少年と男の姿を見つけた。
「アッ! お兄さん!」目が合い、少年が立ち上がった。「大丈夫だった⁉」
加賀は駆け寄ると「俺は大丈夫」と答えた。
「君と、隣の人こそ大丈夫?」
「僕はケガしてないから。でも、このおじさんずっと体が痛いみたいで……」
腕を抱え込むように抑えながら、男は顔をあげた。
「心配させてすまないね、この痛みは自業自得、私自身のせいだから気にすることは無い」
男は少年にそう言うと、座ったまま加賀を見上げた。
「五体満足ということは暴れまわっていたヤツを倒してきてくれたということだと思う、ありがとう。同時に申し訳ない。意図したことではないにせよ非常に危険なことに巻き込んでしまった、謝罪させてほしい」
男は腰を折り、頭を下げた。加賀は男の言葉とその光景をただ見つめることしか出来なかった。困惑した目の加賀を見て、男はガッと加賀の手を握られたハンドガンごと掴んだ。
「貴方はこれを使えたね。これについて、私から話がしたい。そちらの質問にも答えよう。明日の早朝六時、ここに来てくれ」
男はハンドガンの代わりに紙きれを加賀の手に握らせた。傍らのケースにハンドガンをしまうと、男はよろよろと立ち上がる。少年が差し出した手をやんわりと押し返して、公園から出ていった。
加賀は握らされた紙をひとまずポケットに押し込むと、遠ざかっていく背中を見つめる少年に声をかけた。
「誰か迎えに呼べるか? 無理そうなら君が見知った場所まで送っていくよ」
少年はリュックから取り出した携帯を覗くと、フルフルと首を横に振った。
「この時間はまだ電話出てくれないや。僕んちアッチの研究所の近くにある団地なんだけど、一緒に来てくれる?」
「分かった。じゃあさっきの広場は避けていこうか。少し大回りになるけどいい?」
頷いた少年と連れ立って、加賀は公園を抜けた。
オレンジ色の建物がドミノのように並ぶ景色の中、隙間から黒い影に包まれた場所が覗く。視界に入るたびに加賀の視線が動いていると、少年が話し始めた。
「あれね、火事のあった研究所。燃えた時は大騒ぎで僕も避難したんだけど、それからはずっと静かだよ。ガレキも片付けてくれないんだよね、だから近づけないの。近づけないのは前からだからいいけどさ」
少年は最後ふいっと視線を道に戻して「せっかく野球出来るぐらい広いのに」とぼやいた。自転車や走る人の影が長く伸びて通り過ぎていき、二人はオレンジ色の建物の端まで来た。
「僕んち着いた。左からいち、に、さん番目だから三号棟で、六階の左から四番目、364が僕んちね!」
そう言いながら少年は上の方を指さした。
「初対面の人に住所詳しく教えない方がいいよ、俺が『送る』って言ったからだろうけど」
「ちがうよ、別にそんなこと学校で口酸っぱく言われてるし!」
加賀の指摘に少年はプリプリと頬を膨らませて、腕を組んで見せた。
「あのおじさん、具合悪そうなの気になるからさ……お兄さん明日会うんだよね? 元気かどうかだけでいいから、教えに来てよ!」
「え、あぁ~あのおじさんな。分かった分かった……そういえば君、携帯とかないの?」
「あるけど、家族以外と連絡しちゃダメなんだもん。家に来たくなかったら手紙でもいいよ!」
「考えとくよ……とりあえずはい、これが俺の電話番号ね」加賀はポケットから携帯電話を取り出して、少年に画面を見せた。「携帯あるなら写真撮るなりメモするなりして、君とか家族の人が用事あればかけてきていいから」
「はーい」
少年は鞄の中から紐のついた丸っぽい携帯電話を取り出して、カシャンと写真を撮った。画像には「加賀 和那」の文字と数字の列が写っている。
「お兄さんの名前、かがかずな? Kばっかり、言いにくいね」
「そりゃどうも」
「やな意味じゃないよ。僕、黒木大樹。ね、僕の名前もちょっと言いにくいでしょ『き』が二つでさ、似てるねってこと!」
ニッカリと笑う大樹に別れを告げ、加賀は黒木宅を後にした。関わる気の無かったくしゃくしゃの紙をポケットから取り出す。そこに並んだ二つの数字の塊を携帯に打ち込むと、地図がある一点を示した。緯度と経度から求められたその場所は、喫茶クロエからさらに町のはずれにある廃業した病院だった。
薄暗い部屋でライトが一つだけ灯っている。その明かりの真下にコンピュータが設置され、繋がれている線をたどると黄色のハンドガンが横たわっていた。男の顔がうっすらと映りこむ画面には棒グラフが表示されている。一番端の棒だけが赤いラインを越えていた。
「規定値、クリア……」
深い呼吸と共に画面が暗く落とされる。体重を預けられた椅子が、ギシリと音を立てた。