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乙女ゲー

夫を捨てる事にしました

作者: 東稔 雨紗霧

日刊ランキング7位ありがとうございます。

 「おやすみなさい、ダリル」

 「おやすみなさい、お母様」


 ベッドの中にいる息子の額に口付けを落とし、部屋を出る。

 今日は息子、ダリルの5歳になる誕生日だった。

 廊下の窓から外を見ると暗く既に夜もふけているのが見て取れ、エカチェリーナはため息を吐く。


 また今年もダリルの父であり、エカチェリーナの夫であるライネスは誕生日に帰って来なかった。

 あれだけしつこいくらいにダリルの誕生日には帰ってこいと催促の手紙を送ったにも関わらずだ。

 正式な御披露目となる8歳の誕生日までは家族だけで祝いをする風習のあるこの国では誕生日に家族写真を撮影し、その写真を次の一年も無事に迎える事ができるようにと祈りながら去年の物と付け替えて玄関に飾り、その日の夜に家族で誕生日を祝うのが一般的だ。

 だと言うのにあの男はこの五年間で一度もダリルの誕生日に間に合わせると言うことをしなかった。

 毎年早くて一週間、遅くて二ヶ月も経ってからノコノコとやってきては「すまない、遅くなったが誕生日おめでとう」等と棒読みで言うのだ。

 「家族が揃っていない写真を飾る訳にはいかないだろう」と誕生日でもない時に撮った写真をさも当然の様に飾らせる事に罪悪感の欠片も抱いていないその姿。

 当主であるライネスから蔑ろにされていると受け取られても仕方がないその扱いにダリルが使用人からどんな目で見られる事になるのか、それによってどんな不利益を被る事になるのか、それらを一切考慮しようともしていないその姿にエカチェリーナの愛想は年々目減りしていた。

 そして。


 「今日もライネス様は王妃のところに?」

 「はい、他の者達と共にいると報告があがっております」


 背後で跪いて報告をする男にエカチェリーナは頷いた。


 「そのまま監視を続けて、何かあれば報告を」

 「御意」


 暗闇へと溶ける様に消える男。

 エカチェリーナは廊下を歩き、自身の寝室へと向かいながら手に持っていた扇をへし折った。


 王妃とライネスは貴族学院で同学年だった。

 貴族の私生児である事が判明した王妃が貴族院の高等部に編入する事になりそこで当時王太子であった現国王、その側近であったライネス達と出会い彼らは彼女と恋に落ち彼女の心を射止めんと競い合った。

 その結果、見事彼女の心を現国王が射止めて成婚し彼女は王妃になった。

 庶民から王妃へと至ったそのサクセスストーリーは国民達の間で大きな話題となり、結婚披露パレードは盛大な物となり国民から祝福されていた。

 王太子とその側近達には当時婚約者がいたが、彼女達は自身の婚約者の心を奪われた事が我慢ならず様々な嫌がらせを行っていたらしい。

 その結果その悪事を卒業パーティーの場で断罪され、婚約破棄と相成った。

 エカチェリーナは当時からライネスの婚約者であったが、彼よりも2つ年上であり在学が被っておらず、後日知る事になった卒業パーティーでの出来事は寝耳に水であった。

 ライネスとは幼い頃からの仲で憎からず想っていた事から他の女性に心を奪われたと聞いて少々残念に思ったが、貴族の結婚と言うのは互いの心が揃っていないのはままある事だ。

 幼少の頃から多くの時間を共に過ごしていたのだから愛は無くとも情はある。

 きっと家族として穏やかな家庭を築けるだろう、そう思っていたが現実は非情であった。

 ライネスの卒業後、数年の時を置いてエカチェリーナとライネスは当初の予定通り結婚し、その1年後にダリルが生まれた。

 それまでは普通に夫婦として生活を共にしていたが、エカチェリーナの懐妊が判明してからライネスが屋敷へと帰宅する頻度が減っていき、遂には出産時の立会いにすら来なかった。

 彼の両親からの呼び出しの手紙にはどうしても手を離せない仕事があるという返事しか帰って来ず、こんな大事な時に仕事だなんてと怒る自身の両親と義両親達をまあまあと宥めたエカチェリーナであったが、結局ライネスが帰って来たのは出産を終えた2週間後。


 「赤子が産まれた事を王妃様に報告したところ、是非ともこの目で見てみたいとおっしゃってね。明日ダリルを連れて顔見せに伺うと言っておいたから」


 産後の肥立ちが悪く、寝込んでいたエカチェリーナの見舞いに来たかと思えばそんな事を宣いやがった。

 具合を悪くして寝ている妻の姿が見えないのか、そもそも産まれて一月も経っていない赤子を外出させようとするなど正気の沙汰ではない。

 辛い身体を無理矢理起こしてエカチェリーナはライネスへと抗議する。


 「わたくしはこの通り体調が整っておりません、この様な状態で王妃様へお目通りして何か粗相があっては大変ですわ。それにダリルもまだ産まれて間もないのですから王宮への道のりは耐えられないでしょう。大事な跡継ぎなのですから万一があってはいけませんもの、王妃様には申し訳ないのですが二月程は間を置いてから伺うべきかと」

 「王妃様をお待たせしろと言うのか?!」

 「その通りですわ。そもそも何故こちらの都合も聞きもせずに勝手にお決めになったのです?出産にも立ち会わない、体調の悪い妻を気にも掛けない。貴方、お帰りになってからわたくしに気遣いの言葉を一言も掛けていない事を自覚しておいでですか?」

 「うるさい!お前がそんなに心が狭い女だとは思わなかったぞ!!お前の指図など受けんからな!!」


 激高して部屋を出ていくライネス。

 その背を見送り、部屋の扉が閉まるのを見てから深いため息を吐いてナイトスタンドからベルを取り鳴らして使用人を呼び出す。

 やってきた使用人に手紙を代筆させ、それを義両親の元へ届ける様に指示しダリルの子守り役の者達にライネスが屋敷からダリルを連れ出そうとしたら何としても阻止せよと命令した。

 全ての指示が終わった後、エカチェリーナは脱力してベッドへと倒れ込んだ。

 その後、無理が祟ってエカチェリーナは生死の境を彷徨う程の高熱を出し寝込む事となり次に目が覚めたのは2週間程後だった。


 目を覚ましたエカチェリーナは直ぐに人を呼び、自身が寝ている間に起こった事の報告を受けた。

 エカチェリーナの送った手紙を読んだ義両親は直ぐに屋敷へとやってきてライネスを叱責し、王妃へと謝罪と断りの手紙を書かせた。

 その後、如何に己のやっている事が無知で恥ずべき事であるのかを懇々と説いてくれていたらしい。

 ダリルが無事であった事にほっと胸を撫で下ろしたエカチェリーナは続いてこの寝込んでいた2週間のライネスの行動を聞いたが、その内容は耳を疑う物であった。

 なんとあの男、手紙を届けに行ってくると告げて王妃の元へ向かった以降、妻が重篤であったにも関わらず一度も屋敷に帰って来ず、便りの一つも送って寄越さなかったらしい。

 「奥様が生死の境を彷徨っていたにも関わらずですよ?!なんて薄情なんでしょう!」と生家から連れてきた侍女頭がエカチェリーナが無事に目を覚ました安堵とライネスへの怒りで泣きながら憤慨する。

 エカチェリーナが目を覚ましたと連絡を受けた家族と義両親が見舞いにやって来たが、誰も彼もがライネスの態度に憤慨しており、母達に至っては離婚も致し方が無いと言い放った。

 それらを宥め、今暫く様子を見てから判断すると言ったエカチェリーナに周囲の人間は「彼女が言うのなら」と渋々引き下がった。

 それから更に数日経ってから漸くベッドから出られる様になったエカチェリーナが最初にした事は生家から連れてきた影達に夫の様子の探りを入れさせる事だった。

 エカチェリーナの生家は国内でも有数の情報網を持っており、ライネスとの成婚はこの情報網を欲しがった彼の家からの物であった。

 命令をすると既に彼女の命令を見越していた影から学園生活中から今日に至るまでの彼の行動をまとめた書類が直ぐに提出される。

 それらに目を通したエカチェリーナはあまりの酷さに天を仰いだ。


 所詮、学生の間だけだからとライネスの生活環境に関して特に監視や情報を仕入れる事をせず自由にさせていたのが仇となった。

 学生時代の恋愛感情を未だに引き摺り、今でも甲斐甲斐しく王妃に尽くしていると書かれている。

 王の側近でありながら王の政務の手伝いよりも王妃の傍に仕える時間が多く、それを誰も咎めないどころか周囲の人間も王妃を持て囃し王もそれを良しとしている事。

 妻帯者でありながら他の女、それも人妻へと甲斐甲斐しく傅き媚を売るその姿。

 妻が危篤状態であっても欠片も心を傾けないその非情さ。

 それらはエカチェリーナにとって不愉快でしかなく、愛が無くとも穏やかな家族を築けると抱いていた考えを打ち砕くには十分だった。


 いくら義両親が離婚を認めてくれているとは言ってもダリルはこの公爵家の現在唯一の跡継ぎだ。

 次代であるダリルはまだ産まれたばかりであり、将来の事を考えると今離婚するのは得策ではない。

 そう考えを巡らせたエカチェリーナはその時が来るまで一先ず出来る事だけをしておこうと考えた。

 タイムリミットはエカチェリーナのライネスに対する情が完全に消えるまでだ。


 そうして5年が経ち、遂にその時がやって来た。

 馬車が到着した事を御者から告げられたエカチェリーナは伏せていた目を上げる。

 馬車から降りた彼女は実に晴れ晴れとした気持ちで目の前の王城を見上げた。


 静かな王城の中を兵士達に案内されながら目的の部屋へと向かう。

 開かれた華美な扉の先にはこれまた豪奢な内装が施された部屋があり、その中では王妃と彼女が侍らせていた男達が兵士達の手により鎮圧され、喧騒で包まれていた。


 「無礼者!わたしを誰だと思っているのよ!わたしは王妃よ?!こんなことをしてただじゃ済まさないからね!!その首を刎ねてやる!!」

 「王妃様!!貴様らその汚い手を放せ!」

 「やめろ!彼女に触るな!」


 床に転がりながらそう騒ぐ女と彼女を救わんと芋虫の様に床を移動しようとする男達。

 そのメンバーの中には今日も今日とて王妃の取り巻きをしていたライネスも含まれており、彼も他の人と同じく縛り上げられている。

 兵士達の手により跪かせられているライネスの前にエカチェリーナは立った。

 扇で口元を隠し、ライネスを見下ろす。


 「エカチェリーナ?!」


 突然現れた彼女に驚愕したライネスだったが、直ぐに気を取り直して己の妻に話しかける。


 「ああ、君がいるのであれば心強い!何かの手違いでこの様な賊に対する扱いを受けているんだ、私が誰なのか説明をして直ぐに解放するように言ってくれ」

 「説明、とは?」

 「私が王の側近であり王妃の臣下であることだよ、それくらい少し考えれば分かるだろう?!」

 「あら?貴方の説明の通りであれば彼らの対応はなんら間違っておりませんもの。国王、王妃並びに要職についている者達は軒並み国賊として捕らえる様にと命令が下っておりますの。故に、貴方方を解放する理由はこれっぽっちも存在しませんわ」

 「は?国賊、だと?」


 今、王城は革命の真っただ中にあった。

 この5年で疫病や不作、重税などで国内情勢は悪化し、悪政を敷く王を打倒せんと多くの者が立ち上がり、その筆頭となったのがエカチェリーナだ。

 何を血迷ったかこの国の王は隣国のハーデル国へ戦争を仕掛けようとしていた。

 この国はハーデル国に比べたら圧倒的に国力で劣っており、開戦したとて即刻叩きのめされて属国にされるのがオチだ。

 ハーデル国王は自国に歯向かってきた国に対しては苛烈な報復を行う事で有名だ。

 そんな国に戦争を仕掛けたとあらば、敗戦国となったこの国の住民達がどんな目に遭うのかなど想像に容易い。

 国の未来を憂いたエカチェリーナは情報を集め、手段を集め、有志を集め、革命を起こす事にした。

 国王も王妃も上層部も腐りきっており、官僚や騎士、使用人の協力者が大勢いたため王宮の制圧は簡単だった。


 「貴様、一体何の権限があってそんな真似を……!」

 「権限なら俺が与えた」


 そう言ってエカチェリーナの隣に立った男の姿にライネスが狼狽え、王妃が叫び声をあげ猿轡を嵌められる。


 「なっ、何故ハーデル国王がここに?!」

 「何故って今日からこの国も我が国の領土に組み込まれる事になったからだが?俺が自分の国に居て何が可笑しい?」

 「我が国に戦争を仕掛けると言うのか!?」

 「ハッハッハッ!!仕掛けるも何も既にこの国は俺の手に墜ちた後だよ。国王と王妃並びに要職についていた奴らは既に捕縛済み、他の王侯貴族達からも既に了承は経て完全に俺の物になった後だ。

 こっちも多少は血が流れると予想していたがまさか無血開城できるなんてな……どんだけ下の奴等に嫌われてんだお前ら?まあ、エカチェリーナの働きがでかかったのもあるけどな」

 「いえ、全て貴方様のご威光の成せる業でございます」

 「ふ、流石の賛辞だな」


 仲良く話す二人の様子にライネスが青筋を立てる。


 「エカチェリーナ……貴様裏切ったのか!!!」

 「裏切るも何も別に貴方は仲間ではありませんもの。それと、わたくしの事を呼び捨てにするのは止めて下さる?わたくしと貴方はもう夫婦ではありませんので」

 「は?」


 エカチェリーナは背後に現れた影から書類を受け取り、ライネスの眼前にそれを吊る。

 そこには離婚届けを受理した旨が書かれており、提出した書類の写しにはしっかりとエカチェリーナとライネスのサインが残されていた。


 「どういうことだ?!私はこんなのにサインした覚えはないぞ?!まさか偽装でもしたのか?私的文書の偽装は重罪だぞ!」

 「いやですわ、そんなことしておりませんよ。わたくしはしっかりと貴方が処理する書類の中に入れておりましたわよ。ただ、貴方が書類に目を通していなかっただけですわ」

 「そ、んなことは」

 「嘘ですわね。わたくし、最初はこれでも感心しておりましたのよ?ライネスは政務が大層お得意で処理が速いのだと。それが蓋を開けてみれば内容には一切目を通さずただサインをしていただけ、お陰で資金の着服や横領、重税と担当者のやりたい放題になった結果領地が荒れに荒れていた事、ご存知ないですわよね?」

 「そんな事……」

 「毎日王城に入り浸るだけで、ご自分の領地でありながら滅多に視察にも出向きませんでしたものね?」

 「……」

 「イーサン様!!ここです!助けて下さいまし!」

 「……なんだあの女は?」

 「この国の王妃だった者です、面識がおありで?」

 「いや、初対面だが?」

 「そこの女!退きなさい!!イーサン様の隣は私にこそ相応しいのよ!!!!」


 どこにそんな力を秘めていたのか猿轡を自力でずらし、叫び声をあげた王妃が兵士たちの拘束を振りほどいてイーサンに走り寄って来る。

 エカチェリーナはその勢いに怯む事無く、王妃の横面を畳んだ扇で張り飛ばした。

 エカチェリーナの全力を込めて横面に叩き込まれた衝撃で王妃はライネスの居る場所へすっ飛び、彼を巻き込んで転倒する。

 畳んだ扇を掌に打ち付けながら睥睨するエカチェリーナは蛇蝎を見る目をしていた。


 「痴れ者めが、このお方をイーサン王と知っての狼藉か?」

 「~~~~っ!!何なのよアンタ!!私は王妃よ?!邪魔をするのなら首を刎ねてやるんだから!!」

 「あら?どうやらもう一発欲しいようね?」

 「止めろ!」


 扇を振りかぶりながらにじり寄るエカチェリーナからライネスが王妃を庇う。


 「君は私が君よりも王妃を優先していたから嫉妬しているだけだろう?!彼女にあたるな!」

 「いやだわ、最初はそうかも知れないけれども今となってはわたくし、貴方に嫉妬するほどの情は持ち合わせてはいないのよ。ノブレス・オブリージュってご存知?

 わたくしたち貴族の務めは自らの領地を円滑に治め、領民を守り、ひいてはこの国と国民を守る事であり、決してふんぞり返る事ではないのよ?

 わたくしたちが贅沢な暮らしを許されているのは務めを果たしているからであり、それをはき違えてはならないの。そしてそれは当然そこの貴方が庇っている女にも該当するの」


 ついっと扇の先でライネスの後ろに居る王妃を示す。


 「王族の役割はこの国と国民を守り、いざとなればその身でその首でそれらを守る事よ。故に我ら貴族は貴女方王族に頭を垂れ、忠誠を誓うのです。

 重要なのは王族を守る事ではなく、この国と民を守る事であり、その為であればわたくしは如何なる手段でも講じましょう。貴女はその覚悟がおありで王妃の座に座ったのでしょう?」

 「そんなの知らないわよ!!」


 王妃が叫ぶ。


 「ここはマリアーデの恋物語の世界じゃない!ゲームのモブキャラの為に何で私が命をかけなきゃならないのよ!?私が王妃になったのだって追加パックで登場するイーサン様に会う為に仕方が無く王妃になっただけだもの!」

 「は?」

 「王妃になって数年経つのに全然イーサン様は会いに来てくれないし、ようやく会いに来てくれたらあんたみたいなモブキャラが出しゃばってくるし、なんなのよ?!私の邪魔をしないで!」

 「……」


 数秒、唖然としながら王妃を眺めていたエカチェリーナだったが、気を取り直して兵士たちに指示を送り王妃に再度猿轡を嵌めさせる。

 くぐもった声でなおも何かを叫んでいる王妃を無視して呆気に取られているイーサンの腕をぽんぽんと叩いた。


 「大丈夫ですか?気狂いの相手は兵士に任せてここを出ましょう。これ以上イーサン様のお目汚しをするのは気が咎めますので」

 「あ、ああ」

 「ま、待ってくれエカチェリーナ!」

 「ライネス、ダリルをわたくしの元に授けて下さった事にだけは感謝するわ。では、ごきげんよう」

 「待って!待ってくれ!!」


 背後で扉が閉まり、ライネスの縋りつく叫びは閉ざされた。

 王、王妃並びに要職に就いていた者達はこの日の内に絞首刑を執行され、広場に暫くの間野晒しにされ市民が石を投げつける等の怒りの発散の対象となった。

 他の不正を行っていた者たちも後日恙無く処刑され、革命は大成功に終わる。


 連日行われた処刑が終わり、全ての刑が執行されたその日エカチェリーナは王城へと呼び出された。

 王座の間には警護の兵士達が揃っている。

 両脇に並んで立っている彼らの間を通り、王座に座るイーサンの前に傅いて謁見挨拶の口上を述べるエカチェリーナにイーサンは手を振りやめさせる。


 「君と俺の仲だろう、堅苦しいのはよせ」

 「いえ、貴方様は尊い身分のお方であらせられます故、親しき仲にも礼儀ありと言う言葉もございます」

 「そうか、まあ、今は君の意見を尊重しよう」


 王座から降り、イーサンがエカチェリーナの目の前へ移動すると彼女の右手を取りそのまま跪いた。


 「エカチェリーナ、俺は貴女の勇気ある行動力とその聡明さに惹かれた。どうか俺の想いを受け取り、我が国の王妃として共に帰ってはくれないか?」

 「……はぁ?!いやいやいや、駄目でしょう?!私はそこらへんのペーペーの貴族ですし、何より一児の母ですよ?!絶対もっと良い人が現れますって!!他の人だってそう思いますよ!ほら!」


 誰も賛同しないだろうと周囲を見渡すが王座の間にいる者達は一斉にエカチェリーナから目を逸らす。

 目を逸らすなこっち見ろ!と心の中で絶叫するエカチェリーナ。


 「他の者の意見などどうでも良い、俺はただ君の意思が聞きたい。それとも……俺の事は嫌いか?」

 「その聞き方はズルいと思いますわ」

 「まあ、返事がどちらにせよ君は連れて行くがな。既に君のご両親には婚姻の申し込みは済んでいるし、ダリルとは肩車をした仲だ」

 「……はあ?!いつの間に?!」

 「君が事後処理で留められている間に少しな」


 道理で今日登城する自分を家族がもの凄くご機嫌で見送っていたワケだ、とエカチェリーナは天を仰いだ。

 完全に外堀が埋められている。

 何故こうなったと過去を振り返ってみても一向に分からない。


 「絶対に頷かせてみせるからな」


 そう言ってエカチェリーナの手の甲にイーサンは口付けを落とした。


 そんなこんなでダリルと共にハーデル王都へ連れられたエカチェリーナはイーサンからの熱烈なアピールとダリルからの「新しいお父さん欲しいな」攻撃に陥落する事となる。

 それから十数年後、ハーデル国は大陸統一を達成し、ハーデル帝国に名を変え長きに渡る栄華を極めた。

 その初代皇帝イーサン・ハーデルを語るにおいて彼の妻エカチェリーナの名は欠かせない。

 聡明で勇気ある彼女の献身的な支えがあり大陸統一はなされたとイーサンは残しており、彼女の提案した数々の政策は民を第一として考え、帝国の繁栄に大きく貢献したとされる。


 こうして彼女の名は類まれなる女傑として歴史に刻まれたのだった。


 (どうして、なんで?!)


 牢屋の中で王妃は爪を噛んだ。


 (ここは『マリアーデの恋物語の世界』で私はヒロインのマリアーデなのよ?学園編のシナリオ通りに進めて王妃の座に収まったのだから追加パックのハーデル王国編が始まる筈だったのにどうしてシナリオ通りにちっとも進まないの?!)


 追加パックでは王子と結ばれ、王妃となったマリアーデ達の元に隣国ハーデル王国から開戦が申し込まれる所からストーリーは始まる。

 何とか応戦していたがハーデル王国とは国力で劣るこの国では僅かな時間稼ぎにしかならず遂に王城が落とされてしまう。

 国王が不在の時を狙われた為、王妃として指揮を執っていたマリアーデの元へハーデル国王のイーサンが現れる。

 血に濡れた剣をその手に携えながら現れたイーサンに震えながらも気丈に王妃として対応するマリアーデの姿に心惹かれた彼はそのまま彼女を攫ってハーデル王国へと凱旋するのだった。


 ここまでがプロローグで舞台を新たにハーデル王国へと移してストーリーが始まるのだ。

 ストーリーでは王妃になってから直ぐに開戦していたのにマリアーデが王妃になってから数年経とうが一向に開戦の予兆は現れなかった。

 だから仕方が無くこちらから動いてストーリーを始めようとしたのだ。

 開戦準備をしていたらイーサンは現れた、だと言うのに何故かその隣には既に別の女が居た。

 バキリッ

 噛んでいた爪が折れる。


 (そうか、あの女も転生者か!それでゲームの知識を利用してヒロインの座を乗っ取ったんだわ!)


 折れた爪先から血が垂れるが気にも掛けず爪を噛み続ける。


 (きっとストーリーの強制力でイーサン様はあの女に良い様にされているんだわ!私がきちんとヒロインとして元の正しいルートへ修正しないと!)


 そうと決まれば行動は早い方が良い。

 マリアーデは牢の中からイーサンを直ぐに呼ぶようにと何度も叫んだ。

 その結果、あまりにも煩いと喉を焼く毒薬を飲まされヒューヒューと空気が漏れる音しか聞こえない状態で処刑場に向かわされる事になる。

 処刑場でイーサンの姿を見止めたマリアーデは激しく暴れたが兵士達によって難無く取り押さえられ、刑は執行された。

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― 新着の感想 ―
>タイムリミットはエカチェリーナのライネスに対する情が完全に消えるまでだ。 母であることよりも女であることを優先しているようにしか思えません。 また、国王の正妻に何故バツイチ子持ちがなれたのか想像も…
エカチェリーナって、お互いの両親がライネスに激怒する度に、まあまあといなしてばかりいたので、ただの大人しい能力の無い女性なのかとばかり思っていました。 そしたらまあ、想像の遥か上をゆく行動と夫の捨てっ…
清々しいほど大胆な捨て方にスッキリしました。 断罪中の国王の存在感の無さよw
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