第6話「どこか似てるね」
次の日。昨日言っていた場所で僕は武内が来るのを待っていた。
昨日の事は会ったものの、律儀に待ってしまう自分に呆れながら、少しずつこの復讐を楽しみにしているような気がしてため息がでた。
「あれ? もう来てる」
「悪いかよ」
「ううん、悪くないよ。むしろ嬉しい」
武内は歯を見せて笑った。僕は余計に恥ずかしくなり、まともに顔が見れなかった。
「苛め心に火がついたんだね。広野君はサド伯爵に進化し――」
「しねえよ!!」
「そう、残念」
慌てて言葉を打ち消した僕に武内は少しだけ眉をひそめながら、歩き出した。
髪をゆらゆらと揺らせながら先に進む武内が僕に話しかける。
「ねぇ、どうして私が飛び降りようとしたとき、翼をつけて助けてくれたの?」
「助けてもらってなんだよその言い草は。なんでそんなこと聞くんだよ」
「うん。昨日家帰って考えたんだけど、羽を生やして助けにくるんじゃなくて、下にマット敷いておくみたいな方法だったら、魔法がばれなかったんじゃないかなって思ったの」
はっ! き、気づかなかった。次からそうしよう。……いや、あの時は必死だったし、そんな余裕なかったし、って、ああっ! なんで僕は心の中で弁明しているんだ!
「武内。お前、家でそんなこと考えてるのか? 暇だな」
「そうだね。今じゃあ気がついたら復讐と広野君のこと考えてるよ」
「なっ!」
突然の告白に僕は立ち止まってしまった。
武内は二三歩歩くと、僕がついてきていないことに気づき振り向いた。
「もちろん広野君の魔法のことだよ」
「あっ……そう」
振り向いた武内の顔はいたって普通で、話の流れからすると、魔法のことだってすぐわかりそうなのものだけど……やべ、ちょっと僕は武内のこと意識してるのか?
……んにゃ、気のせいだ。気のせいにしておこう。僕は小走りに武内へと走り出した。
数分後、僕達は映画館の前に到着した。
「今日はどうするんだよ」
「もうすぐ堺君が映画館から出てくるんだけど……彼、比較的優しかったし……」
「じゃあ、いいだろ」
「でも、お金にルーズだったの。いつも割り勘だったし」
「男女平等、それで当たり前だ」
「ええー、そんなの不公平だよ」
「あぁ、もううるさい! 今日の復讐はなしで」
「いや」
「お前なぁ!」
「終わにしたくないよ。そんなのってつまらないよ」
「つまるぞ、僕は」
それにしても『終わりにしたくない』の言葉……僕と一緒にいたいって事だろうか? だけど少しして慌てて否定する。武内が一緒にいたいのは「僕の魔法」であって「僕」ではない。
「あっ、堺君が映画館から出てきた」
武内が指差すそのさきには確かに数人の男と一緒に出てきた堺の姿が……でも。
「なんか、アイツ絡まれてないか?」
よくみると数人の男に絡まれてカツアゲされている様に見える。
「ちゃ~んす! いいこと思いついたっ!」
隣にいた武内のが僕に聞こえるように呟いた。嫌な予感がする……
「今から、堺君の話す言葉の語尾に『馬鹿野郎』ってつけてあげて」
「語尾に?」
「うん。『勘弁してください、馬鹿野郎』『これしかもってないんです、馬鹿野郎』って」
「最悪だなお前」
とかいいながら僕はやってみたい衝動に駆られていた。
早速僕が魔法をかけると、堺はなにか喋った後に口を押さえて慌てだした。明らかに『ごめんなさい、馬鹿野郎』を連呼している。
「あははっ、やっぱりいい気味だ! 十万円借りパクした罰だよ」
「ええっ! お前、十万も貸してたのか!」
「うん、でもいつもはいい人だから、そのまま信じてたの」
武内は笑いながら報告するのだが、僕はちっとも笑えなかった。十万の出費はコイツにとって、笑い話にかわるものなのか?
「……あれ?」
武内の声に我に返った僕は堺へと目を向ける。すると堺は本気で殴られていた。しばらく僕らは息を呑んで見守っていたが、やがて武内は僕の服の袖を引っ張った。
「広野君、助けてあげて」
「は?」
「堺君からはもう十万円分の復讐と笑いは受けたから」
「いや、でも……」
「早くっ! 魔法使いさん!」
「っ、くそったれ!」
火をつけた僕が火を消す役目になるなんて!僕はやけくそな気持ちで堺の下へ走りだした。
「ちょっと、なんで魔法使わないの?」
「うるさい!」
魔法なんて使う気はない。こんなことで使う気になれねぇ。ましてや、武内に「魔法」だけを期待されている状況で!
結局、僕までボコボコにされてしまった。幸い、武内が警察に連絡してくれたこともあり、酷い結果にならずに済んだ。
帰り道、武内は僕にポツリと呟いた。
「別に魔法使えばよかったのに……」
アザができた顔を摩りながら、その言葉に僕は反論できなかった。
こうして僕と武内の復讐の旅(?)は続いた。
基本的に一日一人ずつ今まで付き合ったクラスの男どもに復讐することになった。一度に何人もやれば僕の体がいくつあっても足りないし。
そして、いつも僕が黙って学校を出るのだが、なぜか武内が先回りしてて復讐に付き合うことにる。ほとんど毎日下校途中で捕まった。
「で? どうするんだ今日は」
「じゃあ今日は熱湯で」
こういう会話が交わされれば、ターゲットの男の風呂は熱湯風呂に変わり。
またある日は、
「今日はバナナの皮で転ばせて」
と言われ、ターゲットを一回転する勢いで転ばせた。
もちろん、魔法を使っているので僕にも災難は降りかかるが、やってることが些細なことなので、実害はあまりなかった。
熱湯をかければ、冷水を浴びせられるし、バナナの皮で転ばせれば、剥かれた中身を食べて腹の調子が悪くなった程度のことだ。他にも生傷は絶えなかったけど……
そしてしばらくすると武内のネタも尽きてきたらしく、後半は僕がネタを考える始末だった。嫌なことが起こるというのにそのネタを考えるなんて自分自身馬鹿馬鹿しく思えたが、ついついクラスの奴らが困ってる時間が楽しくて、後のことを考えずにネタを実行してしまう始末だった。
そんな時間を二人で過ごしていたからか、僕は武内と徐々にではあるがうち解けていったと思う。
ある時、僕は武内に聞いてみた。
「なんで声を掛けるのオレが最後だったんだ?」
最初から思っていた疑問をぶつけてみた。このぐらいきわどい会話でもいえるような間柄にはなっていたはずだ。すると武内は少し考えた後、答えた。
「広野君は怒るかもしれないけど、『アナタとはなにか似てる』って思ったの。だから、なんか嫌で……近親嫌悪なのかもしれない。でも、『似てる人にまで相手にされなかったら』ていう気持ちもあったの。最後になってごめん」
僕は正直、驚いた。武内も僕と同じことを感じていたのだ。
「謝る必要なんてない。実は僕も少し、そう思ってたから」
「え?」
「似てるかなって」
「そ、そうなんだ……」
そう言うと武内は俯いた。どうしたんだ? と僕が武内の顔を覗き込もうとすると同時に彼女は勢い良く顔を上げた。
「はぁ~、良かった! 広野君も同じこと考えてたんだ」
「ま、まあな」
なんだか僕は今頃あんな言葉を言ったことに恥ずかしくなってしまった。
「きっかけはどうであれ、広野君と仲良くなれて良かった」
僕は『仲良くなれて』という武内の言葉を肯定するか一瞬迷った。
しかし、僕の口は自然に動き、返答していた。
「そうだな。僕も仲良くなれてよかったよ」
こんな返事に躊躇する必要なんてないんだ。武内の事を嫌なやつだと決め付けていた僕は考えを改めた。話してみなけりゃ、わからないなとつくづく思う。
一方、学校での二人の関係はなにも変わらなかった。武内は僕に一切話しかけることはなかったし、それは僕が最初に頼んだことでもあった。
しかし僕自体、そんな事はもうどうでもよかった。武内は相変わらす「迷惑かけるといけない」と言って遠慮した。
だが、放課後になれば二人で笑い転げた。最初は武内と一緒にいるのも嫌だったが、いつのまにか僕にとってこの復讐が放課後のメンイイベントになっていた。
しかし、どんなものにも終わりが来る。とうとう復讐するクラスの男が一人になったのだ。だがそのことは僕も武内も口には出さない。少なくともこの時、僕は寂しさを感じていた。だから今日で終わりということは考えたくはなくて、いつものように努めようとした。
「今日はどうする? タライか? それとも『志村ー!』(幽霊をちらつかせる事)か?」
しかし、武内は押し黙ったまま歩き続けている。それを見て僕は、彼女も今日で最後なので寂しいのかと思っていた。
でも、それは間違いだとすぐ後に気付く。本当に武内に関して間違いだと気づくことが多い。
最後のターゲットがいる本屋につくと、いつものはしゃぐようなテンションではなく、真剣な眼差しで武内は様子を伺っていた。
やがて、ターゲットを見つけると、意を決したように僕に言う。
「あいつを殺して」