第5話「本当に天罰ってくだるんだ……」
次の日も僕が校門でてしばらく歩いたところに武内は立っていた。
僕を見ると武内は少し口を尖らせた。
「遅い」
「あのなぁ、別にここが待ち合わせの場所って決めたわけじゃあないぞ」
「じゃあ、今日からここ待ち合わせ場所ね」
「はぁ? ふざけんな!」
しれっとした顔で答えやがって! ちょっと可愛いと思ってその辺を上手く使うなぁ……他の男共が「ちょっと付き合ってみるか」なんて気持ちになるのは良くわかる。
「なにか言った? 魔法使いさん♪」
「……なにもございません」
「じゃあ、決定~」
屈託のない笑顔をみせる武内を見て、なんでコイツみんなに嫌われてるんだろうなんて思った。確かに色々な男と付き合っている噂はマイナスポイントだ。だけど、そんな奴他にだっている。まったくよくわからんな……
などと考えているといつの間にか僕は武内に袖を引っ張られて歩き出していた。
「じゃあ、今日はあの子ね」
「なんだ、西崎じゃないか」
同じクラスの西崎は誰かと待ち合わせているのか、コンビニの前でおでんを食べながら座り込んでいた。
「あの子には野犬を襲わせて」
「はぁ? なぜ?」
「アイツ、私が追いかけたら走って逃げていったの。もう、足が速いのなんのって」
「状況が飲み込めないぞ」
「ちょっとストーキングまがいのことをしただけなのに……」
「そりゃ十分逃げたくなるだろ」
「でも、でも、好きな人って追いかけたくなるじゃん!」
「意味が違うわっ!」
い、いかん。コイツのペースに巻き込まれてしまいそうになった。ここは淡々と仕事を終わらせて家に帰ろう。僕は魔法の力を込めた口笛を吹き始めた。
すると、辺りから十匹近くの野犬がのそのそ近づいてくる。
「えっ? なにこれ? 広野君、こっちに呼び寄せてとうするの!」
「まぁ、まて。この魔法は口笛が動物を操るってものなんだ。みてろ」
僕は口笛に抑揚をつけて、西崎へ指をさす。
すると、野犬どもはいきなり唸り声を上げ、西崎めがけて走り出した。
「すごい!」
武内の感嘆の声を聞きながら少し上機嫌になった。あっという間に野犬は西崎の周りを囲み牙を見せながら威嚇している。
「わわわっ、近寄るな」
恐怖を覚えたのか、西崎はおでんを投げ出して逃げ出した。
「あははっ、人って危険を感じて本気で走るとかなり速くない?」
「だからお前が追いかけたときも速かったんだな」
「……むっ」
「どうした、黙って?」
「テンション下がる話をしないでよ」
なぜか急に真剣に武内は怒り出した。なんだよ。ころころ態度が変わる奴だな。武内の変わりぶりに僕がため息をつくとなにかが肩へぶつかった。
「なんだこれ……げっ!」
「広野君! 鳥の糞がついてる!」
気がつけば俺の真上の電線に大量の鳥が止まっていた。動物を操ったお返しとばかりに大量の糞が落ちてきた。
「わわわわっ」
「きゃあっ!」
逃げても逃げても追いかけてくる鳥達に僕達の服は汚れてしまった。
「もう、なんなの!」
「だから言ったろ。魔法を使えば不幸になるって」
すると武内は僕をじっと見つめた。大きな瞳に僕が映っているようなきがして、目線を外すことができない。
「へぇ……」
「な、なんだよ」
「本当に天罰ってくだるんだ」
「天罰じゃねぇ! 魔法を使って幸運になったことに対する『運の揺り戻し』だ」
僕の剣幕にも武内は反応することなく、むしろ安心したように胸をなでおろしたように見えた。
「ふーん、良かったね、広野君」
「良くねぇ!」
「違うよ」
「は?」
「これで心置きなく復讐ができるってもんだよね」
まさか、こいつなりに復讐に対する良心の呵責があったってこと? 何度も頷く武内に僕は小さくため息をついた。
「うんうん、よかっね、広野君」
「なに? それは今の糞まみれの状況にかけてるの?」
「うん、わかってもらえた?」
わかりたくなかった……
「ねぇ、服や体が汚れちゃったからさぁ、今から私の家に行かない?」
僕は固まったまま動けなかった。武内は僕を上目遣いで見たまま、口だけ笑う。取り繕っているのがバレバレだった。
「あの、洗濯してあげるし……お風呂とか入って汚れ落とした……ら?」
「お前なぁ……」
冗談じゃない。なんでワザワザ僕が行かないといけないんだ。しかも武内の家に。家族とかに会ったら気まずいだろ。そんな僕の気持ちを察したかのように武内が作り笑いのまま答えた。
「大丈夫、今は親いないから」
コイツ、それがどういう意味か分かってるかよ。やっぱりコイツはクラスの奴が言うように軽い女なのか……僕は大げさなため息混じりで答えた。
「だったら余計に行けるかよ」
「……だよね。健康な高校生が密室で二人きりなんて不純異性交遊だよね」
「なんで急に堅苦しい言い方に変えたんだよ」
「だったら一刻も早く家に帰らないとね。じゃあ、私帰るから」
僕に口を挟ませる隙を与えないままに武内は走り去っていった。去り際、俯いたので表情までは読み取れなかった。
こうして今日も復讐が一つ、終わってしまった。