第4話「正しい魔法の使い方」
次の日の放課後。僕が歩いて帰宅していると、背後から弾むような声が聞えた。
「ひーろーのー君!」
嫌な予感がして後ろを振り向くと武内がこっちへ走って来るのが見えた。学校からは離れた場所だけど、僕は誰かに見られてやしないかと心配になり左右を見回す。幸い、誰も知り合いはいそうになかった。
「広野君、なんで……ハァハァ、先に、ハァハァ……帰ったの?」
僕の前に立つと武内は乱れた息を整えた。ちゃんと言っておくべきだな。
「あのさ、馴れ馴れしく呼ぶのやめてくれないか」
「えーっ、なんでー」
武内が僕の顔を覗き込む。うわっ、ちょっと、いやかなり、顔が近すぎる。今までハッキリと見えていなかったものまで見えてきた。ふうん、結構、武内って目が大きいんだな……って、思わず見詰め合ってしまった! やばい……にしても、なんとなく良い香りがするのはシャンプーのなのか? ってか、なに考えてるんだ。そう思うとすぐに僕は視線をそらすように顔を背けた。
「ん? どうしたの?」
すると武内は少し首をかしげ、さらに僕を覗き込む。肩まで伸びた髪が揺れ、また良い香りが――って、わざとか、わざとなのか? これ以上耐えられない。僕は誤魔化すように話を続けた。
「復讐には付き合うと言ったけど、仲良くするなんて一度も言ってない」
突き放すように言った僕の一言に武内は「……あ」と小さくつぶやくと、僕から距離をとった。
「広野君、ごめん……」
「別にあやまらなくていいけど」
俯いた武内を見て僕は少し心が痛んだ。
「そんなことより、さっそく今日から復讐しよ」
武内は気を取り直したのか、少し笑って歩き出す。そうだった、今から武内の復讐とやらに付き合うのだった。しかも、僕の魔法を使って。
その後の武内は用意周到だった。復讐の相手がどこにいるか、すでに分かっていて、どんどん歩いていく。僕はその後をついていった。
「ここだよ」
「ゲーセン?」
しばらく歩いて到着した場所はゲームセンターだった。武内はそそくさと屋内に入り、迷うことなく奥へと進む。そして大きな体感型のゲーム機へとさしかかると急にその陰へと隠れるように身を潜めた。いや、それじゃあかえって目立つだろ。
「やっぱりいた。あそこを見て」
武内が指差す方向に目を向ける。すると音ゲーをやっているうちの高校の制服を来た学生が三人いた。
「今日は、あいつらをお願い」
「『今日は?』って、今日だけじゃないのか!」
「別に今日だけなんて言ってないし」
僕はウンザリしたが、不満を言ってもきりがない。渋々、ゲーム機の陰から覗いてよくみると、三人はクラスメイトだった。しかも、あまり良い評判は聞かないヤツらだ。特に真ん中にいる門脇は良い話を聞いた事がない。
「それにしてもお前、よくこいつらがここにいるって分かったな」
「あの子達と付き合ってたから、行動範囲は大体分かる」
武内の言葉が突き刺さる。誰とでも付き合うってのは本当だったのか……いや、ショックを受けてる場合か。別にコイツは彼女じゃない。
「ふられたから復讐するのか?」
「違うよ」
そう言うと彼女は一つため息をついた。
「あいつら最初、三人で私を犯そうとしたの」
「はああぁぁぁっ?」
突然の衝撃発言に僕は戸惑った。
「まっ、未遂だったんだけど」
「いや、そういう問題じゃあ……」
僕は思わず『それって、どこまでやられたの?』と聞きそうになり、慌てて違う言葉を捜す。考えた末「で、どうすればいいんだ?」というのが精一杯だった。
彼女は少し考えた後、答える。
「このままゲーセンにトラック突入っ!」
「できるか!」
僕は速攻で答えた。その魔法を使った後、僕はどうなるんだ? 考えたくもない。
「えーっ、なんでー? そうじゃなきゃ復讐できないもん!」
「犯されそうになったお前は気の毒に思うが、人殺しはゴメンだ」
「”殺して”なんて言ってないもん。ただ”トラック突入っ!”って言っただけだもん」
「同じことだろ!」
また僕は速攻で答えた。コイツ、ごねる時は「~もん」ってつけやがるな。僕に怒られると諦めたのか、武内はうずくまって考えだした。
そして、5分間考えた末の答えは――
「じゃあ、もうタライでいいよ」
「はぁ? 意味分からん」
僕の呆れ顔に武内は顔を真っ赤になった。
「あれよ、あれ。そ、そう、ド、ドリフのコントで上から落ちてくるやつ」
「いや、タライの意味はわかるぞ」
「そうだよね……」
さっきまで『トラック突入っ!』なんて言っていた人間が5分考えただけで何故タライに? しかもドリフって、お前は一体何歳なんだよ。ってそれを理解できる僕も僕だが。
「本当にそれでいいのか?」
「まっ、まあ、アイツらだって一応生きてるんだし……」
武内は下を向いてブツブツ独り言を言い出した。顔を真っ赤にしながら下向いてブツブツ言う姿はなんだかおかしかった。ともかく物騒なものではなく『罰ゲーム』に近い『復讐』へと変わることで、俄然僕のやる気は上がった。面白そうじゃないか!
「よし! そんじゃあタライを落とすからな、良く見ておけよ」
「うん!」
僕は前の三人を指差す。心の中で呪文を唱える。すると三人の頭上に大きなタライが現れ、落下。
「痛っ!」
「あがっ!」
「へぶっ!」
タライは気持ちの良い金属音をさせてぶつかった。三者三様にもがき苦しむ姿は誰が見ても笑えた。
「なにあれ~、馬鹿みたい! あははははっ!」
いつの間にか武内も笑ってた。傍から見ても愛想笑いじゃないのが良く分かった。なんだコイツもこんな風に笑えんじゃん。
僕は武内の笑顔を見て「こんな復讐なら後ろめたいこともない」なんて思ったりした。……っていうか、明日もこんなことするんだよな。
無論この後、僕は帰宅中に自転車にぶつかるという不運に見舞われた。