第1話「僕は魔法使い」
青のグラデーション。夜明けを見ながら僕らはそんなものだと思う。輝くものに近づけば輪郭をなくし、白くなって消える。反対でも黒に同化して自分が見えなくなる。だから僕は迷いながら中間色をさまよった。自分をいう輪郭を追い求めて。
消えたくない。ましてや他人のために自分が消えるなんてありえない。僕は僕だ。他人とは違う。あの日から、何度も迷うたびに上から塗りつぶした言葉だった。僕の他人とは違う能力が余計に思いを強くさせた。
あえてベタに言わせて貰う。突然だけど僕は魔法使いだ。
名前は広野貴明。地元の私立高校に通う高校生一年生だ。成績も真ん中ぐらい。背は175センチ。太っているわけでもなければ痩せすぎているわけでもない。髪の毛だって日に当たれば茶色く見える程度。いたって普通、ハッキリ言えば平凡な人間。ただ、唯一の取柄はさっきも言ったけど、魔法を使うこと。
得意な魔法は、結界を張ること。対象は人間。僕は誰とでもすぐ仲良く話すし、他愛もない話をして笑いをとったりする。
しかし、自分が作った魔法陣の中へは絶対に入らせない。つまり一定以上の親しい仲間は作らないっていう意味の結界のことだ。だからクラスの注目も浴びないし、かといって仲間はずれにもされない。僕の処世術ともいえる。まぁ、んなものが魔法なわけないのだけど、そう呼んだ方が僕の中でシックリくるのだ。
といったわけで、僕の高校生活は取り立ててなにがあるというわけでもなく、今後も上手くやってるものと思っていた。
でも、そうそう事は運ばない。
二月の朝に起こった出来事。休み時間にそいつは来た。この時期、エアコンのない教室では寒いので日が当たる窓際に人が集中する。しかし、その日に限って寝不足で、僕は窓際でなく廊下側の自分の席で寝ていた。しばらくすると、誰かの声がして僕は目を覚ます。ゆっくり顔を上げると、そこにはとんでもないジョーカーが立っていた。
「ねーねー、広野君。昨日のドラマ見た?」
ニコニコしながら話しかけてきたのは、同じクラスの武内亜也だ。僕は心の中で舌打ちした。クラスのヤツ等もこの武内の行為に関心なさそうな振りして、密かに注目をしていた。みんなの思っていることは唯一つ。今度の犠牲者は誰かである。
武内亜也は入学当初、見た目は結構かわいいので男の注目を浴びたりした。髪は軽いブラウンで肩にかかるぐらい伸ばしてて、少し下がり目の瞳も大きく、華奢な感じが一部の男に人気があった(多少好みあり)。しかし、見た目は見た目。四月のころはみんなと同じようにどこかの女子の仲良しグループのうちの一人だった。
だが、一ヶ月ほどしてそのグループから仲間はずれにされ、そのあと転々と他の女子のグループに入り込むのだがすぐにまた仲間からはずされてしまう。(理由は知らないけど)おそらく、上手く社会に適合できないタイプのようである。
そして女子全員から見捨てられた彼女は、男達に声をかけ始める。最初は上手くやっているようなのだが、最後にはまた一人に戻る。付き合った男の話によれば、必死なのだという。初めはなんでも言うことを聞いてくれるし、見た目かわいいし、ということで付き合いはじめるのだが、だんだんしつこくなっていき、最後はストーカーまがいのことまでされてしまう。
当然その男は別れる。そうやって彼女はクラスの男に次々と声をかける。なんの区別もない。見た目の良し悪しにかかわらず(別に男は見た目ばかりじゃないが)声をかけた。当然それを利用してよからぬ事を考える男もいたが、結局は離れていった。
そうして、とうとう僕の番が来たようだ。声を掛けたクラスの男が僕で最後だという事と、さっき彼女が言った「ねーねー、○○君。昨日のドラマ見た?」という言葉でもわかる。彼女が目を付けた男には必ずこのセリフを言うのだった。
『あー、とうとう広野か。』という雰囲気がクラス中に広がる。みんなの目が僕に注がれているのを感じた。なかには露骨にニヤニヤしながらこっちを見てくるヤツもいるし……ハッキリ言えば、迷惑。というより、僕は彼女みたいなタイプの人間が大嫌いなのだ。
一人になりたくなくて必死に仲間を探すヤツ。それでも返事ぐらいはしてやる。
「ごめん。それ見てないんだ」
僕にとっても普通に人にとっても否定の意味に使う言葉なのだが、彼女は違った。
「よかった。実はね、私も見てないんだ。なんか流行りに乗ってるって感じするもんねー」
「はぁ……」
どうやら会話を終らせる気はないらしい。今まで何人もの人間とこの会話でやってきただけのことはある。次の言葉はすでに用意済み。僕も次々と出てくる彼女の話をすべて断ち切った。しかし、彼女は彼女なりのマニュアルが存在してるのか、僕の言葉に対しても会話を続けている。
その内容は、まさに上っ面の会話の代表というべきものだった。全然、言葉に気持がこもってない。僕はものすごくイヤな気分になった。必死になって話を作る。見たくもないテレビ、雑誌を見る。それはまるで“自分のようだ”と思ってしまった。
僕は結界の張り方が上手いので彼女のように『へま』をすることはないが、元をたどれば同じだ。なんとか会話を続けようと必死だし、感情のない笑顔が余計に憂鬱にさせる。だからというわけではないが、思わず本音が出てしまった。
「なんでそんなに、必死なの?」
明らかに僕は地雷を踏んでしまったようだ。
「え?」
どんな言葉でも怯まず話しかけてきた彼女がここで初めて戸惑いを見せた。僕も言わなくても良い事を言ってしまったと感じたが、いまさら撤回できない、というか止まらない。
「そんなに仲間がほしいわけ? むなしくない? どうせ誰とでもそうやってやってるんだろ!だったら他の奴にしてくれないか?そういうの!」
言った後に僕はクラス中が静まり返っている事に気付く。いつもおとなしい(わざとそういうふうにしている)僕が大声でどなったからだろう。武内亜也も青ざめた顔をして呆然としている。ものすごーく重い雰囲気がクラス中には広がっていく。僕も自分のしたことにどうしていいかとまどう。
その時、天の助けというべきか、先生が教室に入ってきた。クラス中が自分の席へと移動を始める。武内も黙ったまま自分の席に帰っていった。何事もなかったように、いつもの普通な授業がはじまる。僕はホッとした。
やや気まずい雰囲気を感じながら、僕は授業に集中することにした。そして、授業中ひっきりなしにケイタイのメールだとか、手渡しの手紙が届く。
内容はどれも
『よく言った!』『偉い!感動した!』『あいつは言ってやらなきゃ分からない』『胸がスッとした』
など、どれも僕を褒める言葉ばかりだった。言った直後は少し後悔したが、だんだん後になって「もしかしたら、いいことしたんじゃないのか?」なんて思ったりした。
そして昼休み。僕は屋上に行くことにした。教室にいても武内がいると思うから、居づらし、なにより英雄扱いするクラスの男どもにはうんざりしたからだ。
ところで、ウチの学校は通常、入り口には鍵がかかっていて屋上へ行く事はできない。 でも、生徒の中に屋上への鍵を作った奴がいて三階の男子トイレに隠してある。そこから鍵を取って僕は屋上に向かった。今考えれば、教室にいればよかったと思っているが……。
入り口に差し掛かり、あることに気がついた。入り口のドアが開いているのだ。先客がいるのかと思ったけど、自分が鍵を持っているのにそんなはずない。誰かがドアの鍵を閉め忘れたんだろうと思うことにしてドアを開けた。
一瞬、強く冷たい風が吹き込んできたが、屋上にでれば大丈夫。適当なところで昼食を食べる事にする。寒い二月にわざわざ屋上で過ごそうとするヤツもいないだろう。そう思って僕は屋上の真ん中ぐらいまで進んだ。
そのとき僕の視界の端に人影が見えた。やっぱり誰かいたのかと思い、そっちのほうへ振り向く。そこには武内亜也がいた。
武内を見た瞬間、僕は多分露骨にイヤな顔をしたに違いない。「多分」というのは、そんなことよりあることに目がいって、自分の表情にまで気が回らなかったからである。僕のから見て確実に、武内の体が屋上の柵の向こう側にあった。
つまり、屋上から飛び降りるような格好になっている。どういうつもりだ?
――まさか! 僕は危険を感じて、声を掛けようと武内に近づいた。
「お、おい」
「……え?」
すると、彼女も僕に気付いたようで、こっちを向いて目を大きく開く。そして少し驚いた顔をした後、武内は柵をつかんでいた手を離した。
その瞬間、彼女は笑ってた。朝のときの上っ面の笑顔ではなく、どこか哀しいそうだった。死ぬ間際になっても僕に愛想笑いをしたかったのだろうか? そして彼女は僕の視界から消えた。
僕は結界を張っている。それは今も変わらない。人と深くかかわるのがイヤだったからであり、自分を守るためでもあった。だから、こういう、どうしようもない場面では逃げるのが一番だと知っている。
しかし、昔の僕がそれを許さなかった。人は助けなければいけないもの。僕の尊敬する人の言葉。いや、それ以前に見過ごすなんて夢見が悪いじゃないか!
自然に僕はそれを行動に移す。心の中で呪文を唱えると僕の体は宙に浮いた。さらに、彼女に追いつくようにスピードも上げ、彼女の服をつかむ。精一杯の力を込めて引き上げる。人は予想以上に重かった。
だいたい空中で人を抱きかかえていること自体初めてのことだったから。彼女はなにが起こったかわかってない。いや、わからないほうがいい。
なんせ羽根のついた人間が信じられない速さで移動して、自分を抱えて屋上に戻ろうとしているのだから。
もう一度いう。僕は魔法使いだ。結界だけじゃなく、空も飛べたりする。