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 しかし大きくなるにつれて、これじゃいかんと思うようになった。


 ヨーロッパなどを旅すると比較的気付きやすいが、二十一世紀の今日でもこの世には階級というものが厳然として残っている。別にフリーメイソンみたいな秘密結社を疑わなくても、世界を牛耳っているごく少数の人たちはちゃんと存在している。程度の差こそあれ、日本だってそれは同じだ。昨今『上級国民』などという言葉が流行っているようだが、わたしが知っている上級国民はもっと『上』にいる人たちだ。彼らは驚くほど狭い世界に暮らしている。そして驚くほど強い横の繋がりを持っている。血縁、地縁、主従、因縁、愛憎……歴史と呼ぶのに十分すぎるほど長い時間のなかで、彼ら支配階級の結びつきはドロドロのガチガチに練り固められてきた。たまたま同じ日にうちの店でばったり会って談笑するAさんとBさんが実は同じ祖先の末裔で、さらに時代が下るとAさんの先祖がBさんの先祖を謀殺していたりするのだからおもしろいというかなんというか…。


 ちょっと脱線してしまったが、つまるところうちの店はただの仕立て屋にすぎない。しかし長いあいだ時代の選良たちを相手に商売するうちに、どっぷりと彼らの世界に取り込まれてしまったのだろう。多感な頃の私は、父の背中越しにその閉鎖的な世界を眺め、同時に父の馴れきってしまった背中を憎んだ。上流階級相手に商売しているというだけで自分も庶民にすぎないのに、ときおり一般大衆を見下した態度をとるのにも我慢がならなかった。わたしはそんな狭い世界で息をしていたくなかった。からめとられ、身動きが取れなくなるくらいなら死んだ方がましだとさえ思った。わたしはもっと普通に生きてみたかった。広い世界を、いろんな考え方や感じ方を持つ人たちとの出会いを楽しみたかった。


 高校を卒業したわたしは、両親の反対を押し切って北海道の大学へ進んだ。とにかく東京を離れる必要があった。そしてどうせ離れるならできるだけ遠くがよかった。札幌は想像以上に寒かったが、大学生活は思っていたよりずっと楽しかった。講義をさぼり、レポートを書き、テニスサークルで汗を流し、アルバイトをし、いくつかの恋愛をした。当時の写真を見返すと、若いわたしはどれもよく笑っている。というか、痛いくらい浮かれていて恥ずかしい。なにがそんなに楽しかったのか、今となっては楽しかったという感情の抜け殻しか残っていない。


つづく

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