07
と、そのとき奥のカーテンがさっと引かれ、常連客と父が出てきた。常連さんは父やわたしと二言三言交わし、次いで新入りに対しても慇懃だが値踏みするような会釈をして店をあとにする。ドアの鈴が鳴り終わるのを待っていたかのように、若い彼がおそるおそる口を開いた。
「あの、今の方ってもしかして歌舞伎俳優の…」
「ええ」とわたしは答える、「何代目でらしたかしら、わたしお芝居は疎くって。でも最近ますますご活躍ですわよね」
「十一代目ですな」と、娘の無知にちょっと苛立たしげな声で言った父は、それでも深々とご新規さんに頭を下げた、「いらっしゃいませ。御挨拶が遅れて申し訳ございません。店主の佐佐木でございます」
こちらも椅子から飛び上がってお辞儀を返すご新規さん。わたしはとりあえず詳しい事情は伏せて、持参したYシャツと同じものを作ってほしいという依頼だけを伝えた。
ちょっと拝見、と、くたびれたYシャツを手に取った父親は、さすがに口が悪いだけのおっさんではなかったらしい。矯めつ眇めつ全体の姿や縫い目を確かめると、知恵の輪が解けたような嬉々とした口調で言った、「ずいぶんと心を込めて縫ったもんですなあ、この方は。あなたもさぞ着ていて心地がよかったでしょう」
わたしが視線を移すと、彼の頬は少し赤らんでいるように見えた。
「はい。ずっと甘えていた気がするんです。その気持ちに」
「でしょうな。しかし、もうそろそろ自由にしてあげなければ。こんなにくたくたになるまで縛り付けていてはかわいそうだ」
「はい」
「よろしいでしょう」と、父はいつになく上機嫌そうだった。「お作りしましょう。今のあなたにふさわしい、とびきりのYシャツを仕立てて差し上げます。――ところで、まだあなた様のお名前を伺っておりませんでしたな」
つづく