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06

「と、おっしゃいますと?」わたしは好奇心を押し殺すのに苦労しながら、ゆっくり上品に、意味もなく頷いて見せる。


「同じ班というか、隣に座っていた同級生に頼んで作ってもらったんです。その人すごくミシンが上手で、あっという間に自分の分は作り終えたものだから。横で僕が苦戦しているのを見て、『手伝ってあげようか?』って。手伝うというか、結果的にほぼ全部やってもらう形になっちゃったんですけど…」


 喉の奥に飲んでもいないアイスコーヒーのような青春の苦み、いや、恋の甘酸っぱさを予感して、わたしは正直このときちょっと(というかほとんど)仕事のことを忘れていたかもしれない。


「なるほど、言われてみればたしかに女性的な縫い上げですわ」


「え⁉ わかるんですかそんなこと」


 鎌をかけられたことにも気付かず、彼はそれが『彼女』だと認めた。


「恋人に仕事を押し付けるなんて、悪い男のすることですわ」わたしはいたずらっぽく言う。


「い、いやっ、別に付き合っていたとかそういうことではないんです!」即座に否定したその声はたぶん彼自身もびっくりするくらい大きくそして慌てていたが、たぶんカーテンの奥には聞こえなかったはずだ。「とにかく、そういう関係ではなかったんです」


「左様でしたか。それは大変失礼なことを申しました」


「いえ。ただ…」


「…ただ?」わたしはただもうニヤニヤしそうな面の皮を抑えるのに必死だった。


「申し訳ないことをしたなと。大学に入ってからしばらくして、地元の友達から聞いたことがあって。彼女が当時ぼくのことを好きでいてくれたと…。同じクラスでしたけど、あまり話したことのない子でした。印象も薄くて、唯一このYシャツを作ってもらったっていうことだけが記憶に残っている程度で」


「まあそれは」あれ? 思ってたのと展開が違うと思いながら、わたしは次の言葉を待つ。じつはその彼女が今の嫁なんですとか、両想いなのにお互い打ち明けられず、みたいなパターンではないのか…。


「なんとなく、自分でもすでに記憶が曖昧なんですが、たぶん当時ぼくは彼女が自分に好意を持ってくれていることに、なんとなく気付いていた気がするんです。気付いていたのに、気付かないふりをして彼女を利用した。そんな気がするんです」


「それは…悪い男のすることですわ」真顔で言ったわたしはしかし、自然な微笑みが自分の表情に滲んでくるのを感じた、「でも良い大人の男性になるためには、一度は経験しておいた方がいいことかもしれませんわね。苦い教訓として」


 黙って頷いた彼だったが、その表情はやや硬い。思い出話というよりは、今もなおこの人にとっては心にチクリと刺さったままの、小さな待ち針なのだとわたしは覚った。


つづく

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